第118話 ピクニック

「ピクニック、ピクニック」

「ピクニックですわー」


 前を行くメイとアレアが手を繋ぎながらスキップをしている。

 夏に向けて葉を茂らせ始めた木々が、風に吹かれてさらさらと音を立てた。


「メイ、アレア、スキップもいいですけれど、ちゃんと前は見て歩きなさいな。転びますわよ」


 お出かけ着姿のクレア様が、二人に向かって注意を促す。


「へいきですわー」

「だいじょうぶだいじょうぶ! ……あっ!」


 言った側からメイが転んだ。

 手を繋いでいたアレアもつられて転ぶ。

 側をふよふよ歩いていたレレアがとっさに下敷きになろうとしたが、間に合わなかった。


「ほらー、言わんこっちゃない。二人とも大丈夫?」


 駆け寄って引っ張り起こし、怪我ないかどうかをしっかり確認する。

 以前にも述べた通り、二人は血の呪い持ちだ。

 レレアのお陰で今は無効化出来ているものの、傷がないに越したことはない。

 大体、女の子の肌に傷を残すなんて私が許さない。


「アレアはケガはないね。上手に受け身が取れたね。メイも軽い擦り傷だけみたいだね。泣かなくて偉いよ」


 私は二人を褒めつつ、水魔法で治療を施す。


「ありがとう、レイおかあさま」

「ありがとうございますわ」


 二人は転んだことなど気にしていないように、また手を繋ぐとスキップを始めた。


「まったくもう……」

「ふふ、レイってばすっかり母親が板に付いてきましたわね」


 バスケットを持ちつつゆっくり歩いているクレア様が、そんなことを言った。


「私なんてまだまだですよ。翻弄されっぱなしです。それよりクレア様」

「なんですの?」

「やっぱり、荷物は私が持ちますって」


 今日はお弁当を持ってのピクニックである。

 レジャーシートやお弁当のバスケットに水筒など、持ち物は多い。

 一番重たいバスケットはレレアが持ってくれているが、その他はクレア様が運んでいる。


「ダメですわ。レイは早起きして四人分のお弁当を作ってくれたじゃないですの。荷物持ちまでやらせるわけにはいきませんわ」


 そう言って、クレア様はにっこり笑った。

 嫁が尊と過ぎて困る。


「レイおかあさま、きょうのおべんとうはなあに?」

「わたくしはおにぎりだとおもいますわー」


 私たちの話を聞いていたのか、双子がそんなことを聞いてくる。


「今日はサンドイッチだよ」

「サンドイッチ! メイのすきなハムはいれてくれた?」

「うん」

「わたくしのきらいなピーマンははいっていませんわよねー?」

「入ってます」

「えー」


 アレアのピーマン嫌いはクレア様譲りである。

 そんなとこまで真似しなくていいのにね。


「どうしてピーマンをいれますのー?」

「栄養があるからだよ」

「でも、えいようがあるものはほかにもたくさんありますわよねー?」

「それはそうだけど」

「それなのに、どうしてあえてピーマンをたべないといけませんのー?」

「いつでも他の食材があるとは限らないでしょ?」

「わたくしだって、ピーマンしかなかったらがまんしてたべますわー。いまあえてたべないといけないりゆうがありますのー?」

「むむむ……」


 どうしよう。

 六歳児に言い負かされそうになっている。


「アレア、そういうことではなくて、食べ物を好き嫌いすることがよくないんですのよ」

「どうしてですのー?」

「全ての食べ物は精霊神様のお恵みですわ。それを好き嫌いで食べる食べないを決めてしまうのはよくないことですのよ」

「よくわかりませんわ」

「全ての食べ物に感謝して頂くことが大事なんですの。ピーマンだって生き物なんですのよ?」

「ピーマンもわたくしとおなじ?」

「そうですわ」


 アレアは少し考え込んだ。

 これはクレア様、説得に成功したか、と思ったのだが、


「ならわたくし、ピーマンがかわいそうだからたべませんわー」

「……そう来ましたのね」


 決まりだから、ルールだから、と押しつけるのは簡単だが、クレア様も私も出来るだけ理由を説明するように勤めている。

 でも、これが意外と難しい。

 子どもは子どもなりに意外とものを考えている。

 大人なりの理由を説明しても、子どもは捉え方が大人とは違うことがほとんどなので、多くの場合大人の方も考えさせられることになる。

 これはこれで多くの気づきがあって楽しいのだが。


「なら、アレアはお肉も食べませんのね?」

「どうしてですのー? おにくはたべたいですわー?」

「お肉も鶏や豚、牛といった動物から取れるものだからですわ。 わたくしたちが頂いているものは、全て命なのですわ」

「……」

「鶏も豚も牛も、そしてピーマンも、大切な命をアレアのために犠牲にしてくれたのですわ。そのことに、アレアは感謝しなければなりません」

「……」


 アレアはまた少し考え込んだ。

 今度こそ成功かと思いきや、


「じゃあ、どうしてクレアおかあさまもピーマンをたべるときいやそうなかおをするのー?」


 子どもって手強い。


 その後もああでもないこうでもないといいながら、自宅から少し歩いた所にある丘にやってきた。

 それほど深くない林を抜けた場所にあり、背の低い草が青々と茂っている。


「見てみなさい、メイ、アレア。足下には気を付けてね」

「わー!」

「よくみえますわー!」


 この丘からはバウアーの王都が一望出来る。

 背の高い王城や大聖堂をはじめ、人々が行き交う市場や住宅街も見渡すことが出来た。


「メイたちのおうちはー?」

「わたくしわかりますわ。あそこでしょうー?」

「あ、ホントだー! ちいさーい!」


 二人は遠目に見る自宅にきゃっきゃとはしゃいだ。


「この辺りでお弁当にしましょうか。レレア、お疲れ様ですわ。バスケットを置いてちょうだい」


 クレア様の声に反応して、レレアがバスケットを下ろす。

 私もクレア様と協力してレジャーシートを広げた。


「メイ、アレア、いらっしゃい。ご飯にしますわよ」

「やったー!」

「ごはんですわー」


 景色に見とれていた二人だが、ご飯と聞いてすぐに飛んできた。

 靴を脱いでレジャーシートに座る。

 バスケットを見つめる目が、期待に輝いていた。


「レイおかあさま、あけて?」

「まちきれませんわー」

「はいはい。じゃあ、開けるよ? じゃーん」


 私は少しもったいぶってから、 バスケットに掛けていた布を外した。


「わー、きれいね、アレア」

「ほんとうですわ、メイ」


 どうやらご期待には添えたようで、二人は嬉しそうに頷き合っている。

 本日の献立は――。

 玉子とたまねぎのマヨネーズソースサンドイッチ。

 ハムとレタスのバジルソースサンドイッチ。

 鶏肉とピーマンの甘辛ソースホットサンドイッチ。

 唐揚げ。

 野菜と果物のスムージー。

 といったラインナップである。

 唐揚げがあるので、サンドイッチは気持ち野菜多めに作ってある。

 弁当箱への詰め方も、色目が綺麗なように、サンドイッチは並べ方を工夫してみた。


「ねえねえ、はやくいただきますしよう!」

「はやくはやくーですわー」

「はいはい、じゃあ手を合わせて?」

「せーの」

「「「「いただきます」」」」


 言い終わるやいなや、双子の手が料理に伸びる。

 メイはハムとレタスのサンドイッチ、アレアは唐揚げに手を伸ばした。


「おいしい!」

「おいしいですわー」

「よかった」


 二人の満面の笑顔を見ていると、早起きして作った甲斐があるというものだ。

 クレア様も鶏肉とピーマンのサンドイッチに手を伸ばした。


「あら。これ、ピーマンを使ったって言ってましたわよね?」

「入ってますよ」

「あまりピーマンのえぐみが感じられませんわ」

「ピーマンは細かいみじん切りにして、甘辛ソースでちょっと濃いめに味付けしてますからね」

「工夫して下さったのね。ありがたいことですわ。アレア、これも食べてみなさいな」


 先ほどから唐揚げばかり食べているアレアに、クレアがサンドイッチを勧めた。


「ピーマンはいってるんですのー……?」


 イヤそうな顔をするアレア。


「これは大丈夫ですわよ。美味しいですわ」

「ほんとうですのー?」


 しぶしぶ、といった様子でサンドイッチを口にするアレア。

 恐る恐る咀嚼を始めて……徐々に表情が明るくなる。


「あ、おいしいですわー」


 その一言に、私はやったぜ、である。


「ぴーまんくさくないですわー。おそーすがおいしいですわー」

「ふふ、たくさん食べてね?」

「メイもメイもー!」


 たくさん歩いたからか、メイもアレアもお腹が空いていたようで、サンドイッチはどんどんなくなっていく。

 あっという間にバスケットは空になった。


「おいしかったー!」

「おいしかったですわー」

「本当に。相変わらず素晴らしい仕事でしたわ、レイ」

「お粗末様でした」


 これだけ綺麗に食べて貰えると、やはり作った側としては嬉しい。

 情報交換のために、近所の奥様方との井戸端会議に時々混ぜて貰うことがあるが、世の旦那様の中にはコロッケを作って上げても感想の一つもない、なんてことがあるらしい。

 コロッケって作るの面倒なのにね。


「ちょっとのんびりしてから、帰りましょうか」

「そうですね」

「メイたちは遊んできていいー?」

「お花摘みしたいですのー」

「いいですわよ。でも、あまり遠くには行かないこと。レレアを連れて行くこと。いいですわね?」

「「はーい」」


 双子はレレアを連れて花の咲いている所へと駆けていった。


「家族みんなでこんなにゆっくりするの、久しぶりな気がします」


 柔らかなそよ風を頬に感じながら、私は独り言のように言った。


「そうですわね。いつもはわたくしかレイのどちらかが家にいないことが多いですし、休日は買い物やら溜まった家事やらで潰れますものね」

「二人の相手も結構大変ですし」

「今日は来られて良かったですわ。ありがとう、レイ」


 クレア様がそっとキスをくれた。

 今日のピクニック、実は提案したのは私なのである。


「魔法適正の件で心配事が増えましたし、ここらで気分転換が必要かな、と」

「正解でしたわね。メイもアレアも喜んでいますわ」


 恐らくだが、適正計測の結果には波乱がある。

 それに備えるためにも、一度、気分をリフレッシュしておく必要がある。

 もしかすると、子どもたちよりも大人の方が。


「悪いことにならないといいのですけれど……」

「心配しても仕方ありません。結果を待ちつつ、今日は今日を精一杯楽しみましょう」

「……。そうですわね」


 クレア様は気分を切り替えるように少し頭を振ってから、私に笑いかけてくれた。


「あの革命の動乱を乗り越えることが出来たわたくしたちですもの。二人なら、きっとどんなことでも乗り越えていけますわ」

「いいえ、クレア様。それは違います」

「?」


 私の否定に、クレア様がおや、という顔をした。

 私は意地悪く笑って。


「今は四人、ですよ」

「……ふふ、そうでしたわ」


 やられた、という顔をするクレア様があんまりにも可愛かったので、今度は私からキスを贈った。

 春らしい穏やかな時間を感じながら、私はクレア様を抱きしめるのだった。

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