第116話 新入生たち
ここは王立学院の運動場である。
初春らしい柔らかな光が射し、気温も肌寒さをもうそれほどには感じない。
「みなさん、おはようございます」
「「「おはようございます!」」」
私の挨拶に二十人くらいの学生が元気な挨拶を返してくる。
全員が学院の制服に身を包んでおり、やる気に満ち溢れた顔つきをしている。
今日は春の新学期初日であり、私も新しい学生たちとの初の顔合わせということになる。
去年一年教師をしていて思ったことだが、初対面の印象というのは結構大事だ。
貴族の子女ばかりだった頃ほどではないにしても、市民の学生だって教師が隙を見せれば浮ついた態度を取ってくる。
かといって高圧的になれば良いかというとそんなことはない。
要はバランスの問題なのだ。
「今日から皆さんに魔法実技を教えるレイ=テイラーです。魔法学のクレア先生共々、どうぞよろしくお願いします」
魔法学と魔法実技は去年度から新設された科目で、その名の通り魔法の学術的な理論とその実践を教える。
以前は魔法とひとくくりにされていた科目だ。
私が実技、クレア様が学問の方である。
どちらも魔法についての造詣が深く、適正も高いことから白羽の矢が立てられた。
「初日ですし、まだ皆さんの現在の魔法適正も測っていませんから、今日は簡単に自己紹介と講義の概略を説明します」
と、その前に。
「先ほども言いましたが、私はレイ=テイラーです。テイラー先生とでも呼んで下さい」
私個人としてはレイ先生と呼んで貰っても構わないのだが、そこはそれ。
けじめの問題である。
「皆さんの中には私よりも年上の方もいるでしょうが、ここでは年齢は考慮されません。そこは承知しておいて下さいね」
これは学院が貴族のものだった時も同じだった。
私が学院生だった時も、年齢の違う様々な学生が同じ講義を受けていた。
年齢で画一的に学年が割り振られる二十一世紀の日本とは、この点は大きく異なる。
「存じ上げています! テイラー先生は学院史上最年少で最高のテスト結果を残されたんですよね!」
学生の一人からそんな声が上がった。
ああ……またか。
「アタシも知ってる! 先生は革命の英雄なんでしょう!?」
「そんな先生から講義を受けられるなんて光栄です!」
「超適正の魔法、見せて下さい!」
学生たちが一気に喋り始めた。
やれやれ。
ありがたいことに……というべきなのかなんなのか、私は王国では少し名前が知られているらしい。
クレア様を助けるために革命の際にあれこれ頑張ったせいで、今ではなぜか革命の立て役者の一人に数えられている。
おかしいなあ。
私はただクレア様が処刑されるのを回避しようとしただけなんだけど。
とにかく、まずはこの状況をなんとかしなければならない。
私は去年覚えた解決法を実践することにした。
「みなさんの中に高所恐怖症の人は?」
「平気です!」
「アタシも平気です!」
「そんなことより超適正の魔法を――」
ふむ、いないのか。
おーけい。
「――アップリフト」
私が魔法を発動すると、学生たちの足下の地面が突然隆起した。
そのまま十メートルほどの高さまで上昇して止まった。
以前、クレア様を落として遊んだ落とし穴の逆バージョン、地面隆起の魔法である。
「わわわ……!」
「た、高い……!」
「怖ぇぇぇー!」
十メートルという高さは、立ってみると想像以上に高く感じるものである。
その上、学生全員の足場をまとめて隆起させているのではなく、個々人の足下を個別に隆起させているので、それぞれの足場は非常に心許ない。
仮に落ちても魔法で受け止めるつもりではあるが、そんなことを知らない学生達はへたり込んで震えている者までいる始末だ。
「私が話している時に無駄話はやめて下さいね。でないと、こういうお仕置きをすることもあります。分かって貰えました?」
学生達がぶんぶんと首を縦に振る。
「結構です。では、戻しますね」
私は学生達の足場を元に戻した。
彼らの顔にほっとした表情が戻る。
「では、一人ずつ自己紹介をお願いします。右端のあなたから」
その後は割とスムーズに進んだ。
講義の秩序を保つには、まず学生達からなめられないことが重要である。
もちろん、先ほども言ったように、それは高圧的に接することとは絶対的に違う。
この先生は教えを請うに値する相手だ、と認識されなければならないのだ。
その為に、私は土魔法を実際に使って見せた。
王立学院に集まるのは基本的に優秀な学生が多いが、魔法については適正はあっても実際に使ったことがない、見たこともないという人がまだまだ多い。
なので、実際に魔法を見せる、というのは有効な手段なのだ。
とはいえ、ただ派手な魔法を見せるだけでは浮ついた空気になってしまう。
そこで考えついたのが先ほどの魔法である。
魔法は扱い方次第では怖いもの。
そういう認識を持って貰うことも出来る。
私は学生たちの自己紹介を聞きながら、彼らの表情を観察した。
ほとんどの人は先ほどの土魔法のショックを引きずっている。
大きな声を張り上げている人もいるが、空元気がほとんどだ。
それはそれで微笑ましくはあるのだが、中には変わった学生もいる。
「ユークレッドから来ました、ラナ=ラーナでーす! レイセンセと同郷でーす!」
先ほどの魔法が全然堪えている様子のないその女子学生は、茶色の瞳を輝かせてそう言った。
赤い髪に白いカチューシャをつけている。
背の高さは私と同じか少し高いくらい。
快活な、明るい笑顔を浮かべている。
少しギャルっぽい雰囲気があるなあと私は思った。
「学問はダメダメでけどぉー、魔法に凄く興味がありまーす! レイセンセみたいになりたいでーす! よろしくお願いしまーす!」
そこまで一気に喋りきると、ラナはひらひらと手を振ってきた。
これはまた好意を持たれたものである。
まあ、自分で言うのもなんだけど、私は性格的に色々とアレなので、儚い幻想はすぐに打ち砕かれるだろう。
ご愁傷様という他ない。
「……イヴ=ヌン。ユークレッドから来た。ラナとは同郷。よろしく」
ラナの次に自己紹介したイヴは、何というか非常にダウナー系の子だった。
イヴもアップリフトの魔法にはそれほど動じていない様子だったが、ラナとは正反対の態度である。
イヴは長い黒髪を三つ編みにしている。
この世界ではまだ珍しい眼鏡を掛けていることから、恐らく実家はそれなりに裕福なのだと思われる。
そこまではいい。
多少、変わっていても、それはそれぞれの性格と個性なのだから、私からは何も文句はない。
しかし――。
「……」
私はどうして睨まれているのだろう。
イヴは親の敵でも見るような目で私を睨んでいる。
私、この子とは面識ないはずなんだけどなあ……。
「オレはヨエル。ヨエル=サンタナ。出身はここ王都だ」
次に自己紹介した子は背の高い男性だった。
青い髪に茶色い瞳。
どこか痩せた狼のような雰囲気を漂わせている。
鍛えているのだろうか、体つきにも無駄がない。
「兵士の家に生まれたので、戦闘は得意だ。勉強は好きだが得意ではない。よろしく」
ヨエルは要点だけを簡潔に述べて自己紹介を終えた。
機械的、という印象を受ける自己紹介だった。
その後は特筆するべきことなく自己紹介も終わり、毎回の講義前にする準備運動を教えた所で時間となった。
「それじゃあ、また次回に」
「「「ありがとうございましたー!」」」
挨拶を終えて、解散となる。
私も職員室に戻ろうとすると、ラナがやって来た。
「レイセンセ! 今の講義で分からなかったことがあるんですけどー」
「まだ何にも教えてないよね?」
「ほら、準備運動ですよ! ここの所が難しくてー!」
などと言っているが、問題があるようには見えない。
これは、ただ私と話したいだけ、かな?
懐かれるのは嬉しいことだが、私にはクレア様という人がいるので、線引きは必要である。
私が辟易していると、背後から視線を感じた。
「……?」
「……」
振り向くと、イヴがまだ睨んでいた。
理由は分からないが、学生との関係が悪いのはいいことではない。
こちらから歩み寄ってみよう、と笑顔で手を振ってみた。
しかしイヴは嫌悪感丸出しの顔をしてからふいと顔を背けると、そのまま去って行ってしまった。
「あーあ、イヴってば感じ悪ぅーい」
「ラナはイヴと同郷なんだよね?」
「あは、レイセンセ、アタシの名前、覚えてくれたんだ?」
「私もユークレッド出身だけど、私たちって面識ある?」
「ないよ! アタシたちが一方的に知ってるだけ! むしろファン!」
なんかラナのノリ、既視感があるんだけど……。
気のせいだよね、うん。
「ああでも、イヴはなんかセンセにコンプレックスがあるみたいなことは言ってたかなぁ?」
「コンプレックス?」
「うん。恋人を横取りされたとかなんとか」
「……ごめん、全然思い当たる節がない」
私、クレア様一筋だもん。
「まあ、イヴのことなんてどうでもいいので、アタシのこと聞いて下さいよー!」
「ごめんね。次の講義があるから」
「あーん、意地悪ぅー! でもそんなところも好きー!」
やたらとぐいぐい来るラナから何とか逃れて、私は教員室に戻った。
その間も考えるのはイヴのこと。
(恋人を横取り……?)
完全なる誤解のはずなのだが、問題はどうしてそんな誤解が生じているか、ということだ。
後でじっくり話し合う必要がありそうだ。
「……今年の学生は、一筋縄じゃいかないかもね」
呟きは溜め息とともに、春霞の空に吸い込まれていった。
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