第111話 もろびとこぞりて
「なんだアイツは?」
「オレ、知ってる。王立学院の生徒だ。確か、レイ=テイラーとかいう」
「今さら何を言おうっていうの……?」
群衆のどよめきを一身に受けて私は――みっともなく柵を乗り越えた。
かっこ悪いが、なりふり構っている場合ではない。
「衛兵、つまみ出しなさい」
「待って下さい」
強引に処刑を続行しようとするサーラスを、一人の男性が止めた。
「その者は革命政府の有力出資者です。無体は許しませんよ」
「しかしですね、ランバート……」
そう。
その男性はランバート=オルソー様だった。
平民運動の際に国外追放された、レーネの兄である。
「今こそは新時代への転換期。後腐れは無くしておいた方がいいでしょう?」
ランバート様はそう言うと、私に向き直った。
「機会は作った。後はきみ次第だよ」
「ありがとうございます」
ランバート様に礼を言うと、私は群衆に向かって呼びかけた。
「この裁判には異議があります。人民を不当に搾取し、国難を呼び込んだ真の罪人は別にいるのです!」
私は声を張り上げた。
「何を馬鹿なことを。フランソワ公爵家以外の誰が、その罪を負うと言うのです?」
「それを今から明らかにします。……レーネ!」
「はい」
レーネが姿を現すと、群衆の中から声が上がった。
クレア様も驚きに目を見開いている。
「あれは、フラーテル商会の若女将じゃないか」
「するとあっちは、夫のランバート様か」
レーネとランバート様は追放になった後、アパラチアで商会を興した。
それがフラーテル商会である。
フラーテルはクリームブリュレという爆発的ヒット商品を生み出し、その後も独創的なメニューを次々と発表して一躍業界の寵児となった。
フラーテルはこの国の古い言葉で兄弟を意味する。
そのまま転じて仲間とかそういう意味合いを持っているが、彼らにとってその意味するところは明らかだ。
私がレーネとランバート様と再会したのはつい数日前のこと。
二人は革命政府の大口出資者となっていて、この公開裁判にも出席していたのだった。
「ドル=フランソワ様は国賊ではありません。彼こそは真の愛国者です」
そう言うと、レーネはドル様がこれまで行ってきた政治活動と革命政府への支援の内容を朗々と語った。
その中には、クレア様が行った貴族の取り締まりや、レジスタンスへの資金提供などが事細かく説明されていた。
レーネには私がこれまでドル様と行ってきた活動を全て話してあった。
「例えば、クレア様とレイ=テイラー、そしてリリィ枢機卿が行った不貞貴族の取り締まりですが、この裏にはドル様のバックアップと指示がありました」
私たちが摘発した貴族の中には一定の武力を持つ家が含まれていた。
革命が起きた際の障害になりそうな家を潰していったのだ。
単なる世直しというだけではなかったのである。
革命が起きたときに、平民にできる限り血が流れないようにするために、ドル様は数々の手を打ってきた。
ドル様はチェスの名手のように先の先を読んで行動していたのである。
「資金提供に至っては、XXという名前でレジスタンス結成の最初期から始まっています」
それ以外にもたくさんのことを、レーネは余すこと無く説明した。
「ドル様こそは、この国の行く末を真に憂う愛国者です」
「何を馬鹿なことを! だからといって、彼らが臨時政府を騙り、王権をないがしろにしたことに変わりはないではありませんか!」
「キミがそれを言うのかい、サーラス?」
声を荒らげるサーラスを、涼しげなテノール――いや、アルトというべきか――が遮った。
「ユー様だ!」
「ご乱心なさったのではなかったのか!」
「でも、凄くお綺麗だわ」
修道服に身を包んだユー様が、共の修道士たちを連れ立って議場に現れた。
ふわふわの金髪は少しだけ伸びて、女性らしさを増している。
もともとフェミニンな印象を併せ持っていた彼女だが、今は完全に女性にしか見えない。
「ユー様、なぜあなたがここに……」
「それはこちらのセリフだ、サーラス。真の罪人よ」
ユー様の爆弾発言に、群衆が揺れた。
「罪人? サーラス様が?」
「やっぱりユー様はご乱心なさったんだ」
「でも、そんな風には全然見えないけど――」
群衆はすっかり戸惑っている。
そんな中、ユー様の声だけが不思議と間隙を縫って響いた。
もちろん、我が親友ミシャの仕業である。
「彼――サーラス=リリウムこそが真の国賊。彼はナー帝国と通じ、この国を我が物にせんとしている!」
ユー様の糾弾が、サーラスを鋭く貫いた。
群衆にどよめきが走る。
しかし、そこは海千山千の政治屋であるサーラスのこと。
すぐに落ち着きを取り戻して、こう言った。
「何を仰っているのですか、ユー様。やはりあなたはご乱心なさっているようだ。どうか心安らかに修道院で過ごされませ」
「すでに調べはついているんだよ。……レイ」
「はい」
ユー様の声にレイが答え、懐からカード状のものを取り出した。
「ここにはサーラスが帝国と交わした密約の全てが記録されています! みなさん! サーラスに騙されてはいけません!」
私は音声を最大にして魔道具を再生した。
それがミシャの風属性魔法で増幅され、辺り一帯に響き渡った。
「どういうことだ!?」
「革命政府は私たちの味方じゃなかったの!?」
「わけが分からないぞ!」
群衆は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。
サーラスが必死に弁解を口にしているが、喧噪にかき消されて民たちには届かない。
「……こうなったらしかたありませんね」
サーラスは懐から笛のようなものを取り出すと、それを強く吹いた。
喧噪にも負けない鋭い音が響き渡ると、それに呼応するかのように現れる人影の群れがあった。
「! サーラスの私兵軍!」
旧国軍に比べれば数こそ少ないものの、没落貴族たちからかき集めたその兵力は無視できない規模だった。
私兵軍は完全武装し、簡易裁判所を取り囲むように配置されていた。
「制圧しなさい」
サーラスが命令を下した――その直後。
「そうは問屋がおろさねーっての」
凄みのある声と共に、兵たちは爆発に遮られた。
「ロッド様だ!」
「生きておられたのか!」
軍を率いて駆けつけたのは、行方不明になっていたロッド様だった。
よく見るとロッド様は片腕を失っていたが、その表情は活き活きとしている。
「ちっと遅くなっちまったな。だが、ヒーローってのは遅れて登場するもんだろ?」
そう言ってロッド様は男臭く笑った。
彼はサッサル火山の麓にある村に避難を呼びかけている最中に噴火に遭い、村人たちを守って重い傷を負った。
不幸なことに村には治癒魔法の使い手がおらず、時間をかけて怪我を癒やすしかなかったのだ。
一時は生命が危ぶまれた彼だが、片腕を失ってなおそのまぶしい輝きは変わらない。
「おい、サーラス。無駄な抵抗はやめろ。お前の私兵軍のほとんどはオレに恭順した。貫禄の違いってやつだな」
「ぐぐ……。死に損ないまでもが邪魔をするのですか……」
ロッド様を憎々しげに睨むサーラス。
「まだです! まだ私は終わりません! リリィ!」
「あー……、結局こうなんのね」
裁判所の暗がりからぬっと姿を現したのはリリィ様だった。
黒っぽい革製と思われる軽鎧を身につけ、さらに黒いマントを羽織っている。
口調からして、人格は交替したままだ。
「ドルとクレア、それに王子たちを殺せ! 奴らさえいなければ、後はどうとでもなる!」
「簡単に言ってくれるねー。まあ、やるけどよー」
うんざりした様子を見せながらも、リリィ様はナイフを抜き放った。
鈍色の切っ先は毒液に濡れている。
サーラスの私兵軍とロッド様が率いる軍との衝突で、辺りは混沌としていた。
この状態なら、リリィ様の技量ならばあるいは要人を暗殺していくことも可能なのかも知れない。
だが、私たちも無策でこの場に臨んだわけではない。
「女の子にこんな真似をさせるなんて……。恥を知れ、サーラス。
リリィ様の前に立ちはだかったのは、もちろんマナリア様である。
いくら変貌後のリリィ様が手強かろうと、人格交替そのものをキャンセルしてしまえばどうということはない。
しかし――。
「……なんて難解な術式だ……!」
マナリア様の力をもってしても、リリィ様の解呪はそう簡単には行かないようだった。
「くあぁぁぁ!」
しかし、全く無効というわけでもないようで、リリィ様の動きは止まり、苦悶の表情を浮かべている。
「やめろ、『お前』は出てくるな! この体は俺のものだ!」
そのセリフは、まるで黒仮面のリリィ様が本体のリリィ様に抗っているように聞こえた。
私は本体のリリィ様に呼びかける。
「リリィ様、還ってきて下さい!」
「レイ……さ……「ヤメロォォォ!」」
リリィ様はナイフを振りかざして私の目の前にまで迫った。
私は身の危険を感じたが、リリィ様を信じてその体を抱きしめた。
すると、リリィ様は大きく痙攣して糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
慌てて抱き起こすと、リリィ様は薄く目を開けて、
「リリィ、頑張りました……」
と、それだけ言って、くたりと気を失った。
私はリリィ様の体を優しく横たえると、その頭をひと撫でしてから立ち上がった。
「リリィ様もあなたを見限りました。これで終わりです、サーラス!」
「ぐ……。おのれ……おのれぇ……!」
悔しそうに唇を噛むサーラスだったが、これでチェックメイトだ。
彼にはもう、手札がないはず。
「レイ=テイラー! 私の目を見なさい!」
「!?」
すぐに罠だと気がついたが、その時にはもう遅かった。
一瞬合わせた視線から、世界がぐにゃぐにゃと変容していく。
これは……サーラスの暗示!
「ふはは、お前を第二のリリィに――」
「させるわけないだろ」
その声と同時に、視界が元に戻った。
声の主はマナリア様だった。
「このボクが一度見た魔法の解呪を二度も失敗するわけがないだろう。みくびるな」
そう言うと、マナリア様は魔法杖の切っ先をサーラスに突きつけた。
「今度こそ終わりだ、サーラス=リリウム」
「~~~!」
サーラスは血の涙を流して悔しがったが、それが最後の抵抗だった。
「……なんだ? どういうことだ?」
「結局、誰が悪かったの?」
「俺たちは誰を処刑すりゃあいいんだ?」
群衆に動揺が広がっていく。
最初は小さかったそれは、時間を追うごとに大きくなり、やがて雷鳴のようなやかましさになった。
「静まれぇぇぇ!!!」
そこに、群衆の騒ぎを上回るほどの大音量が響いた。
辺りが一瞬、静まりかえる。
「なるほど、サーラスは確かに悪党だったようだ。だがね?」
声の主はアーラ=マニュエル。
「だからって、革命そのものをなしってわけにゃーいかないんだよ」
革命勢力の旗印となった女傑である。
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