第105話 革命の予兆

 平民たちのデモは続いている。

 議事堂前のメインストリートを埋め尽くす群衆は、日に日に数を増していた。

 臨時政府を非難し、王室の復活を求める声はますます強くなっている。

 しかし、ドル様をはじめとする臨時政府は、態度を変えることはなかった。


「はいはい、並んで下さいまし! きちんと全員に行き渡るだけございますわ!」

「ゆっくり進んで下さいね!」


 私たちはと言えば、デモの拡大に不安を覚えながらも炊き出しを続けていた。

 増税のせいで日々の食事にも困る人は増えており、この炊き出しを頼る人の数は多い。

 今はまだなんとかなっているが、このまま増え続ければ食料の在庫が尽きるのもそう遠い話ではない。

 と、危惧していたのだが――。


「今日は昨日よりも少し人数が減りましたわね?」

「ええ」


 用意していた食材が余ったことに、クレア様が気づいた。

 たまにはそういう日もあるでしょう、とその日はそれで終わったのだが、


「今日もまた減りましたわね」

「……」


 次の日もその次の日も、クレア様の炊き出しに並ぶ人は、少しずつ数を減らしていった。


「一体、どうなっていますの……?」


 クレア様の疑問に対する答えは、ほどなく得られた。


 ――レジスタンスが革命政府を樹立。豊富な配給が始まる。


 間もなく、新聞にそんな記事が載ったからだ。

 新聞によれば、臨時政府と革命政府との間で小競り合いが起き始めているとも伝えられている。


「……なんたることですの」


 記事を読んだクレア様は呆然としている。


(……とうとうここまで来た、か)


 私はといえば、この流れも予想の範囲内である。

 「Revolution」では、革命が起きる中で攻略対象である王子様方と悲恋に落ちるというルートが多かった。

 だが、中には王子たちの誰とも結ばれずに、革命の中で主人公自身が旗印となっていくという、革命ルートもあったのだ。

 今回の流れは、その革命ルートにクレア様を巻き込んだ形に近い。

 原作と大きく違うのは、クレア様が民衆の支持を得ていることと、王室が復活を求められていることの二点である。


(このまま舵取りを間違わなければ、きっと……)


 私とあの人の大願成就も、そう遠い話でない。


「レイ、聞いていますの?」

「ひゃい!?」


 急に耳を引っ張られて我に返った。

 見れば、クレア様が青い顔をしている。


「とうとう革命政府なんていうものが出てきましたわよ? このままではこの国は……」

「大丈夫です、クレア様。想定内の流れです」

「……本当ですの?」

「はい。クレア様は、どうかこのまま炊き出しを続けて下さい」

「……分かりましたわ」


 と言うわけで、今日も今日とて炊き出しに来たわけだが――。


「……ほとんど人が来ませんわね」

「ですねー」


 危機感をにじませたクレア様とは対照的に、私はのんきに答えた。


「ですねーじゃありませわよ! 民たちはみんな革命政府の支持に回ったということじゃありませんの!?」

「かもしれません。でも、それでいいんです」

「どこがいいんですの!」


 などとクレア様とぎゃーぎゃー言っていると、


「失礼。こちらはクレア=フランソワ様の炊き出しで相違ないか?」


 何人かの男たちが連れ立ってやって来た。

 服装は平民にしては上等なものを着ている。

 しかし、貴族ではなさそうだった。


「そうですけれど、あなた方は?」

「私たちは革命政府の者です」

「!」


 代表とおぼしき男がそう名乗ると、クレア様の表情が険しくなった。


「……なんのご用ですの?」

「クレア=フランソワ様。あなたの民を思う活動には感服致しております。ですが、これからは民への配給は革命政府が担うことになります。それで、ご協力頂けないかと」

「協力、ですって?」


 クレア様がいぶかしむ。


「あなた、ご自分が革命政府の者だと仰いましたわね?」

「はい」

「わたくしはあなたに見覚えがありますわ。サーラスの部下だった方ですわよね?」

「ええ」


 男は否定しなかった。

 私は気づかなかったが、クレア様によると彼はサーラスの執務室で見かけた私兵の一人だったようだ。


「こちらの彼はトンプソン元男爵家の衛士でしたし、あちらの彼はイェール伯爵家の衛士でした」

「そんな方たちがなぜ革命政府に?」

「クレア様たちの“ご活躍”で、彼らは職を失いました」

「再就職先は全て手配しましたわよ?」

「ええ、それは感謝しております。しかし、もっといい条件で雇ってくれる方がいらっしゃったのです。それがサーラス元宰相です」

「! サーラスはどこですの!」


 クレア様が問い詰めるが、男は首を振った。


「申し上げられません。あの方はこの国のこれからに必要なお方です」

「サーラスは帝国と繋がっているんですのよ!?」

「ナー帝国はこの国が真に民のものとなるように協力してくれているのです」

「違いますわ! 帝国はこの国を我が物にせんと――もが」

「協力、とは具体的には何をすればいいんですか?」


 クレア様の口を押さえて、私は交渉を始めた。


「そちらが蓄えている食料をご提供頂きたい。私たちの方でもまだまだ備蓄はあるが、多ければ多いに越したことはないですからね」


 私が問うと、男はそう答えた。


「いいですよ。その代わり、こちらからも条件があります」

「うかがいましょう」


 男は鷹揚に頷いた。


「革命政府がこれから行うことに、クレア様を巻き込まないで下さい」

「……それは難しい。ドル様は悪しき臨時政府の主要メンバーだ。そのドル様に何もするななど不可能ですよ」


 男は首を振った。

 しかし、私は諦めない。


「ドル様に何もするなと申し上げてるんじゃありません。クレア様を巻き込まないで下さいと言っているのです」

「……ふむ?」

「クレア様のこれまでの活動は、あなた方もよくご存じでしょう? クレア様は民を愛していらっしゃいます。ドル様たち他の貴族とは違います」

「……それはつまり、クレア様だけは見逃せ、ということですかな?」

「そういうことです」


 男は考え込むそぶりを見せた。

 押さえつけているクレア様がむーむー抗議の声を上げているが、しばらく大人しくしていて貰うしかない。


「そちらが提供できる備蓄の量は?」

「ざっとこれくらいです」


 私は概算を示した。

 男が一瞬驚きに目を剥いたが、すぐに表情をフラットにする。


「その程度では……」

「なら、この話はなかったことに」

「……」


 私の記憶が確かならば、革命政府はまだこの段階では十分な食糧備蓄を得ていないはずなのだ。

 平民からの支持を取り付けるために、豊富な食糧配給を行えると新聞に広告を打ったが、予想以上に民が殺到し、帝国からの増援が来るまでの間をどうにか持たせなければならないはずだった。

 私はそこにつけこんだ。


「……いいでしょう。クレア様には一切、手を出さないことをお約束しましょう」

「ありがとうございます。もし約束を違えた場合、XXからの支援は即座に打ち切られるとお考え下さい」

「XXとは?」

「アーラ=ラスターかアーヴァイン=ラスターに聞けば分かります」

「……かしこまりました。では、食料の移送についてはまた後日」


 兵士たちとは、それで一旦別れた。


「ぷは。レイ! あなた何を勝手に――!」

「嘘も方便、というやつです。クレア様」


 激昂するクレア様をなだめるように、私は言った。


「方便?」

「革命政府とやらが何を考え、何をするのか。それを探るためにはこちらから近づいていくしかありません」


 私は続ける。


「食料提供は、あちらの信頼を得てクレア様が革命政府に近づくためです」

「わたくしは革命政府には与しませんわよ?」

「もちろんです。私たちがすべきことは、臨時政府と革命政府の間で上手く立ち回って、落としどころを探ることです。これは極めて政治的なことで、現状、クレア様にしか出来ません」

「わたくしにしか……?」

「はい。難しい立ち回りです。出来ますか?」


 私が問うとクレア様は、


「ふん。わたくしを誰だと思っていますの。財務大臣ドル=フランソワが息女、クレア=フランソワですわよ? それくらいのこと朝飯前ですわ」


 と、不敵に笑った。


「ありがとうございます」

「あなたの考えも知らず、責めるようなことを言ってしまいましたわね。謝罪いたしますわ、レイ」

「滅相もない」


 本当に滅相もないのだ。

 なにしろ――。


 方便なのはむしろ、クレア様へ言ったことの方なのだから。

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