第104話 雌伏の時

「貴族どもは悪政をやめろー!」

「増税反たーい!」

「王室を取り戻せー!」


 王都のメインストリートに面した学院の寮からは、デモの様子がつぶさに観察出来た。

 人々はプラカードを掲げて貴族院議会のある議事堂の方向へ行進している。

 武器になりそうな者を手にしている人は、今のところいない。

 まだ抗議デモの段階であり、暴動にまでは発展していないようだった。


「わたくし、止めてきますわ!」

「ダメです。無意味ですし、タイミングが悪すぎます」


 部屋から飛び出して行こうとするクレア様を、私は慌てて止めた。


「どうしてですの!? わたくしは民から一定の評価を受けているのでしょう!? そのわたくしが呼びかければ、他の貴族が言うよりもずっとこちらの意図が伝わるはずですわ!」

「確かにクレア様が今出て行けば、今回限りは治まるかも知れません」

「なら!」

「その代わり、クレア様はやっぱり貴族の味方だと思われることになります。今まで苦労して積み上げてきた民からの信頼は地に落ちるでしょう」


 私の言葉に、クレア様は悔しそうに顔を歪めると、バンと机を叩いた。

 育ちのいいクレア様がモノに当たるなんてよほどのことだ。


「貴族の味方と思われる、ですって!? わたくしは正真正銘、貴族ですわよ!?」

「クレア様はただ貴族でいたいだけなんですか? それとも民を救いたいんですか?」

「……くっ……!」


 激高するクレア様に対して、私は飽くまで冷静に返した。

 クレア様は聡明な人である。

 一瞬、頭に血が上った様子だが、すぐに持ち直した。


「……ええ、そうですわね。あなたが正しいですわ、レイ。わたくしはただ身分が欲しいんではありません。民のよき模範となり、民を救いたいのです」

「はい。そのためには、今は動くべきではありません。様子を見ましょう。もしかしたら、臨時政府が考え方を変えるかも知れませんし」

「そう願いたいですわ」


 クレア様は窓から見える群衆を不安そうに見やった。


「でも……どうして急に? 新聞には全て目を通していますが、デモの呼びかけなどありませんでしたのに」

「恐らくですが、良くない事態が発生しています」


 クレア様の疑問に、私はそう答えた。


「というと?」

「民衆を扇動しているものがいます」

「! ……レジスタンス!」

「表向きはそうですが、事態はもっと深刻です。サーラス……さらに言えば、その背後にいるナー帝国が黒幕です」


 ここ数日、クレア様をはじめとする有志たちの活動の結果、平民たちの不満は一定の水準で抑えられていた。

 クレア様はそのまま不満が解消される方向にいく――とまで楽観視してはいなかっただろうが、それでももうしばらくはデモが起きるようなことはないだろうと思っていたはずだ。


 実際、このデモはおかしい。

 自然発生的な少人数のデモであればまた話は別だが、今、窓から見えるデモは千人を下回ることはないと思われる。

 この規模のデモが、なんの打ち合わせや下準備もなしに発生するとは考えにくい。


「帝国が裏で糸を引いていると言うんですの?」

「はい」

「……」


 私の返事に、クレア様の視線が鋭くなった。


「これまでなあなあにして来ましたけれど、もうそのままには出来ませんわね。レイ、あなたはどこでその情報を知ったんですの?」

「いえ、ちょっと小耳に挟んで」

「誤魔化すのはやめなさい。そんな重大な情報がそこら辺に落ちているわけがないでしょう」


 私を問い詰めるクレア様の口調は厳しかったが、やがて語調を弱めて、


「レイ、わたくしはあなたを信頼していますわ。いい加減、説明して下さらない? あなたはどうしていつも、知り得ないはずのことを知っているんですの?」

「……」


 クレア様は真摯だった。

 これ以上誤魔化すと、クレア様からの信頼を失いかねない。

 私は観念することにした。


「信じて貰えるかどうか自信がありませんが……」

「とりあえず、話してみなさいな」

「では。私はこの世界の人間じゃあないんです」

「……どういうことですの?」


 クレア様は怪訝な顔をした。


「私は別の世界から来ました。別の地球の日本という国です」

「ニホン……」

「はい。私はそこで一度、多分ですが死にました。そして、気がついたらこの世界にいたんです」

「……」


 クレア様が黙って先を促してきたので続ける。


「私はこの世界で起こることのある程度を予知できます。前の世界で知っていたんです」

「レイがいた前の世界とこの世界には、何らかの関係があるんですの?」

「はい。前の世界には、この世界で起こりうることが詳細に書かれた予言書のようなものがありました」


 私はゲームの世界という部分を意図的に伏せた。

 ミシャの時はうっかり話してしまったが、自分が物語の登場人物かもしれないという考え方は、多かれ少なかれショックを受けるかもしれないと思ったからだ。

 私はこの世界のことを飽くまで実在する世界としてクレア様に伝え、「Revolution」のことは予言書として話した。


「なら、あなたはこれから起こることについても、ある程度予測がついていると?」

「はい」

「……どうなるんですの?」


 クレア様が恐る恐る、という感じで訊いてきた。

 怖がられているということは、私の話をある程度信じて貰えているということだ。


「申し上げられません」

「どうしてですの」

「未来のことを知るということは、未来に干渉するということなのです。詳しくは説明出来ませんが、クレア様が未来について知ってしまうと、私が知っている未来とは変わってしまうのです」

「……」

「私はこの先に待っている悪い未来を変えるために様々な手を打ってきました。今、未来を知っているというアドバンテージを失うわけにはいかないのです」


 クレア様が未来を知ると云々の部分は半分くらいデタラメである。

 単に私はクレア様にまだこの先に待っている革命という結末を伝えたくなかった。

 革命が避けられないと知ったら、クレア様がどういう行動に出るか予測が付かなかったからだ。


 未来は変える。

 ただし、クレア様が生存できる方向に。


「私の種明かしは、以上です」

「……なるほど」


 クレア様は軽く頷いた。


「ご納得頂けたのですか?」

「納得するしかありませんわ。これまで近くで実際にあなたが知り得ないはずのことを知っていた場面を、幾度となくこの目で目撃してきたのですもの」

「そうですか。愛ですか」

「人の話を聞きなさい」


 クレア様が私の額にデコピンしてきた。

 ちょっと痛い。

 我々の業界ではご褒美です。


「それに、レイは精霊の迷い子でしたわよね」

「はい」


 これは以前、私の身の上をミシャに明かした時にも指摘されたことだ。

 この世界には、身寄りのない幼子が突然さまよい出てくることがある、という言い伝えがある。

 その子は精霊の迷い子と言われ、その多くが不思議な力を備えているという。


「精霊の迷い子は、みなレイの世界からの客人なのかしら?」

「そこまでは分かりませんね。でも、私がいた世界には、魔法なんていう便利な力はありませんでしたよ」

「そうなんですの? その割にはレイの魔力は随分と高いですわね」

「その辺りの仕組みはよく分かりません。それこそ神のみぞ知る、というヤツではないでしょうか」


 私の身の上話についてはそこで一段落した。


「あなたの話はとりあえず分かりましたわ。でもとにかく、この動きに帝国が関わっているのだとしたら、何か手を打たなくては」

「例えばどんなことを考えていらっしゃいますか?」

「お父様に進言申し上げます。デモの裏で帝国が暗躍しているとなれば――あ……」

「ええ、デモは反逆者の集団とみなされて、弾圧されかねません」


 私たちには、意外なほどに打つ手がない。

 帝国は非常に狡猾に動いている。

 これだから政治とかお家騒動とかはイヤなのだ。

 クレア様の生死がかかっていなければ、私は絶対に関わり合いにならずに別の国へ逃げている。


「何か出来ることはないんですの……? レイなら妙案があるんじゃありませんの?」

「今のところはないです。もう少し流れが変わらないと」

「でも、ぐずぐずしていたら革命が――」

「大丈夫ですよ、クレア様」


 私は安心させるように落ち着いた声色を作ってクレア様に言った。


「クレア様のことはお守り致します。何があっても。絶対に」


 その言葉は嘘ではなかった。

 しかし、事実の全てでもないのだった。

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