第103話 時流

 悪い知らせは続いた。


「お父様はご乱心なさったに違いありませんわ!」


 今朝の新聞を読んだクレア様は、開口一番にそう吐き捨てた。


「何があったんですか?」

「増税を行う、と書いてあります」


 ありえないという顔で、クレア様が新聞を渡してきた。

 受け取って目を走らせると、そこには臨時政府が噴火後対策に税を上げると書いてあった。

 なんでも、噴火によって受けた被害の補填のために、大幅な臨時予算が必要になったからだ、と新聞にはある。


「民はただでさえ物価の高騰に苦しんでいるのです。この上増税だなんて……」


 政治の素人である私ですら分かる悪手だ。

 幼いころから帝王学を学んできたクレア様には、ドル様たちの決定が愚劣極まりないものに見えているに違いない。


「このままで済むはずがありませんわ」

「というと?」

「遠くないうちに、市民の抗議デモが起きますわよ」


 クレア様の予想は間違っていない。

 ゲームの流れ通りであれば、来週にもデモが始まるはずである。


「それでお父様たち臨時政府が目を覚ませばいいのですが……」

「覚まさなければ?」

「……暴動が起きかねませんわね。残された記録によると、過去の噴火では、実際にそういうことが起きたとありましたもの」


 私には分かっていることだが、実際には暴動どころの話では収まらない。

 一連の圧政にしびれを切らした民衆は、やがて革命へと動きを変えていくことになる。

 そうなれば、クレア様たち貴族の行く末は悲惨なことになる。


「リリィ様が言った、革命という言葉を覚えていらっしゃいますか?」

「……ええ」

「私は、これからそれが起こると思います」

「!」


 クレア様は鼻白んだように言葉を失ったが、やがて、


「そうなっても決しておかしくありませんわね。貴族がこのように愚かなことを続けていれば」


 そう言って、自嘲するように笑った。


「クレア様はどうなさるおつもりですか?」

「どうって……一貴族に出来ることはもう全てやりましたわ。これ以上できることなんて――」

「クレア様」


 私はクレア様に手帳のようなものを差し出した。


「これは?」

「商業ギルドに預けている、私の資産の控えです」

「あなたいつの間にそんなものを……え? こんなに?」


 手帳には貴族筆頭のクレア様ですら驚くような金額が記されていた。


「どうしたんですのこの額。わたくしの従者としてのお給金では、こんなに貯まらないでしょう?」

「他にもアルバイトを掛け持ちしていましたので」

「あなた、ほぼ一日中わたくしのそばにいましたわよね?」

「ええ、時間に拘束されないバイトなので」

「……」


 クレア様は納得行っていない様子だったが、とりあえず話を先に進める。


「このお金を使って、何かしましょう」

「何かって……何をするんですの?」

「炊き出しです」


 私の提案に、クレア様は怪訝な顔をした。


「それなら臨時政府もやっているじゃありませんの。お金だけ臨時政府に渡して任せてしまった方が、効率的に炊き出しを行えるはずですわ」

「今の臨時政府とやらを、クレア様は信用できますか?」

「……それは……」


 クレア様は渋面になった。


「それに、クレア様。クレア様がなさることに意味があるんです」

「わたくしが?」

「はい。貴族はすべてが腐敗しているわけではないと、民衆に示すために」

「……」


 私の言葉に、クレア様は考え込んだ。

 今言ったことの半分は嘘だ。

 クレア様に炊き出しをさせるのは、やがて来る革命の際にクレア様を打倒される側に立たせないための保険である。

 ドル様たち臨時政府は完全に悪政を敷いている。

 このままだと、クレア様はドル様の巻き添えを食って破滅の道をまっしぐらだ。

 クレア様はドル様とは違う考えを持っている、と民衆に明確に示しておく必要がある。


 もともと、ロセイユ陛下から不正貴族の依頼を受けたのも、悪徳貴族を懲らしめるクレア様という図式を作るためだった。

 芋づる摘発の結果、クレア様には良識ある善良な貴族という評価がつくまでになった。

 もともとはわがままな悪役令嬢という評価だったことを考えれば、これは非常に大きな変化といえる。

 しかし、ドル様がこのまま悪政をやめなければ、そんな評価もかき消えてしまうだろう。

 ここらでクレア様対ドル様という図式を描いておく必要があるのだ。


「炊き出しなど、昔は偽善にしか見えていませんでしたのにね」


 クレア様はそう言って、やはり自嘲的に笑った。


「偽善でもなんでもいいじゃありませんか。民のためになるのなら」

「……あなたはそれでいいんですの? こんな金額を貯めようと思ったら、ずいぶん大変だったでしょう? わたくしに付き合うことはありませんのよ?」


 クレア様が確認のように訊いてきたが、今更過ぎる。


「クレア様のお役に立てる以上の使い道は、私にはありませんから」

「……おためごかしで言っているわけじゃないって、そろそろ分かってしまうところが怖いですわ」


 クレア様が苦笑する。


「わたくしの個人資産も使いましょう。レイの分と合わせれば、相当な規模の炊き出しが出来るはずです」

「いいですね。それと、ユー様にもご協力を願えないかなと」

「ユー様に? でも、あの方は今、異性病のために乱心されたということで軟禁状態でしょう?」

「臨時政府に許可を取る必要はないと思います。ユー様は未だに教会勢力のトップで元王位継承者です。国王が不在なら、誰もユー様の行動を止めることは出来ないと思います」


 国家存続の危機に、優秀な人材を遊ばせておく余裕はない。


「なるほど、一理ありますわね。教会ならば炊き出しなどの要領は分かっていそうですし、わたくしたちが個人で動くよりも組織だった活動が出来ますわね」

「はい」


 これにももちろん、私なりの計算がある。

 クレア様対ドル様の図式の他に、教会対貴族の図式も描いておきたいのだ。


「いいですわ。その方向で動いてみましょう」

「そうと決まれば、早速始めましょう。まずはユー様への働きかけですね」

「わたくしが手紙を書きますから、ユー様に届けてちょうだい」

「はい、クレア様」


 クレア様の顔に活力が戻ったように見える。

 人間、現状に問題を抱えていることが分かっているのに、何も出来ないのが一番堪える。

 問題解決に向かって何かしら行動をしていると思えていれば、そこには希望が生まれるものだ。


 やるべき事を新しく見つけたクレア様は、精力的に動いた。

 ユー様との連携は思いのほかあっさりと実現し、動き出した次の日には最初の炊き出しが始まった。

 その日の夕刊には、教会の名前と共にクレア様の名前が踊った。

 心ある貴族として、臨時政府とは考えを異にするもの、と紹介されていた。


 炊き出しも人任せにはせず、クレア様は自ら顔を出した。

 手ずから椀を取りスープを配るその姿に、悪役令嬢の陰は欠片もない。

 配給の列に加わった平民たちからは、惜しみない感謝の声が届けられた。


 もちろん、全ての平民がクレア様を支持したかと言えばそう簡単にはいかない。

 クレア様の行動を、ドル様たちの政治イメージの回復戦術と取る者もいた。

 だが、それも一時のこと。

 臨時政府はその見解として、貴族個人が勝手に動くことは褒められたことではないという発表をしたと、ある大手の新聞社が伝えた。

 暗にクレア様の行動を非難するものだ。

 クレア様と臨時政府の繋がりを勘ぐる輩は、徐々に数を減らしていった。


 流れは少しずつ変わっていた。

 こういう時、まず動くのは利に敏い商人たちである。

 一部の商人たちはまだ買い占めで暴利を貪ることを続けていたが、徐々にクレア様の配給に協力する者たちが出始めた。

 その中にはトゥル商会やブルーメ、そしてフラーテルなどがあり、これらの動きに参加した商会や店は、民衆から圧倒的な支持を受けた。


「まだまだ規模は小さいですけれど、賛同者は増えて来ているようですわね」


 一週間ほどが過ぎた頃、寮の部屋でクレア様は新聞を読んでいた。

 クレア様は新聞にも広告を出し、自分たちの活動に参画してくれる者を広く募ったのだ。

 賛同する個人や団体は、今や五十に迫ろうとしていた。


 流れは変わりつつあった。

 しかし――。


「クレア様、あれを!」

「……?」


 今日も炊き出しに向かおうと部屋で準備をしていたある日のこと。

 私の言葉に、クレア様が視線を窓から下に投げる。

 するとそこには、群れを成す平民たちの姿があった。


「……なんたることですの」


 私たちが目にしたのは、平民たちによるデモ行進の光景だった。

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