第97話 暴露
「……またあなた方ですか」
私たちが執務室に押しかけると、サーラス様は部下おぼしき兵士と何事か打ち合わせをしている所だった。
ガラスのようなオブジェが並ぶ室内に、サーラス様の他、鎧姿の人間が四人ほど立ってこちらを見ている。
鎧の紋章からして、王国の兵ではなくサーラス様の私兵と思われる。
「私は今、執務中です。ご用件があるなら面会の予約を取ってから来て下さい」
サーラス様はしっしと私たちを追い払うように手を振った。
「『先日うかがった件』でお話があります。お人払いをなさった方が、サーラス様のためかと存じますが」
私は負けずに語気を強めて言った。
クレア様とリリィ様は心配そうに見守っている。
「その件はもう終わったはずでは?」
「マニュエル伯爵のご息女から新証言を頂きまして」
マニュエルの名前を出した途端、サーラス様の表情が変わった。
「もう一度申し上げます。お人払いを」
私が繰り返すと、サーラス様は一度大きく溜め息をつき、表面上は「やれやれ」とでも言いそうな顔を作ってから兵士たちに退室を命じた。
でも、私は見逃していない。
サーラス様の目が鋭い光を放っている。
「……それで? 今度は何を言い出すんですか? まだ私が不正を働いていると?」
サーラス様は執務室の上で肘を突いて手を組んだ。
いわゆるゲ○ドウポーズである。
「サーラス様にはルル前王妃との不義密通の疑いが掛けられています」
「馬鹿馬鹿しい」
サーラス様は――もう敬称はやめよう。
サーラスは私を嘲笑した。
「あなたはルル前王妃の思いを利用していました。そして、不義密通の事実をたてに前王妃を脅したんです」
「どうやって?」
「これです」
私は王から預かった録音の魔道具を鞄から取り出すと、サーラスに示して見せた。
「あなたは密会の際の睦言を、これと同じ魔道具に記録しました。それを王妃に突きつけた」
「私がそのような愚かな真似をするとでも? 大体、そんなことをしたら私だって破滅ではありませんか」
サーラスはまだ余裕の表情を崩さない。
「当時あなたはまだ若い中級貴族でした。受けるダメージは前王妃の方がとてつもなく大きかったはずです。何より、ルル様はあなたを愛していた」
サーラスは前王妃の全面的なバックアップを受けて、今の地位に上り詰めたのだ。
彼自身が政治的に有能であったことは疑いないが、それだけで中級貴族が一国の宰相になれるほど、政治の世界は甘くない。
「……本当に想像力がたくましいですね。では、前と同じ事をうかがいましょうか。証拠はあるのですか?」
ここからがいよいよサーラスを追い詰める本番である。
「あります」
「ほう。どこに?」
「その金庫の中に」
サーラスの右の眉が跳ね上がった。
「サーラス様は前王妃を脅して今の地位にのし上がった。でも、王妃の死後、そのゆすりネタはかえってあなたの首を絞めるものとなってしまいました。だから、その金庫の中に厳重に保管しているんです」
「あなたが言っていることはおかしい。もし仮に私がそのような不義を行ったとしたら、ルル様の死後、すぐに証拠を隠滅するでしょう」
サーラスの指摘はもっともである。
しかし――。
「証拠を隠滅出来ない理由がありました。記録魔道具は稀少品です。普通は国の管理の下にしか使うことが出来ません。あなたが使ったものは、とある場所から密輸入したものでした」
「密輸品ならなおさら証拠隠滅するでしょう」
「いいえ。あなたは同じ記録魔道具に、私的で重要な政治的なかけひき材料を複数記録していたんです。だから前王妃の件があっても、証拠隠滅することが出来なかった」
陛下も言っていたが、この魔道具は複製することが出来ない。
その為、複数の魔道具を用いて記録の一部を転写することも出来なかったのだ。
「……いいがかりです」
「そうでしょうか。なら、その金庫を調べさせて下さい」
「何度も言わせないで下さい。この金庫には国政と外交の重要な機密が入っています。調べたければ貴族院の許可を取って下さい」
言外に出来るものならね、と言われている。
「それは無理でしょうね。あなたは貴族院議員のほぼ全ての人間の弱みを握っている。許可が下りるわけがない」
「私が弱みを握っているからではなく、あなたの主張が支離滅裂だからですよ」
サーラスが勝ち誇ったように笑った。
だが――。
「ですので、国王大権を発動して頂くことにします」
私の一言で顔色が変わった。
「こ、国王大権……ですって?」
「ご存じですよね? 国王だけが有する貴族院に優先される特権です。私たちは王にそれを行使して頂くつもりでいます」
「……」
サーラスが黙り込んだ。
私は構わず続ける。
「国王大権を行使すれば、その金庫の中を調べることは容易いです。そうなれば、あなたの地位と権力もここまでとなるでしょう」
私が言うと、サーラスは険しい顔で睨んできた。
「そんな言いがかりのために国王大権が許されると思っているのですか? 国王大権は強力な権利であるがゆえに、陛下もそうそう乱発は出来ません。勝算なくしては陛下も首を縦に振らないのでは?」
「勝算ならあります」
「うかがいましょうか」
すっかり余裕を失ったサーラスが、挑むように言った。
「私がその存在を知っているからです」
私の言葉に、サーラスが吹き出した。
「あっはっは! これは大きく出たものだ。あなたは自分の確信だけで王を説得出来るとでも思っているのですか?」
サーラスは顔色を取り戻して笑った。
ここだ。
「『ルル様、このようなことが許されるはずがありません』、『そうね、サーラス。でも、わたくしは地獄に落ちても、あなたを思うことを忘れられませんの』」
私がそらんじた内容にクレア様とリリィ様が怪訝な顔をした。
そんな中、サーラスだけが愕然とした表情をしていた。
「『罪深い方だ……。しかし、あなたと一緒なら、私は地獄に落ちても構いません』、『嗚呼、サーラス。愛しい人』……まだ続けますか?」
「……貴様」
サーラスが低くうめいた。
そこには知的で優雅な優男の姿はどこにもなかった。
追い詰められた罪人の姿だけがそこにあった。
「ええ。今のはあなたが記録魔道具に記録した内容の冒頭部分です。ご要望とあれば最後までそらんじてご覧に入れますが?」
「貴様……どうして……」
「理由はどうでもいいでしょう。ここまで具体的な内容を申し上げれば、陛下とて重い腰を上げざるをえません」
クレア様とリリィ様は依然として怪訝な顔をしている。
私がそれをいつ知ったのか、と思っているのだろう。
当然、ゲーム知識である。
「さて、サーラス様。どうなさいますか? 自首なさることをオススメしますが」
「……」
サーラスは怖い顔で黙り込んでいる。
この窮地をなんとか逃れられないかと、その優秀な頭をフル回転させているのだろう。
でも、私には次の手も読めている。
果たして、サーラスは顔を歪めてこう言った。
「私の罪が公になれば、フランソワ家もただではすまんぞ」
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