第96話 復讐と理想

「……そこまで知っているとはね」


 ハハッっとアーラは乾いた笑みを浮かべた。


「事情が全く分かりませんわ。説明しなさい、レイ」

「リ、リリィも教えて頂きたいです」


 そう言えば二人には何にも説明してなかった。


「アーラさんが説明なさいますか?」

「いや、一応答え合わせをさせて貰おう。お前が話せ」


 アーラは答え合わせと言ったが、私には彼女が自分の口で話すのを嫌ったように見えた。


「では私が。まず、今言ったとおり、アーラさんはサーラス様のおつきだった旧マニュエル家のご令嬢、アーラ=マニュエルさんです」

「マニュエル家と言えば、十年ほど前に没落した伯爵家ですわね?」


 さすがにクレア様はこの辺りのことは押さえているらしい。


「ク、クレア様、お詳しいですね?」

「貴族にとって、家名や爵位、そして各家の勢力図は基本教養ですわよ?」

「そ、そうなんですか」


 クレア様もリリィ様も上流階級の人間には違いないが、こういう所は純粋な貴族と宗教家の違いなのかも知れない。

 単にリリィ様が世情に疎いだけかも知れないが。


「マニュエル伯爵は人柄の良さで名の通った貴族でしたわ。爵位こそ伯爵でしたけれど、その実直な働きぶりから多くの人から好かれる方だったとお父様が仰っていました」

「そ、そんな方が、どうして没落したんですか?」

「今回と似ていますわね。不正経理を行ったそうですわ」

「あれが不正経理なものか!」


 アーラが鋭い声を上げた。

 思わずっといった様子で、口に出したことを後悔しているように見える。

 クレア様はアーラの大声に一瞬びっくりしたようだが、先を続けた。


「マニュエル伯爵の不正が明るみに出たときは、一大スキャンダルになったそうですわ。あの人格者がなぜ、と」

「実際にはサーラス様にはめられたんですよ。マニュエル伯爵はサーラス様の不正経理の片棒を担がされて、トカゲの尻尾切りにあったんです」

「そ、そこも今回と似ていますね」


 リリィ様はでも、と続けた。


「で、でも、そんな元貴族の娘さんが、どうしてこんな……えーと、レジスタンス? というものをしていらっしゃるんですか?」

「その辺りの心理までは私にも想像しかできませんが、恐らくサーラス様――ひいては貴族社会への恨みでしょう」


 違いますか、と私が問うと、


「その通りだ」


 アーラは低い声で答えた。


「父は優しくて実直な人だった。多くの貴族が父を頼りにしていた。だが――父は貶められた」


 アーラは血を吐くように言った。


「サーラスにはめられ、父の周りにいた他の貴族はあっさりと父を見捨てた。あんな世界、存在すること自体が許されない」

「それがアーラさんの出発点ですか」


 私の問いに、アーラは深く頷いた。


「復讐は何も産みませんわよ?」

「知ったような口を叩くな、小娘。復讐者にとって生産性など何の意味もない。あたしが求めるのは、貴族連中の血だけだ」


 そう言うと、アーラは底冷えのするような昏い笑みを浮かべた。

 革命の旗印となっているアーラだが、その根底にあるのは正義や理念ではなく復讐心なのだ。


「もちろん、あなたからすればわたくしの言うことなど、世間知らずの理想論に聞こえるのでしょうね。でも、わたくしは理想を捨てたくありませんの」


 クレア様とアーラのどちらが正しい、という訳ではない。

 どちらも正しいし、どちらも間違っている。

 正義か悪かの二分法ではこの世の中は割り切れないことくらい、大人なら――敏いものなら子どもでも知っている。

 とは言え、もちろん、復讐心だけでレジスタンスに人がついてくるわけはないので、理論武装は弟が担当している。


「アーヴァインさんは?」

「弟のことまで知っているのか。あいつなら今日も金策だ。何しろ金が足りない」


 アーラの弟であるアーヴァインはレジスタンスの参謀兼金庫番である。

 アーラが魂でアーヴァインが頭脳。

 この二人を中心に、革命は起きる。


「話を元に戻しますね。そんなわけで、アーラさんはお父上から聞いて、サーラス様が不義密通の証拠を隠している場所に見当がついていると思うのです。どうですか?」


 私はこの質問をするためにここに来たのだ。

 ゲームおいてもサーラスの不正の証拠を探るシナリオはあるが、その証拠の保管場所はランダムなのである。

 そのランダムフラグが確定するのが、このレジスタンスとの接触イベントなのだ。


「金が先だ。金を持ってこなきゃあ、話にならん」

「お金は保証します。振り込みは“XX”からいつもの手段で」

「!? お前がXXだったのか!?」


 XXはいつもアーヴァインに多額の寄付をしている謎のパトロンである。

 その正体は私――ではない。

 アーヴァインの名前が出た時点で、ぴんと来た人もいるのではないだろうか。


「私ではありません。でも身内だと思って頂ければ幸いです」

「……XXの身内なら話は別だ。話してやるよ」


 ふう、とアーラは一息ついてからまた口を開いた。


「恐らく、執務室の金庫だろうな。だが、あの金庫はサーラス以外の誰にも開けられない」


 とんだ無駄足だったな、とアーラが笑う。


「金庫ですか。ありがとうございます」

「ちょ、ちょっとお待ちなさい! じゃあ、こういうことですの? この者は証拠の場所は知っていたけれど、金庫の開け方は知らない、と?」

「ふ、振り出しに戻っちゃいましたね……?」


 クレア様とリリィ様が抗議の声を上げる。


「いえ、それだけで十分です」

「ちょっと、レイ! 本当にいいんですの!?」

「大丈夫です、クレア様。証拠のありかが分かればそれで何とか出来ますので」

「……信じますわよ?」

「ええ、大船に乗ったつもりで」


 もうここに用はない。

 クレア様は爆発しそうだし、リリィ様も怯えているので、そろそろおいとますることにしよう。

 と、思ったとき、


「レイ=テイラー。お前、レジスタンスに加わるつもりはないか?」


 アーラがそんなことを訊いてきた。


「何を馬鹿なことを! 訊かれるまでもありませんわ! 答えはノーです!」

「あたしはレイ=テイラーに訊いている」

「わたくしの言葉はレイの言葉ですわよ!」

「まあまあ、クレア様。そういうデレはもうちょっといい雰囲気の時にお願いします」

「ふざけてる場合じゃありませんわよ!」


 なおも何か言いたそうなクレア様をなだめてから、私はアーラに向き直った。


「私の答えもノーです」

「理由は? ああ、お貴族様に取り入ったお前には、贅をこらした生活が性に合ったか?」

「いえ、そうではありません」

「なら――」


 言葉を続けようとするアーラを手で遮って、私は続けた。


「私の全てはクレア様のものですから。クレア様が革命に与するというのなら話は別ですが」

「……レイ」


 クレア様が安心したように微笑む。

 撫でたい。


「そうか……。後悔するぞ?」

「しませんよ」


 それじゃあ、と別れを告げて、私たちはレジスタンスのアジトを後にした。


◆◇◆◇◆


「……結局、手詰まりのままじゃありませんの」

「ど、どうしましょう……」


 クレア様とリリィ様は意気消沈といった面持ちである。


「そんなことありませんよ。証拠の場所が確定しているなら、後はいくらでもやりようはあります」

「どうするんですの?」


 それは――。


「国王大権です」

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