第95話 レジスタンス
その場所は王都のはずれにあるスラム街の中にあった。
みすぼらしい一見廃墟にも見えるその建物の入り口には、屈強な男が二人立っている。
クレア様、リリィ様、私の三人は、その様子を離れた場所から観察していた。
「……やっぱりやめませんこと?」
「ここまで来て何言ってるんですか」
「そ、そうですよ。せっかくこうして変装までしたんですし」
リリィ様の言うとおり、私たちは普段の学院の制服姿ではない。
そんな姿でスラム街を歩いていたら、襲ってくれと言っているようなものである。
もちろん、襲われたところで、私たちならよほどのことがない限りやられる心配はないが、騒ぎを起こしてレジスタンスたちに警戒されてはかなわない。
そんなわけで私たちは平民の服装――それもかなりのボロを着てここまでやってきた。
女性ばかりだと分からないように、目深にフードも被っている。
「じゃあ、行きましょうか」
「ちょっと、レイ! ……もう」
「い、行きましょう、クレア様」
私たちは意を決して建物に近づいていった。
「すみません」
私が声を掛けると、門番たちは怪訝な顔をした。
近くで見ると、片方は背が高く腰に剣を帯びており、もう片方はずんぐりとした体型で片手に手斧らしきものを持っていた。
見るからに荒事になれていそうな二人である。
「なんだ。ここはガキの来る所じゃねーぞ」
「ここの頭目様に用があって参りました。お取り次ぎを」
「だから、ガキが来るところじゃねーって言ってんだろ。帰れ帰れ」
背の高い方が威嚇するように言った。
ふむ。
やっぱり正攻法では無理か。
ならば。
「ラスターのご姉弟はお元気ですか?」
「!? てめぇ……どうしてその名前を」
私の一言で門番たちの顔色が変わった。
「アーラ様に会わせて頂けませんか?」
「……」
「なあおい、こいつらどうして頭目の名前を――」
「黙れ。お前はこいつらが逃げないように見張ってろ。頭目に訊いてくる」
そう言うと、背の高い方の門番は建物の中に入っていった。
「ちょっとレイ、どういうことですの。あなた、ここの人間に面識がありますの?」
「いいえ、ありませんよ」
「なら、どうして名前がすらすら出てきたりするんですの」
「クレア様、女には秘密があるものなんですよ」
「あなたねえ、ふざけてる場合じゃ――」
「てめえら、うるせえぞ」
クレア様とひそひそ話をしていると、門番が戻ってきた。
「頭目がお会いになる。入れ」
背の高い門番が扉を開けて顎で促してきた。
「ありがとうございます」
私たちが中に入ると同時に、扉に鍵が掛けられた。
「!? ちょっと!」
「クレア様、いいんです」
「でも!」
「私を信じて下さい」
「……分かりましたわ」
クレア様は不満そうだったが、ひとまず私の言うことを聞いてくれるようだった。
とはいえ、いつ爆発してもおかしくない、といった感じでもある。
これは色んな意味で気を付けて掛からねば。
建物の中は外観からは想像も付かないほど整えられていて、清潔感すらあった。
調度などは最低限しかないが、平民街くらいの水準に見える。
私たちは門番に続いて廊下を進み、一番奥の部屋に通された。
「頭目、連れてきました」
「ご苦労」
頭目、と呼ばれたのは背の高い女性だった。
くすんだ金髪を無造作に後ろに束ねており、顔には――いや、おそらく全身に火傷の跡がある。
「さて、訊きたいことは沢山あるが、まずはそのフードを取って貰おうか」
火傷の女性――アーラ=ラスターは口元に薄ら笑いを浮かべながら訊いてきた。
笑っているのは口元だけ。
目は冷たくこちらを見据えている。
気が強いはずのクレア様ですら、となりで気圧されたように表情を曇らせるのが分かった。
私たちが大人しく顔をさらすと、アーラの表情が少しだけ動いた。
「……ここがどういう場所か、理解しているか?」
「平民運動の最右翼。レジスタンスの本部だと認識しています」
「ほう……。誰に聞いた?」
面白いものを見つけたような目で、アーラが続けて問う。
「誰にも。あなたの仲間に裏切り者がいるわけではありませんから安心して下さい」
「そんな言葉を信じろと?」
「信じて頂くしかありません――アーラ=マニュエルさん」
その名前を口にした瞬間、私は首筋に小さな痛みを感じた。
「レイ!?」
「レイさん!?」
二人がとっさに魔法杖を取り出して構えるのを手で制止する。
私の首元にはいつの間にか剣が突きつけられていた。
目にもとまらぬ早業だった。
抜刀の動作が全く見えなかった。
「貴様……。どうしてその家名を知っている」
先ほどまでとは違い、頭目の顔には動揺が見て取れた。
アーラ=ラスターというのは偽名である。
彼女の本当のファミリーネームはマニュエルという。
私がそれを知っているのは、もちろんゲームの知識である。
「種明かしは出来ません。でも、私はあなた方のことをほぼ全て知っています。今何をしているのか、そして、これから何をしようとしているのかも」
「そこまで知っているヤツを生きて返すと思っているのか? 自殺願望でもあるのか?」
「いいえ。私たちはあなた方と取り引きをしたくてうかがったのです」
「……取り引きだと?」
「とりあえず剣を下ろして頂けませんか。喋りにくくて仕方ありません」
私が言うと、アーラはしばらく警戒するようにこちらを睨んでいたが、やがてふうっと大きく息を吐き出すと剣を下ろした。
「……聞くだけ聞いてやる。お前たちを生きて返すかどうかは、その後で判断する」
「ありがとうございます」
とりあえずアーラを交渉のテーブルに着かせることには成功した。
しかし、本番はここからである。
「あなた方は今、活動資金に窮しているはず。そこで、あなた方に200万ゴールドを提供します」
「……ほう? そんな大金をどこから出す?」
「出所はどうでもいいでしょう。こちらの資金提供の見返りとして、こちらはサーラス宰相とルル前王妃の不義密通の証拠がどこにあるかを教えて頂きたいのです」
「……本当にお前、何者だ……? どこまで知っている?」
「ですからほぼ全てを、と申し上げました」
アーラは相変わらず警戒の色を弱めない。
無理もない。
アーラの手札のことごとくをこちらが知っているのだから。
「お、お父様が前王妃と密通!? 何を仰るんですか、レイさん!?」
動揺が極まってしまったのか、リリィ様が口を滑らせた。
「ほう、そちらの娘はリリィ枢機卿か。そしてお前はレイ=テイラーだな?」
アーラがにやりと笑う。
してやったり、という表情だ。
しかし――。
「下手な芝居はよして下さい。フードを取ったときから、あなたは私たちが誰か分かっていたはずです」
アーラのこれはブラフ。
その手札はこちらが最初からさらしているものだった。
正体を隠すつもりはないのだ。
アーラがチッと舌打ちをする。
「そしてリリィ様。サーラス様は前王妃と不倫をなさっていたのですよ。その結果生まれたのがセイン様です」
「な、なななな!?」
つまり、セイン様に関する噂は本当だったのだ。
セイン様は現王ロセイユ陛下の実の子どもではない。
サーラス様とルル前王妃の子がセイン様であり、セイン様とリリィ様は異父兄妹にあたるわけだ。
銀色の髪と赤い瞳は、サーラス様、セイン様、リリィ様に共通のものである。
「そこまで突き止めておきながら、証拠を持っていないのか?」
「はい。アーラさんはその証拠のありかをご存じでしょう?」
「どうしてそう思う」
「今、巷で噂になっているセイン様に関する噂は、アーラさんが流したからです」
「……本当に全て知っているようだな」
アーラは苦笑すると、観念したように両手を上げた。
「ということは、あたしが何者かも当然知っているな?」
「はい」
「言って見ろ」
答え合わせでもするかのように、アーラは言った。
「サーラス様の側近だった旧マニュエル伯爵家の長女、アーラ=マニュエルさんです」
私がそう口にすると、アーラは皮肉げな笑みを浮かべた。
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