第七章 王宮編

第86話 王の依頼

お待たせいたしました。

第七章「王宮編」をお届け致します。

お楽しみ頂ければ幸いです。

内容を忘れてしまった方向けに、「0.第七章直前までの思いだし」もご用意しておりますので、必要に応じてご利用下さい。

それでは、よろしくお願い致します。


――――――――――――――――――――


「特務官……? 分かりません。陛下は私に一体何をせよと仰るのですか?」


 油断なくロセイユ陛下の目を見据えながら、私は尋ねた。

 陛下はしばらくこちらを試すように見つめていたが、やがて口を開いた。


「そなたはこの国の政治をどう見る?」


 陛下は唐突に話の流れを変えた。


「いち平民などには考えの及ばない世界のこととわきまえております」

「謙遜はよせ。学院時代のそなたの成績は知っている。国政にも深い理解があるのは分かっているのだ」


 いやー、それは単なるゲーム知識の丸暗記なんですよ――とは言えない。


「陛下の能力主義政策が功を奏し、王侯貴族だけでなく、平民からも優秀な人材が登用されて来ているかと」

「一方で平民運動のような過激な運動も起きているがな」


 陛下は溜め息をついた。


「この国の政治は腐敗の兆候がある。有力貴族たちが高級官僚を寡占、世襲している。私はそこに新しい風を呼び込みたかった。能力主義政策はその為だ」

「ある程度の成功は収めていらっしゃるのではありませんか?」

「確かに有能な平民を登用することは少しずつ始まっている。だが、貴族が上、平民が下の構図は一向に変わらぬ」


 原因は分かっている、と陛下は続けた。


「有力貴族をトップとしたヒエラルキー構造があるからだ。その構造には、王族とて簡単には手が出せぬ。まして平民ならなおさらだ」


 腐敗を正すには、この構造を叩くしかない、と陛下は言った。


「そこでお前だ」

「繰り返しになりますが、私などに何をせよと仰るのですか」

「有力貴族たちの不正を暴く手伝いをして欲しい」

「お断りします」


 私は即答した。


「何故か」

「いや、現状でも食事に毒盛られてますし、そんな恨みを買うようなことはしたくありませんよ」

「嘘をつくな」

「嘘じゃないです」

「ピンピンしているではないか」

「解毒したんです」

「では問題なかろう」


 ぐ。

 やりにくい。

 陛下ってば意外と弁が立つな。

 そりゃそうか。

 この国で一番の政治家だもんね。


「まあ、聞け。全ての貴族が不正をしているとは思わんが、少なくとも二人、不正をしている疑いが濃厚な者がいる」

「はあ……」

「宰相サーラス=リリウム、そして財務大臣ドル=フランソワの二人だ」

「――!」


 私はロセイユ陛下の能力に対する認識を改める必要があった。

 陛下はこの時点でサーラス様やドル様の不正に気づいていたのか。


 「Revolution」において、陛下はそれほど大きな存在感がない。

 能力主義政策を打ち出してはいたが、それ以外では凡庸な王という印象だった。

 むしろ、平民運動の台頭を招き、攻略ルートによっては自ら王制を失ってしまう愚鈍な王という印象すらある。

 もちろん、我が身を省みずに民の幸せを願ったということでもあるのかもしれない。

 でも、有力貴族に対してはなすすべがなかった王、という印象は拭えないでいた。


「宰相や財務大臣を務めていらっしゃるような大物貴族に対して、平民たる私などが何を出来ましょう」


 私は言外に陛下のお願いを拒否した。

 このような展開はゲームにもない。

 攻略ルートによっては、ドル様とサーラス様の不正追及をすることはあるが、それも攻略対象たる王子たちがメインですることだ。

 私ひとりでどうこう出来る問題とはとても思えなかった。


「お前はサーラスの娘とも、ドルの娘とも懇意であろう」

「!」


 それはつまり、リリィ様やクレア様を利用しろということか。


「やはりお断りします」

「ふむ、そうか。ならばそなたを始め、リリィやクレアにも今回のユーの一件で大逆罪を問うことになろうな」

「ユー様の一件は、ユー様が指示なさったことです」

「今はそうなっている。だが、お前たちがユーをかどわかしたとすることも出来る」


 つまりこれは脅しだ。

 しかも、この国の頂点に立つ者からの。


「そんなことをしたら、ドル様もサーラス様も黙っていませんよ?」


 クレア様はドル様の、リリィ様はサーラス様のそれぞれ娘なのだから。


「そうだろうな。だが、今ならぎりぎり王家の権威の下、二つの勢力を減ずることも出来る」

「……」


 陛下の言うことははったりに思える。

 もしそんな強引なことが可能ならば、そもそも私に二人の不正調査をせよなどと頼んだりしないはずだ。

 でも、今回の件は王室にとって前代未聞のスキャンダルである。

 万に一つ、陛下が本気であったなら、クレア様の身が危険にさらされる。


 私は必死に頭を巡らせた。

 今、こんなことで捕まる訳にはいかない。

 クレア様を救うためなら牢獄行きなど喜んで受け入れるが、このタイミングでそうなる訳にはいかない。

 クレア様が窮地に陥るまで、もうそれほど時間がないからだ。

 私はそれをどうにかするまでは、クレア様のお側を離れるわけにはいかない。


「分かりました。特務官の任を承ります」

「結構」


 陛下は満足そうに頷いた。

 私が陛下の依頼を受けたのにはいくつか理由があるが、一つにはこの依頼が有用かも知れないと思ったということがある。

 いずれやってくるクレア様の危機に対して私はいくつかの対抗策を講じているが、これも利用できそうだと思ったのだ。

 その中身についてはいずれ。


「こちらも二つお願いを聞いて頂きたく存じます」

「申せ」

「まず、クレア様とリリィ様にも同様の下知を頂けますか? お二人の協力なしに陛下のご依頼は完遂できません」


 これはどうしても必要なことだった。


「ふむ。それは構わぬ。むしろ二人を巻き込むことは、お前に反対されるかと思っていたが」

「いくらなんでも、私一人でどうこうするには問題が大きすぎます」


 本当は二人を巻き込みたくはないが、仕方ない。


「よかろう。もう一つは?」

「仮にドル様やサーラス様が不正をしている証拠を見つけた場合でも、クレア様やリリィ様を罪に問わないで頂きたく存じます」

「ふむ……」

「お家の取り潰しは構いませんが、クレア様やリリィ様を連座で罰するというのでしたら、このお話はなかったことにして頂きます」

「……」


 陛下はすぐには返事をしなかった。

 髭をなでながら、深く考え込んでいる。


「よかろう。二人を罪に問うことはしない」

「ありがとうございます」


 とりあえず、これだけ聞いて貰えるなら、陛下の依頼は私にとってもメリットがある。


「実際に調査に入る前におうかがいしますが、特務官というのはどの程度の権限があるのですか?」

「そなたの必要に応じて与えるが、万能というわけにはいかぬ。何が必要だ?」

「財務の監察権限と警察権限は最低限頂きたいです」


 前者は金の流れを追うため、後者は不正を見つけた際に相手を取り押さえるためである。


「ふむ。よかろう」

「もう一つ。これがむしろ重要なのですが、司法取り引きの権限も認めて頂きたく存じます」

「司法取り引きとは何か」


 そうか。

 この世界にはないのか。


「罪を犯した者が罪を認めたり、共犯者を告発したり、捜査に協力したりした場合に、求刑の軽減や罪状の取り下げをすることです」

「……それを行うとどうなる?」

「いくつかありますが、今回の場合に一番大きなメリットは、より重要な犯罪の捜査の進展に役立つ情報を得られることです」


 私は陛下に、どのようにしてドル様やサーラス様を追い詰めようとしているかを説明した。


「……ふむ。ならばこれが役に立とうな」

「?」


 陛下は兵士の一人を呼び寄せると、トランプのカードのようなものを一枚受け取って私に示した。


「これは?」

「録音の魔道具だ。音声をこの中に記録することが出来る。複製を作ることが出来ないために、重要な取り引きや捜査の際に使われる」


 稀少な物なので扱いに注意せよ、と陛下が言った。


「他にあるか」

「今のところはございません」


 私がそう答えると、陛下は意外そうな顔をした。


「報酬を問わぬのか?」

「私の報酬は、クレア様とリリィ様が罪に問われないことで十分ですので」

「……そなたは欲がないな」

「そうでしょうか」


 クレア様の身柄が保証されるなら、それ以上のものなんてない。


「学院でのキマイラ襲撃事件の時もそうであったろう?」

「あのときも、レーネたちの命を救って頂きました。私は十分な報酬を頂いております」

「……誰もがそなたのようであれば、この国ももっとよい国になったのであろうな」


 いや、それは褒めすぎだろう。

 というか、自分で言うのもなんだが、私はかなり変人だという自覚がある。

 王国が私みたいな者ばかりになったら、滅亡待ったなしに決まっている。


「では、頼むぞ。捜査の端緒については、ロッドに聞くがいい」


 陛下によると、これまで捜査を行ってきたのはロッド様らしい。

 私はロッド様に自由に面会する権限も貰って、釈放された。


「クレア様をどうやって説得するか……頭が痛いなあ」

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