第87話 調査開始

「冗談じゃありませんわ!」


 釈放されて最初にやったことは、クレア様への説明だった。

 私は学籍を失って特務官となったが、クレア様への下知はまだだったため、私はとりあえず学院のクレア様の部屋を訪れていた。

 ちなみに宿はこれまで通り学院の寮を使って良いとのことだった。


 ロセイユ陛下からの依頼を説明したところ、クレア様の反応は思っていたとおりのものだった。


「お父様が不正!? そんな馬鹿な話があるわけがありませんわ!!」


 クレア様はドル様が疑われていると聞いて、たいそう憤慨している。

 まあ、クレア様の性格を考えればこうなるよね。


「まあまあ、まだ疑いがあるというだけですし」


 実際には陛下は「疑いが濃厚である」と言っていたわけだが、そんなことを言ったら、クレア様は下手をすると王宮に乗り込みかねない。

 私はクレア様をなだめるべく言葉を選んだが、クレア様の怒りは収まらなかった。


「そんな疑いを掛けるだけで陛下の正気を疑います! フランソワ家は代々王国の金庫を厳粛に預かって来たのです。それが不正などと!」


 クレア様にとって両親は絶対である。

 父親であるドル様、そして母親であったミリア様は、クレア様が理想とする貴族そのものだった。


「で、でも、クレア様、これは逆にチャンスかもしれません」


 クレア様の剣幕に怯えつつも、そう言ったのはリリィ様だった。

 陛下からの依頼にはリリィ様の協力も必要なので、本来であれば私から出向くべきだったのだが、彼女は偶然クレア様のところに遊びに来ていた。

 それでいいのか枢機卿。


「チャンスって、どういうことですの、リリィ枢機卿?」

「リ、リリィもお父様がそのような不正をしているとは信じたくありません。ですから、リリィたちでお父様たちの潔白を証明すればいいのではないか、と思います」


 リリィ様の言い分は非常に健全である。

 まあ、実際には「何かがないこと」を証明するのは非常に難しいのだが。

 だからこそ、実際の裁判では罪を問う側に立証責任があるのだから。


「お、お父様たちに掛かっているのは、どのような不正の疑いなのですか?」

「それが、私もまだ詳しくはうかがっていないのです。陛下はロッド様に聞くようにと仰っていました」

「でしたらうかがいに参りましょう」


 鼻息荒くクレア様が言う。

 放っておけば、一人でもロッド様に会いに行きそうである。


「さすがに今日はもう遅いですよ。明日になればクレア様やリリィ様宛の辞令も下るでしょうから、それを待って改めてうかがいましょう」

「……歯がゆいですわね」


 クレア様は不満そうに続ける。


「大体、どうしてリリィ枢機卿まで巻き込んでいますの、あなたは」

「え? いや、だって、サーラス様のことも調べるのであれば、リリィ様にも協力を――」

「事の重大性が分かっていませんのね。この国の有力者の内情を探るということは、それ相応の危険が伴うということですのよ?」


 それはそうだ。

 私はゲーム知識として知っているが、サーラス様もドル様も真っ黒なのだから。


「リ、リリィも水属性魔法の使い手です。きっとお役に立てます」

「危険すぎますわ。そもそも、レイの護衛にはわたしがおります」


 いや、身分的には私の方が護衛と言うべきなんじゃなかろうか。


「で、でも、リリィは心配なんです!」

「杞憂ですわよ」

「ふ、二人っきりになったらクレア様がレイさんに何をするか!」

「そっちですの!?」


 リリィ様の心配は斜め上だった。


「え? なにかしてくれるんですかクレア様?」

「しませんわよ!?」

「なんでですか!!」

「なんでもなにもありませんわよ!」

「レ、レイさんに手を出さない!? 正気なんですか!?」

「ああ、もう、面倒くさいですわね、あなたたち二人とも!!」


 なんか久々にクレア様のツッコミを貰った気がする。

 そう、これこれ。

 これがなくっちゃね。


「仕方がありませんからリリィ枢機卿の同行も認めますけれど、くれぐれも注意をなさって下さいまし」

「も、もちろんです」

「レイもですわよ?」

「はーい」


 そんなやり取りをしてから、その日はお開きになった。


◆◇◆◇◆


 明くる日の放課後、私たちはさっそく王宮のロッド様を訪ねた。


「お、来たな」


 ロッド様の部屋はさすが王族の部屋という感じで、趣味の良い高級調度に囲まれた広い部屋だった。

 室内は暖色系の色使いでまとめられている。

 どことなく火属性、という感じの部屋だ。

 クレア様の自宅も凄いが、それでもこの部屋には及ばない。

 教会で清貧な生活を送っているリリィ様など、非常に居心地が悪そうにしている。

 私?

 比較するのもおこがましくて、いっそ開き直ってるよ。


「オレは回りくどいことは嫌いだからさっさと用件を済ませるぞ。サーラスとドルは不正に財を蓄えている」


 そう切り出したロッド様の言い方は、容疑ではなく断定だった。

 普段から自信満々のロッド様だが、今回もそのご多分に漏れない。


「お言葉ですがロッド様。そのようなことを仰るからには、何か決定的な証拠があるのですわよね?」


 爆発するかと思われたクレア様だったが、一晩たって頭が冷えたのか、冷静に根拠を問うた。


「いや、ない」

「な、ないんですか?」


 リリィ様が拍子抜けしたような声を出した。

 そりゃそうだろう。

 根拠もなしに疑いを掛けるのは、言いがかりと同じである。


「まあ、待て。ないのは決定的な物証だけだ。状況証拠ならいくらでもある」


 そう言うと、ロッド様はこれまで彼が捜査した調書を見せてくれた。


「サーラスもドルも頭が回る。そう簡単には尻尾をつかませちゃくれない。言葉にしたり書面に残したりはせずに、部下や周りの者が忖度して勝手に動くんだ」


 ロッド様が示した資料には、サーラス様やドル様の周りで少なくない金が消えていると示唆されている。

 中には具体的な容疑と名前が挙がっている貴族もいる。


「ここに名前がある者から捕まえればいいのではありませんの?」


 父親の無罪を信じている口調で、クレア様が問うた。


「実際に手を汚すのは確かにこいつらだが、こいつらをいくら取り締まっても意味がない。トカゲの尻尾切りで終わるだけだ」


 実際に何人か捕まえてもみたんだがな、とロッド様は言う。


「で、どうするんだ?」


 ロッド様が挑戦的な光を湛えた目で私に問いかけた。


「陛下にも話しましたが、まずはロッド様の仰る枝葉の部分から取りかかります」

「ほう?」

「この資料、写しを頂いても?」

「そう言うと思って用意させてある。持って行け」


 ロッド様が卓上の鈴を鳴らすと、側仕えの者が紙の束を持って来た。

 私はそれを受け取る。


「ではロッド様。私たちはこれで」

「ああ、ちょっと待てレイ=テイラー」


 部屋を辞そうとした私を、ロッド様がなぜかフルネームで呼び止めた。

 私は嫌な予感がした。


「何でしょうか?」

「いや、何でもないことなんだが、一応、今のうちに訊いておこうと思ってな」


 ロッド様が珍しく言いよどんだ。

 嫌な予感が増す。


「なんだか、私、ものすごくうかがいたくないんですが」

「そう言うな」

「帰っていいですか?」

「オレの用件が済んだらな」


 どうあっても逃げられないらしい。


「レイ=テイラー。お前、オレの妃になるつもりはあるか?」

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