第85話 剥奪
「思ったよりも顔色がいいですわね」
「クレア様が来て下さいましたからね」
ユー様が自分の性別を明らかにした事件から一週間が過ぎた。
私は久しぶりにクレア様の顔を見ることが出来て、心が温かくなるのを感じた。
むしろ、思う存分に抱きついてぎゅうぎゅうしたい。
「牢屋暮らしはどうでしたの?」
「お陰様で、それほど酷い目には遭いませんでした」
あれから私はユー様の事件の共犯者として捕らえられ、取り調べを受けていた。
牢にいれられ行動の自由こそなかったものの、取り調べそのものはそれほど過酷ではなかった。
これはユー様を初めとする関係者が全て口裏を合わせていたことが大きい。
確認できていないが、ユー様は自分が全て指示したと言ったはずだし、クレア様、リリィ様もそのように証言している。
ロッド様やセイン様も同じだ。
なにより、ロセイユ陛下が味方してくれているらしく、王宮内のほとんどが味方なのだから取り調べが過酷になるはずもなかった。
「まあ、食事に毒を盛られたりはしましたけどね」
「は!?」
恐らくあれはリーシェ王妃の一派による報復だと思われる。
表だって攻撃は出来なくても、王妃ともなればその程度の暗躍はお手の物だろう。
まあ、用心して全ての食べ物を検分して、解毒魔法まで掛けたから特に害はなかった。
「よく無事でしたわね……」
「美咲のおかげです」
「ミサキの……? どういうことですの?」
「夢を見たんです」
牢に入れられたその日の夜、美咲が枕元に立ったのだ。
『相変わらず、度しがたいお人好しね、アンタは』
懐かしい憎まれ口を叩きながら。
『でも、よくやったわ。少しすっとした。同じ悩みを持つ子を救ってくれてありがとう』
枕元の美咲はそうやって不器用に笑った。
『間抜け面してんじゃないわよ。食事には気を付けなさい』
それだけ言って、私が何か返事をする間もなく、美咲は消えてしまった。
「そんなことがあるんですのね」
「まあ、私の願望が作り出した幻なんでしょうけれどね」
それでも、私は美咲が会いに来てくれて嬉しかった。
「にしても……だから言ったじゃないですの。危険だって」
「ホントですねー」
今回の悪巧みに当たって、一番反対したのはクレア様だ。
美咲の件を盾に説得したが、最後まで納得はしてくれなかった。
「ここにいると、外のことが全然分からないんですよ。その後どうなりました?」
「概ねあなたの思惑通りですわ」
クレア様が説明してくれた。
まず、ユー様だが、彼女――もう女性なので――は修道院へ送られた。
王宮はユー様が異性病を「発病した」と発表して事態の打開をはかった。
異性病を煩い身体の異変が原因で乱心した、というのが王宮の言い分である。
ユー様は病気療養の名目で、今は修道院にいる。
半ば幽閉だが、以前、ユー様に説明したとおり完全に行動の自由がないわけではない。
「ユー様から言づてを預かっていますわ。『ありがとう。このお礼はいつか必ず』だそうですわ」
「そうですか。身体のことはどうなりました?」
「やはり少し騒ぎになりましたわね。事情を知るものは、満月の夜の一時的なものと思っていたようですもの」
奉納舞の時にユー様の身体が女性化していたのは、あの日が満月だったからではない。
月の涙を使って異性病を完治させていたからだ。
月の涙を持ち出すには、枢機卿以上の身分の者が二人必要だということはすでに説明したが、リリィ様とユー様の二人に協力して貰ったので、そこは全く問題がなかった。
リリィ様も取り調べを受けたようだが、王子の頼みで断れなかったと説明しているらしい。
「リリィ様も身分のある方ですから、王室もそう簡単に罰することは出来ないようですわね」
「ミシャはどうしてます?」
「ご両親を説得中ですわ」
ミシャは学院を辞めてユー様のいる修道院に行きたいようだが、さすがに実家に止められているらしい。
まあ、ユール家には優秀な跡継ぎが他にもいるので、娘の好きにさせたらどうか、と母親はミシャの味方をしてくれているようだ。
修道院のユー様から「側にいて欲しい」とこわれていることも大きい。
「ご両親も、これまでミシャには散々苦労を掛けていたようですから、あまり強く出られないみたいですわよ」
「そうですか」
なら、ミシャの悲願が叶うのも時間の問題かも知れない。
「クレア様はどうでした?」
「わたくしは特に何も。せいぜい使用人が捕らえられて、ばつが悪い思いをしているくらいですわ」
「それだけですか? 寂しいとか恋しいとかは?」
「どれだけ自信家ですの、あなたは」
でも、否定されなかった。
うひひ。
「ドル様は何か仰ってました?」
「それが何も」
とクレア様は首をかしげている。
「てっきり、レイを首にされるかと思っていたのですけれど、そんな話もありませんし……。あなた、一体お父様のどんな弱みを握っていますの?」
「そんなんじゃないですよ。ただドル様の器が大きいだけです」
もちろんそれが理由ではないのだが、真相をクレア様に話すわけにはいかない。
クレア様の追求を笑って誤魔化していると、牢番がやって来た。
「クレア様。申し訳ございませんが、取り調べの時間です」
「これ以上何を取り調べるといいますの? このものはユー様に命じられただけともう分かったでしょう」
「それが……。ロセイユ陛下自ら取り調べをなさるということで……」
「陛下が?」
どういうことだろう。
ロセイユ陛下は味方じゃなかったのか。
「とにかく、今日はお帰り下さい」
「仕方ありませんわね。また来ますわ」
そう言って、クレア様は牢を出て行った。
◆◇◆◇◆
「レイ=テイラーを連れて参りました」
「ご苦労」
私は後ろ手に綱で縛られながら、謁見の間に連れてこられた。
罪人が謁見の間にいるなど、恐らく前代未聞である。
私は何か嫌な予感がしていた。
「表を上げよ」
平伏の姿勢から顔を上げると、玉座にいたのはロセイユ陛下と兵士が二人だけだった。
リーシェ王妃もサーラス宰相の姿もない。
「人払いをした」
私の疑問を見て取ったのか、陛下はそう説明してくれた。
でも、ならばなぜ人払いをする必要があったのかという疑問が湧いてくる。
「こたびの件の真相を聞きたい」
ああ、なるほど。
陛下はおおよその見当が付いているのだろう。
だからリーシェ様がいないのだ。
でも、サーラス様がいないのは?
「ユーの身体のことは、私も心を痛めていた。あれの勝手が、ユーに苦悩の道を強いた」
リーシェ様、とは言わなかった。
そこは流石に政治の世界に身を置く陛下である。
肝心なところはぼかしている。
「私は、何も存じません」
「……ふむ」
私だってここで真相を洗いざらい話すわけにはいかない。
万が一だが、これが罠の可能性もある。
私一人のことならまだいいが、事は王子様方やリリィ様、それに誰より愛しのクレア様にも関わることである。
「……そなたは賢いな。気に入った」
陛下は髭を撫でながら、何やら満足そうな顔をした。
私の中で、嫌な予感が増した。
「本日を以て、そなたの捕縛を解く」
「ありがとうございます」
私は杞憂だったかと胸をなで下ろした。
だが――。
「また、本日を以てそなたの王立学院籍を剥奪する」
「な!?」
ちょっと待って、どういうこと!?
「お言葉ですが陛下!」
「並びに、本日付を以て、レイ=テイラーは私直属の特務官とする」
「!?」
訳が分からない。
陛下は何を考えてるんだ。
「私には使える駒が少ないのだ。力になってくれるな?」
にやりと笑う陛下の顔を、私は呆然と見つめるしかなかった。
――――――――――――――――――――――――――
今話で第六章は終了です。
お楽しみ頂けていることを願ってやみません。
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第七章更新まではしばらくお時間を頂きます。
気長にお待ち頂ければ幸いです。
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