第50話 支配者

「マナリア様ー!」

「素敵ー!」

「レイ、頑張ってー!」

「負けるなー!」


 翌日、マナリア様と私は、運動場の魔法演習場でギャラリーに囲まれていた。

 私としては目立つことなどしたくなかったのだが、マナリア様と私が魔法対決するということがどこからか広まったらしい。

 自然にギャラリーを背負うマナリア様と違って、私はこの展開にげんなりしていた。


「あの……本当にやらないといけませんの、お姉様?」


 ギャラリーたちが早くやれとはやし立てる中、クレア様だけは渋い顔をしていた。

 クレア様には対決の審判役を頼んでいる。

 魔力減衰結界があるとはいえ、マナリア様も私も適正値は高い。

 半端な適正の者では審判役は危険だろうという判断だ。


「おや、ボクとレイがやることに、何か問題があるかい?」


 マナリア様は、どうしてそんなことを言うんだと言わんばかりにクレア様に問うた。


「私闘なんて……こんなのよくありませんわよ。どうしてお姉様たちが戦わないといけませんの?」

「まあ、腕試しさ」


 この対決の真意は、クレア様に伏せることになっている。


「まあ、少し私怨も入ってるけどね。レイはクレアに相応しくない。クレアだって、レイにつきまとわれて困っていただろう?」

「そ、それは……」

「違うのかい?」

「……違いませんわ」


 声を絞り出すように、クレア様が言った。

 胸が締め付けられる。


「レイだってボクが気に入らないだろう」

「ええ」

「そういう訳だから、ここらで一度決着をつける必要があるんだよ」

「……分かりましたわ」


 そう言うと、クレア様は私たちから少し距離を取った。


「覚悟はいいかい、レイ?」

「マナリア様こそ」

「ふふん、面白い。その意気だ」


 不敵に笑うマナリア様。


「それでは、お二人とも準備はよろしくて?」

「うん」

「はい」


 クレア様の確認に二人して答える。


「それでは用意……始め!」


 クレア様の開始の合図に、ギャラリーが歓声を上げた。


「さて、どう来る?」

「まずはこうします」


 私が魔法杖を一振りすると、マナリア様の姿が地中に消えた。

 学院騎士団の入団試験でクレア様に使った落とし穴である。


「あー、びっくりした。でも、こんなものじゃあ、ボクは倒せないよ?」


 のんきな声を出しながら、マナリア様は穴から浮き出て来た。

 それは分かっている。

 マナリア様は四つの属性全てに高い適性を持っている。

 土の属性で落とし穴を底上げすることも出来るし、風の属性で宙を舞うことも出来るだろう。


「ええ、狙いは別です」

「……おや」


 マナリア様が頭上の異変に気がついた。

 濁った水の塊が大量に浮いている。

 私が魔法杖を振り下ろすと、それが一気にマナリア様に降り注いだ。


 地と水の合成魔法「ウォーターメテオ」である。

 土石流の塊を相手に降らすこの魔法は、Revolutionの中に登場する魔法の中でもかなりの威力を誇る魔法だ。


 直撃したように見えたが――。


「やれやれ。服がびしょびしょじゃないか」


 こともなげな声は背後から聞こえた。

 私が振り向くと、そこには多少服が濡れているものの、ノーダメージなマナリア様の姿があった。

 どうかわしたのかは分かっている。

 空間を渡ったのだ。

 風属性の超適正魔法「テレポート」である。


「初手から飛ばすね、レイ」

「こうでもしないとマナリア様には勝てませんので」


 他の主要登場人物とは違い、主人公には決まった戦い方のパターンがない。

 例えば、ロッド様の焔の軍勢やミシャのセイレーンなど、高度に練り上げられ完成された戦法は強い。

 強いが、マナリア様とは相性が悪いのだ。

 マナリア様にはスペルブレイカーがある。

 完成された戦法はスペルブレイカーで解呪されてしまうとひとたまりもないのだ。


 長期戦もまずい。

 どんなに有効な戦法も、長期戦になれば解析されてやはりスペルブレイカーの餌食になってしまう。

 つまり、マナリア様を倒すには、新しい戦い方で短期決戦を挑む他ないのだ。


 とはいえ、マナリア様を短期決戦で倒すというのは簡単なことではない。

 彼女の適性は、地・水・火の高適正と風の超適正というデタラメさだ。

 二重属性デュアルキャスターかつ超適正である私でも、適正の面では遠く及ばない。

 初手の落とし穴からのウォーターメテオは、動きを止めて一気にけりをつける心づもりだったのだが、やはりそう簡単にはいかないらしい。


「まさか、これで終わりなんて言わないよね?」

「ええ、言いません」


 私は魔法杖を振りかぶった。

 辺りに霧が立ちこめる。


「ふーん、見たことのない魔法だね。でも、霧を出しただけじゃあ、せいぜい目くらましくらいにしか――」

「凍てつけ」


 マナリア様の挑発には構わず、私は魔法を発動させた。

 私とギャラリーを除く空間が瞬時に凍り付いた。

 水属性魔法「ジュデッカ」である。

 広範囲を瞬時にして凍結させるこの魔法は、本来であればゲーム最終盤にならなければ使えない高等魔法である。


 私は手を止めない。

 周囲に生成された氷塊を、下から岩の錐が穿って粉々にする。

 土属性魔法「アースパイク」である。

 この二つの魔法の連続技には、連続魔法「コキュートス」という名前がつけられている。


 範囲凍結からの高威力打撃だ。

 普通の相手どころか、相当の錬者でもこれはかわせないはず。


 しかし――。


「うん。惜しい惜しい」


 声は私のすぐ後ろから聞こえた。

 私は反射的に振り返り、そこに氷の矢を放った。


「相手がボクじゃなかったら、今ので決まってただろうね」


 氷の矢をスペルブレイカーで消滅させながら、マナリア様は平然とそこにたたずんでいた。


「……どうやってかわしたんですか?」

「ナ・イ・ショ」


 唇の前に人差し指を当て、マナリア様はおどけて見せた。


「それにしても、レイ。ちょっとやり過ぎじゃない? いくら魔法減衰結界があるって言ったって、今のが直撃してたら怪我くらいじゃ済まなかったと思うよ?」

「余裕でかわされましたけどね」

「まあ、そこはボクだから」


 マナリア様はそう言ってからからと笑った。

 そしてひとしきり笑い終えると、チェシャ猫のような笑みを浮かべて――。


「じゃあ、ボクの番ってことで。面白いもの見せて貰ったから、ちょっと本気を出そうかな」


 ――まずい、アレが来る!


 私はゲームの知識から、マナリア様の次の行動に予感があった。

 ダメ元でもう一度コキュートスを発動する。


 しかし――。


「ドミネイター」


 マナリア様の魔法杖が光った瞬間、組み立てかけていたコキュートスの構成が止まってしまった。


「これで終わりだよ」


 次の瞬間、私は全身から血を出して倒れ伏し、そのまま意識を失った。


◆◇◆◇◆


「――! ――た!」


 何かが聞こえる。

 とても心地よい音だった。

 きっと普通の人には高すぎる、キンキンした音。

 でも私はこの音――いや、この声が大好きだ。


「――た! あなた!」


 私が目を開けると、そこには蒼白になったクレア様の顔があった。


「……クレア、様……?」

「気がつきましたのね!? よかった……」


 私が呼びかけると、クレア様は滅多に見ない安堵の表情を浮かべた。


「大丈夫って言ったでしょ。ボクが治療したんだから」

「それにしたってお姉様はやり過ぎですわ! この者にあんな怪我をさせて!」


 飄々と言うマナリア様に、クレア様は糾弾するように言った。


 徐々に意識が覚醒してくる。

 見回せば、私がいるのは学院に併設されている教会の治療院のようだった。

 中庭事件の時、マットに事情を聞きに来た場所だ。


「私……は……」

「お姉様の魔法を受けて気絶したんですの。痛いところはありませんの?」


 クレア様が心配そうな声でそう聞いてきた。

 そうか、私は――。


「うん、キミは負けたんだよ」


 マナリア様が判決を告げる裁判官のように言った。

 そっか……負けたのか。


 マナリア様が最後に使ったのは、四属性合成魔法「ドミネイター」――範囲内の魔力全てを支配し、暴走させる凶悪無比な攻撃魔法である。

 魔力を支配下に置かれてしまうためこちらの魔法は全て使えず、また魔力適正が高い者ほど暴走した魔力によって大きなダメージを受ける。

 対魔法使いの最終兵器とも言える魔法だ。


 マナリア様がドミネイターを使えることは知っていた。

 いや、知っているということで言えば、私はゲーム内の知識として、マナリア様のほぼ全てを知っている。

 知っているからこそ、分かることがある。

 クレア様への想いを馬鹿にされて頭に血が上っていたけれど、私は――。


「それじゃあ、クレアはボクのものってことでいいね?」


 この人には、勝てない。

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