第40話 犯人

「何ごとだ!?」

「正門が破られました! 多数の市民が、学院に押し入っています!」

「貴族のご子息が危ない! 学生寮を重点的に守れ!」

「職員も避難させるんだ!」

「援軍が来るまで持ちこたえろ!」


 軍の兵士たちの怒鳴り声が聞こえてくる。

 時間は夜の二十三時を回ったところだ。

 私はとある部屋の中に潜んで待っていた。


 やがて、足音が近づいて来て部屋の前で止まった。

 鍵がガチャリと開く。

 人影は、そのまま部屋の奥へと進もうとする。


「騒ぎに乗じるつもりだったんですか、ランバート様」


 明かりをつけて突然呼びかけた私の声に、足を止めたのはランバート様だった。


「レイ=テイラー……」


 ここは学院内にある分析科と呼ばれる研究室である。

 私は鍵に小細工をして室内に潜んでいたのだ。


「魔物を操る鈴……ランバート様の発明品でしたね」


 ランバート様は魔道具のスペシャリストだ。

 魔物を制御する研究をしていることはすでに書いたが、その結晶がこの鈴である。


「どうしてここにいる?」

「あなたを止めるために」

「意味が分からないな」


 端的に言った私に対して、ランバート様はあくまでしらを切るつもりのようだ。


「私は騒ぎを聞きつけて、貴重な魔道具を守ろうと――」

「中庭事件の時、ディード様の魔法杖に細工をしましたね?」


 ランバート様の目が少し険しくなった。


 ロッド様が言っていたように、ディード様はあんなことをする人じゃない。

 性格的にもそうだが、何より魔法の制御を失敗することなどありえない。

 全ては仕組まれたことだ。


「あなたは魔法具のスペシャリストとして魔道具の調整をする立場にありました。そして、ディード様の杖が暴発するように、わざと調整を失敗した」

「言いがかりだ。杖に異常はなかった」

「それを証言したのもランバート様自身です。中庭事件が起きた直後のあの時、ローレック団長が指名しなくても、自ら名乗り出てユー様に同行するつもりだったんでしょう?」

「……」


 ランバート様が押し黙った。


「そもそも、ここ最近の学院はおかしかったです。貴族と平民の対立も、あなたが裏から煽動していたのでしょう?」

「何の根拠があってそんなことを」

「根拠はありません。でも、私は全て知っています」


 ゲームで得た知識なので、ランバート様に突きつける証拠はない。

 それでも私は知っている。

 ランバート様は鈴を起動して、学院に強力な魔物を呼び出そうとしているのだ。

 ゲームの流れだと、大混乱に陥った学院をヒロインと攻略対象が救うのだが、そんな危険なことは起きない方がいいに決まっている。

 というわけで、先回りさせて貰った次第である。


「……全て、ね」

「あなたが、平民運動などどうでもいいことも知っています」


 ランバート様のご実家、オルソー商会は王国一の豪商だ。

 貴族ではないとはいえ、普通の平民よりはいい暮らしをしている。

 まして、オルソー商会の商いは魔法石の発掘と流通である。

 委託しているのが国なのに、その国を構成している王族や貴族を打ち倒してしまっては本末転倒である。


「なら、私が何のためにそんなことをするというんだ?」

「レーネの命がかかっているから」


 ランバート様はある勢力にレーネを人質に取られているのだ。

 そいつらに、言うことを聞かなければレーネを殺すと言われている。

 そのためにやむなく、今回の騒動で暗躍せざるを得なかったのだった。


「レーネは確かに大切な妹だ。でも、商会を危うくさせてまでそんなことをすると思うか?」

「ただの妹であれば」


 今度こそ、ランバート様の目の色がはっきりと変わった。

 そこまで知られているとは思いもしなかったのだろう。


「お前、どこまで……」

「全て、と言いました」


 ランバート様はレーネを愛している。

 ただし、妹としてではなく一人の女性として。

 戯曲に歌われる禁じられた恋は、なにも同性愛だけじゃないのだ。

 ランバート様は愛するレーネを守るため、実家が危険にさらされても行動を起こすしかなかったのである。


「ランバート様。諦めて下さい」

「……そうは行かない」

「ランバート様!」

「あの方は恐ろしい。私が失敗すれば、容赦なくレーネを殺すだろう」


 その顔には、あの方とやらへの深い恐怖が見て取れた。


「レーネのことは私がなんとかします」

「どうやって?」

「話し合いで」

「あの方相手に、話し合いなど出来るものか」


 そう吐き捨てたランバート様の顔には自嘲があった。

 きっと彼自身、何度も嘆願をしたのだろう。


「信じて下さい」

「無理だ」

「なら、力ずくで止めます」


 私は魔法杖を構えた。


「させないよ」


 聞き慣れた声が響いた。


「……レーネ」

「ごめんね、レイちゃん」


 レーネは数人の男を連れていた。

 その中の一人がクレア様を抱えて、首元にナイフを突きつけている。

 まだ目は覚めていないのだろうが、クレア様が小さくうめくのが聞こえた。


「お兄様を行かせて上げて」

「レーネ、考え直して」

「無理。私にはどうすることも出来ない」

「……」


 私はレーネを信じたかった。

 クレア様を好きだというその気持ちが嘘ではないのだと思いたかった。

 でもやはり、思慕では恋慕には勝てないのか。


「レイ、そこをどけ」

「どいてもいいですけれど、無駄ですよ」

「なに?」

「鈴は念のため壊させて貰いました」

「!?」


 ランバート様が私の脇をすり抜け、部屋の奥へと駆け寄った。

 保管庫を開け、中から鈴を取り出す。


「……なんということだ」


 ランバート様の愕然とした声が聞こえる。

 鈴は真っ二つに割れていた。

 私はレーネがランバート様側につくことも可能性として考えていた。

 これはそのための保険である。


「もういいでしょう。諦めて下さい、ランバート様、レーネ」

「……お兄様」

「……」


 レーネがランバート様に駆け寄る。

 ランバート様は力なくうなだれているようだった。


「おいおいおい、そんなんじゃ困るんだよなー」


 男たちの一人が場違いなほど明るい声でそう言った。

 顔は黒い仮面をしていて見えない。

 誰だろう?

 この場所での出来事そのものが、ゲームにはなかったことだ。

 だから、私はこの男を知らない。


 ゲームでは鈴はクレア様の指示でレーネが使ったことになっていた。

 事件が解決したあとクレア様は罪に問われそうになるが、ドル様が握りつぶすのだ。

 もちろん、そもそもが冤罪なのだが。


「……魔鈴が無くては、どうにもならない」

「ちょいと貸せよ」


 男はうなだれるランバート様から、鈴を受け取った。


「……戻れ」

「!?」


 男の手のひらで、真っ二つだった鈴が時間を巻き戻したようにくっついていく。

 なにあれ……あれも魔法?


「これでいいだろ」

「……ああ」


 ランバート様も目を疑っているようだが、おずおずと鈴を受け取るとそれを起動しようとした。


「させません!」

「レイちゃん、動かないで! クレア様を傷つけたくない!」


 レーネが鋭い声を発した。

 見ると、クレア様の首筋に赤い筋が一筋伝っている。


「!」


 怒りで我を忘れそうになるのを必死でこらえた。

 全ては私の責任だ。

 ゲームの内容を知って、全てを御しきれると思い込んでいた私の。


 今この場にいるのは私だけだ。

 なんとかしなければ。


 焦りで思考が空回りしそうになったとき、その声は響いた。


「平民の分際で一人でなんとかしようなど、思い上がりも甚だしいですわ」


 声が響くと同時に、男たちが炎に包まれた。

 悲鳴が響き渡る。


「悲鳴まで下品ですこと。賊にはお似合いですわね」


 やったのはもちろん――。


「クレア様!」

「状況がよく分かりませんけれど、さしずめオルソーの二人が黒幕ということでよろしくて?」


 あくびを一つかみ殺してから、クレア様は悠然と笑った。

 どうやら少し前から目を覚ましていたらしい。

 狸寝入りして状況を伺っていたようである。


「レーネ、残念ですわ」

「……」


 クレア様に明確な敵意を向けられ、レーネがうつむく。

 合わせる顔がないのだろう。


「オルソー兄妹、やることは変わんねぇぞ」


 再びの場違いに明るい声と同時に、炎が突然やんだ。

 男たちはほとんど倒れているが、一人だけ何ごともなかったかのように立っている。


「仕事さえすりゃあ、海外に脱出させてやるよ。そしたらお前らは戸籍も変えて、晴れて兄妹じゃない恋人同士だ」


 まるでアダムとイヴを誘惑する蛇のようだ、と私は思った。


「耳を貸してはいけませんわ。投降なさい」


 凜とした声でクレア様が言う。

 しかし――。


「申し訳ありません、クレア様。私たちはもう引き返すことなど出来ません」


 固い声でそう言って、ランバート様は鈴を起動した。

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