第39話 権力闘争
学院はその機能を完全に失いつつあった。
門前のデモは日ごとに激しさを増し、市民が上げる怒号が雷鳴のように鳴り響いている。
今は軍からも兵士が派遣されて門を守っているが、数があまりにも違いすぎる。
危うい均衡が続いていた。
「騒ぎが収まるまで、しばらく休院になるそうだ」
学院騎士団の面々はまた会議室に集まっていた。
皆を前にしたロッド様が学院上層部の決定を伝える。
上層部は、このままでは貴族学生の安全が保てないという判断を下したらしい。
「それを言うなら、あんな処分内容にしなければ良かったと思いますわ」
憤懣やるかたない、といった調子のクレア様である。
生粋の貴族で平民に強い偏見を持っている彼女でも、あの処分内容は納得がいかなかったらしい。
「……少し、不可解だな」
「どこがなの、セイン兄さん?」
「……クレアも言うとおり、いくらなんでも贔屓が過ぎる」
確かに、ただでさえ貴族と平民の仲がギクシャクしている時に、あんな処分内容を発表すれば火に油を注ぐ結果になるのは目に見えていた。
どう考えても悪手である。
「それなのですが、どうも一部の貴族の具申があったようでして」
ランバート様が苦々しく言った。
「……というと?」
「平民運動を快く思わない貴族たちが、こぞってディード様の処罰減免を求めたようです」
その言葉に、ロッド様が眉を顰めた。
「大人しくしてるのかと思ってたら、そんなことになってたのか」
「これは僕らの不手際だね」
「……そうだな」
王子たちの言葉で鎮まったかのように見えた貴族たちだったが、くすぶっていた不満が最悪の方向に向かったようだ。
「加えて、やはり教会も動いているようで」
ランバート様によると、教会もディード様の処罰減免に加担したそうだ。
「どういうことです? 教会は平民運動を支持しているのではなかったのですか?」
「そこは、政治だろ、政治」
ミシャの疑問にロッド様が嫌そうに言った。
「この国の最高権力者は王家だ。教会の本音は、王家に成り代わることなのさ」
「教会は表向き平民運動を応援し、裏では貴族にも協力してる。双方を衝突させて、王族や貴族の力を削ぐつもりなんだろうね」
口にするのも馬鹿馬鹿しいといったロッド様の言葉を、ユー様が引き継いだ。
「……権力闘争……だな」
苦々しく、セイン様が呟いた。
この世界において、教会というのはれっきとした権力組織である。
建前上、民の暮らしに寄り添う慈善団体を謳ってはいるが、その実体は紛れもない政治勢力なのだ。
より強い権力を求めて動くし、そのためには汚い真似もする。
もちろん、全ての協会関係者がそうだとは言わないが、教会には間違いなくそういう側面がある。
「今回の騒ぎで一番得をするのは、紛れもなく教会だな。ユー。リーシェ様は今回無関係だよな?」
「それはないと思いたいけど……どうかな。母上のことはよく分からない」
ユー様の歯切れが悪い。
以前にも言ったが、現王妃であるリーシェ様は国王の後妻で元枢機卿である。
ユー様の王位継承権は第三位だが、リーシェ様はユー様が国王になることを密かに望んでいる。
正当な手順での継承が難しいとなったら、別の方法を模索していてもおかしくはない。
ユー様としては自分の母親がこんな事態の裏で暗躍しているとは思いたくないだろうが、否定することも出来ないといった所だろうか。
「話してみたのか?」
「ううん。面会を申し出たけど断られたよ」
「……実の母親だろう?」
「それでも王妃だからね。そう簡単にはいかないよ、セイン兄さん」
少し険悪な空気が流れそうになった所で――。
「ロッド様たち王子の仲に亀裂を入れることも、教会の狙いなのかもしれませんわよ」
「「「!」」」
クレア様の言葉に、三人の王子たちがはっとした顔をする。
「そうだな。オレたちが仲違いしてもしょうがない」
「だね」
「……ああ」
王子たちは冷静さを取り戻したようだ。
「いずれにしても、この状況下でオレたち学院騎士団に出来ることはほとんどない。せいぜい、軍の手伝いくらいだな」
「大人しくしているしかありませんわね」
ロッド様の言い分に、クレア様をはじめとして全員が頷いた。
◆◇◆◇◆
「クレア様、お願いがあります」
会議の後、夕暮れ色の帰路で私はクレア様に言った。
「なんですの?」
「今夜、部屋に入ったら、そのまま明日の夜まで出てこないで下さい」
「藪から棒になんですの。嫌ですわよ」
怪訝な顔をするクレア様。
そりゃそうだよね。
「大体、学院はどうしますの。講義は休みでも、学院騎士団の活動はありますのよ?」
「休んで下さい」
「この緊急時に休めるわけないでしょう。こういう時に働いてこその学院騎士団ですのよ?」
何を言っているのか、という顔をされてしまった。
「レイちゃん、何か理由があるの?」
レーネが尋ねてきたが、その理由は話せない。
言っても、ややこしくなるだけだ。
「どうしてもダメですか?」
「嫌ですわ」
「そうですか……。なら仕方ないです」
「?」
私は指先をクレア様の額に押し当てた。
「なに……を……」
言い終えることも出来ず、クレア様が崩れ落ちる。
「クレア様!? レイちゃん何を!?」
レーネはクレア様に駆け寄ると、かばうように私の前に立ちはだかった。
ランバート様と同じ、はしばみ色の瞳が動揺と警戒に揺れている。
「大丈夫。眠ってるだけだよ」
水属性魔法の一つ、安眠を強めにかけたのだ。
本来は眠りを深くして体力を回復させるのに使う魔法だが、強めにかけるとこういう使い方も出来る。
「どうしてこんなことを!」
「今夜、市民の暴動が起きるの」
「!?」
「クレア様と一緒に寮に隠れていて。くれぐれも馬鹿な真似はしないこと」
「どういうこと?」
「レーネ」
レーネの問いかけを無視して、私はレーネに問う。
「クレア様が好き?」
「なにを突然……」
「いいから答えて」
「好きに決まってるよ。あなたよりずっと昔からお仕えしてるんだから」
「そうだよね」
なら――。
「なら、信じる。信じてるからね」
私はきびすを返すと学院の校舎に戻ろうとした。
「待って!」
しかし、レーネに強い声で呼び止められた。
「あなたは……私と同じなの?」
迂遠な問いかけだった。
分かる者にしか分からない言い方だ。
「違うよ」
「……そう」
微妙な沈黙が流れた。
否定したということは、レーネの言いたいことが分かっているということだ。
「クレア様をくれぐれもよろしくね」
「……分かった」
今度こそ、学院に向かう。
やるべきことはたくさんあるのだ。
「……ごめんね、レイちゃん……クレア様……」
力ないレーネの呟きを、私は聞かないふりをした。
そしてその夜、学院の門が破られた。
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