第38話 対立の激化

「困ったことになったな……」


 そう言ってロッド様はうめいた。


「今日も門前に市民が大挙して押し寄せています。このままでは学院が機能しません」


 ランバート様が苦々しくそう言った。


 中庭事件の話はどこからか学院外にも漏れ、一般市民にまで広まってしまった。

 話を聞きいた市民は怒りをあらわにして、こうして学院に抗議のデモを繰り返している。

 今のところ門を無理矢理押し破るようなことはしていないが、このまま放っておけばどうなるか分からない。


「……ディード側の言い分も少し苦しいしな」


 セイン様が溜め息のように言った。


 ユー様とランバート様が話を訊いたところ、ディード様は一応、釈明をしたらしい。

 曰く、杖を抜いたのはあくまでポーズで、魔法を使うつもりはなかったし、あんな大けがをさせるつもりもなかった。

 だが、事実としてけが人は出ているわけで、しかも全身やけどの大けがである。

 これではそのつもりがなかったと言われても、誰も納得しないだろう。


「市民の反応はどうだ?」

「傲慢な貴族が、可哀想な平民に不条理な暴力を加えた、という話になっているようです」

「実際、ほぼその通りなんだが……なんか釈然としないんだよな」


 ロッド様は顎を撫でた。


 ディード様はユー様の護衛をするだけあって、魔法の腕は大したものである。

 同時に王族のおそば仕えとして、軽々しい真似をしないように厳しい訓練を受けている。

 自制心も鍛えられているし、魔法の制御能力も普通以上だ。

 そんな人間が、たとえ主を侮辱されたにしても、あんな行動を取るだろうか。


「ディードに限って、そんなことはあり得ない」


 ユー様は断言する。


「しかし、起こったことが全てです。ディード様の魔法杖も調べさせて頂きましたが、別に故障していた形跡もなく、事故の線もありえません」


 そう言ったのはユー様に同行したランバート様だ。

 以前にも少し触れたが、彼は魔道具のスペシャリストだ。

 その発言には説得力がある。


「……本当に、なんでこんなことに……」


 ユー様がうなだれる。

 王子様ルックスのユー様が意気消沈する様は、見ていて本当に痛々しい。


「嘆いてても始まらない。これからどうするかだ」

「ですわね」


 空気を変えるかのように言ったロッド様に、クレア様も賛同する。


「正直、学院の外のことはオレたちの手に余る。国と……場合によっては軍の仕事になるだろう」


 学院騎士団はあくまで学院内の事案に当たる組織だ。

 市民のデモなどは管轄外である。

 そもそも、十数人しかいない子どもに、デモの沈静化など出来るわけがない。


「オレたちはオレたちに出来ることをしよう。学院内の様子はどうなってる?」

「ほぼ市民たちと同じですね。貴族の横暴に怒る平民という構図です。講義中に貴族批判を展開する平民がいて、講義が行えないような状態です」


 ロッド様の問いにランバート様が答える。

 中庭事件は理不尽な事件だと思うが、こっちはこっちでまた矛先を向ける方向が間違っている気がしないでもない。


「どうすれば収まると思う?」


 ロッド様がランバート様に重ねて問う。


「正直、見当も付きません。ディード様に何らかの処分が下されれば、あるいは沈静化の方向に向かうかもしれませんが……」

「処分はどうなりそうなんだ?」

「難しいですね。下級貴族ならまだしも、ディード様は神殿勢力とも繋がりのある中級貴族です。あまりに重い処分を下せば、貴族勢力側からの反発は必至かと」


 なんでも、今回マットが負った傷は、普通なら死んでいてもおかしくないほどの重傷だったらしい。

 事態を重く見た神殿側が、高位の水属性魔術師と貴重な魔道具をフル活用して治療に当たった結果、マットは命を取り留めたのだ。

 神殿としては、是が非でもマットを死なせるわけにはいかなかったのだろう。


「貴族の学院生の反応はどうだ?」

「今のところ表だった動きはありませんが、一部で平民をこれ以上つけあがらせるなという過激な主張をする者が出始めているようです」

「……いよいよやばいな」


 ロッド様が苦く呟く。


「クレア様、何がやばいんですか?」


 ロッド様の危機感が分からなくて、クレア様に尋ねてみる。


「あなたの頭は飾りですの? よろしくて? このまま対立が激化してしまえば、落としどころというものが無くなってしまうのですわ」

「落としどころ?」

「貴族側と平民側の双方が納得出来るような決着点のことですわ。どちらにとっても不満は残れども、とりあえずそこで納得しておく、というような点のこと」

「玉虫色ですね」

「白黒つけるだけでは政治は出来ませんのよ?」


 そういうものらしい。


「ひとまず、貴族側の説得はオレとセインとユーがやろう。未来の王が軽々な発言を戒めれば、少しは過激な言動も収まるだろう」


 ロッド様が腕組みをしながらそう言った。

 貴族にとって、王族の言葉とは神の啓示に等しい。


「平民側の説得は、ミシャとレイ、お前らに任せる。上手いことガス抜きしてやってくれ」

「やってみます」

「えー」


 政治とか駆け引きとか難しいことは苦手なんですけど。


「えー、じゃありませんわよ。ロッド様直々のご命令なのですから、誠心誠意勤め上げなさい」

「じゃあ、クレア様、頑張ってって言って下さい。愛を込めて」

「馬鹿言ってるんじゃありませんわよ。この非常時に」

「大真面目です。言ってくれなきゃ、働きません」

「いいじゃないか、言ってやりゃあ」


 だだをこねる私に、ロッド様が助け船を出してくれた。

 苦笑交じりに、ではあったが。


「ちょっ、何を仰いますの、ロッド様」

「ほら、はーやーく、はーやーく!」

「この……調子に乗って……!」

「はーやーく!」


 しつこく催促する私。

 うん、悪ノリしてます。


「……頑張りなさい、レイ」


 しぶしぶ、と言った様子で、クレア様がそう言った。


「愛が足りない。やり直し」

「いいから働きなさい!」


 もう、仕方ないなぁ。


 それから数日は、各々の出来る範囲で学院内の対立を和らげるために奔走した。

 貴族側はロッド様をはじめとする王子が説得に回ったことで、沈静化の動きを見せている。

 やはり、王族の言葉は効果てきめんだったようだ。


 一方、平民側の動きは依然活発なままだった。

 学院内の数でこそ劣る奨学生たちだが、今は世論という後ろ盾がある。

 毎日のように行われる門前のデモに呼応するように、頻繁に抗議活動を行っていた。


 結果として、貴族側には不満が溜まり、平民側は調子づくという悪循環が生まれていた。


◆◇◆◇◆


 ディード様の処分が発表される日がやって来た。

 事件の現場である中庭には、貴族平民を問わず、数多くの人が結果の公布を待って人だかりを作っていた。

 そして、処分が発表された。


「……これは……いけませんわ」


 クレア様が重々しく呟いた。


 ――告、ディード=マレーを謹慎一週間とする――


 これは……さすがに軽すぎるだろう。

 私の抱いた感想は、そのまま平民学生たちのものだったようで、辺りには怒号が響き渡った。


「クレア様、こちらへ。この場は貴族の方には危険です」


 レーネがクレア様の袖を引いた。


「でも、この騒ぎを静めませんと!」

「今は無理です。みんな殺気だっています。話など通じません」

「……くっ」

「クレア様、レーネの言うとおりです。今は避難しましょう」


 なおも食い下がろうとするクレア様を必死で説得して、私たちはその場を離れた。


「……これから、どうなってしまうというの……」


 クレア様の呟きは、そのまま全ての学院生の胸の内であるかもしれなかった。

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