第34話 諍いの芽

「それではランバート君、議題を進めてくれたまえ」

「はい。では、お手元の資料をご覧下さい」


 学院騎士団に入団してから何度目かの会議で、それは議題に上がった。


「最近、学院内の貴族と平民の間で軋轢が広がっているようです」


 ランバート様がそう切り出した。


「中でも、一部の奨学生が貴族と平民の完全な平等を唱える運動を起こしているのが、貴族の学院生の神経を逆なでしているようですね。学院騎士団にも何件か苦情が寄せられています」

「わたくしも見かけましたわ。なんと嘆かわしいことでしょう」


 クレア様が溜め息交じりに吐き出した。

 あの一団かあ。


「取り締まることは出来ないんですの?」

「学院外ならともかく、学院内では思想の自由が保障されています。政治的な運動も禁止することは出来ません」

「目障りですこと」


 忌々しい、とクレア様は苦虫を噛み潰したような顔をする。


「それで? その運動に賛同するヤツはどれくらいいるんだ?」


 ロッド様は幾分興味深そうに尋ねた。


「今のところ、表だって賛同する者は少ないようです。潜在的な者たちを含めても二十人に満たないかと」

「そんなものなら自由にさせてあげればいいんじゃないの?」


 ユー様がのんびりとそう言った。


「そう思っていたのですが、一部の過激な運動家たちが、学院各所で貴族と小競り合いを起こしているようで」

「……小競り合い?」


 セイン様が眉をひそめた。


「はい。道を譲る、譲らないであるとか、食堂の席取りであるとか、そういった細かなことで貴族と張り合っているようでして」

「少し困りますね」


 ミシャが溜め息まじりにそう言った。


 みな、運動家たちの意図が分からない、と言った様子だった。

 この場にいるのは私を除いてほぼ貴族か、平民と言ってもかなり裕福な人ばかりだ。

 彼らに平民の運動家の気持ちは、そうそう分からないだろう。

 価値観が違いすぎる。


「単純なことだと思います。貴族と同等になりたいんでしょう」

「貴族と同等に? ありえないことですわ」


 私の発言を、クレア様が鼻で笑った。


「貴族と平民は生まれや育ちどころか、その家の成り立ちや歴史が根本から違いますわ」


 クレア様はいまさらこんなことを言わせないで欲しいですわと言わんばかりだ。


 ここでこの国の成り立ちについて説明しておこう。

 このバウアー王国の貴族は、王国成立以前から存在する地域の豪族が元となっている。

 農業の発達に伴う余剰生産物の差によって自然発生したそれは、次第に武力を整えて各地で勢力を伸ばしていた。

 そんな中で後に王族となるバウアー家が台頭し、次第に各地の豪族たちを取り込んでいく。

 その過程でバウアー家に下った有力豪族たちが、後の王国貴族である。


「それに、平民がこの国の何に貢献したといいますの」


 王国貴族は国から徴税権を保証されるのと引き換えに、様々な義務を負っている。

 領地の安定的な統治、地域産業の振興、兵士の育成・派遣などがそれにあたる。

 クレア様たち貴族から言わせると、国に対して様々な貢献をしている自分たちだからこそ政治をする権利があるのであって、一般の平民にはその参加資格すらないと思っているようだ。


「……それは違うぞ、クレア。納税だって立派な国への貢献だ。民が税を納めてくれなければ、この国は立ちゆかん」


 珍しく長セリフを言ったのはセイン様である。

 さすがに帝王学を学んでいるだけあって、その辺りの見識は貴族よりも広い。

 とはいえ――。


「なら、セイン様は彼らの主張に賛同すると?」

「……そこまでは言わない。現実問題として、貴族と平民の間には義務や知的水準その他で隔たりがありすぎる。平民の政治参画は現実的だとは思えない」

「ですわよね」


 能力主義を標榜する現王族の認識でもこの程度だ。

 一定年齢に達すれば性別や財産の別なく政治に参加出来る、現代日本の完全普通選挙制などに至っては、おとぎ話くらいの現実感しか持っていないと思われる。


「なら、話は単純じゃないか? ユーの言うとおり、放っておけばいい」


 話はここで終わりだろう、とロッド様が言った。

 しかし――。


「ところが問題が一つ」

「あん?」

「彼らの運動を教会が支援しているという噂があります」

「教会が?」


 ロッド様たち三王子の顔色が変わる。


「教会は以前から神の前では人はみな平等であると説いています。それは彼ら運動家の主張とかみ合います」


 教会とは王国民に広く信仰されている精霊教のことである。

 レレアと最初に会ったときに少し触れたが、この世界には精霊を信仰する宗教が存在するのだ。

 地水火風の精霊とその生みの親である精霊神を崇め、全ての出来事はその恵みか試練であると考える宗教である。

 精霊教によれば、近年発達してきた魔法は精霊の力によるものだという。


 精霊教の元は農民たちの間にあった素朴な自然信仰である。

 時に大災害を起こす自然を恐れ敬うそれは、いつしか一大宗教へと成長していった。

 教会は平民に対して学問を教えたり、病気や怪我を治したりといった活動もしている。

 そのため、教会は王族でも無視できないほど民に影響力を持っている。


「……教会側はなにか言っているのか?」


 セイン様が尋ねた。


「今のところはなにも。教会は政治に口を出さないというこれまでのスタンスを崩してはいないようです」

「今の時点で出来ることは少なそうですね」


 ミシャの言ったことが、この場にいる全ての人間の感想であった。


「学院騎士団としては、貴族の学院生からの苦情をそのままにしておくことは出来ない。一応、小競り合いを見かけたら仲裁に入ってくれ。平民側を一方的に責めないように気をつけること」


 ローレック団長がそのようにしめた。


「では次の議題ですが――」


 その後も二、三の議題について話し合い、今日の会議はお開きとなった。


「ところでクレア様。夏のバカンスはやっぱり北部の森林地帯へ?」

「頭の切り替えが早すぎやしませんこと?」


 記念祭において、男女逆転喫茶キャバリアーは見事人気投票で一位を獲得し、避暑地への旅行券をゲットした。

 私としては今からとても楽しみである。


「だって堅い話ばかりで疲れてしまいました。癒やしを下さい」

「あなたね……。仮にも主人たるわたくしに何を求めてるの。むしろあなたがわたくしを慰めるべきでしょう」

「いいんですか!?」

「その目を見れば、何か不埒なことを考えてるのは丸わかりですからね!?」


 クレア様がドン引きしている。


「やだ、クレア様ったら何を想像したんですか。やらしい」

「じゃあ、何をしようとしましたのよ?」

「それを言わせるんですか、げっへっへ」

「想像通りじゃありませんの!?」


 政治やら宗教やら難しい話で凝り固まった頭を、クレア様でほぐす。

 うん、効くなあ。


「本当にもう、あなたは……。あら? レーネは?」

「レーネならランバート様に何かお話があるとかで。ほら、あそこに」


 クレア様に尋ねられて、私は会議室の前の方を指し示した。

 レーネは何やら真剣な表情でランバート様と話している。


「平民がみなレーネくらい慎み深く、勤勉であれば平和ですのにね」

「クレア様、私は私は?」

「平民がみなあなたみたいになったら、私は国外に逃亡することを考えますわ」

「愛の逃避行ですか。いいですね」

「連れて行きませんわよ!?」


 と、いつもの夫婦漫才(一方通行)をしていると、レーネが戻ってきた。


「お帰り、レーネ。何を話してたの?」

「ううん、たいしたことじゃないの。ただ……」

「ただ?」

「私、見たかもしれないの」

「何をですの?」


 レーネはそこで一旦口を噤んだが、クレア様に促されてその先を口にした。


「平民運動家の人が、ユー様と会っているのを」

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