第三章 平民運動編

第33話 平民運動

「この学院には差別が蔓延っている!」


 創立記念祭が終わってしばらくしたある日の朝、私がクレア様と一緒に食堂に向かっていると、何やらそんな声が聞こえてきた。

 見ると、五、六人の生徒が集まって、プラカードを掲げていた。


「貴族主義を撤廃しろー!」

「撤廃しろー!」


 声をそろえて、そんなスローガンを唱えている。


「いやですわね。平民風情が調子に乗って」


 クレア様が朝から不快なものを見た、と眉をひそめた。


「なんですか、あれ?」

「平民の病気ですわ」

「平民運動っていうらしいよ。貴族と平民の平等を唱えてるんだって」


 クレア様の端的な言葉を、レーネが説明してくれた。

 ああ、あれが始まるのか。

 私はゲームの内容を思い出した。


「平民の分際で貴族と同じ扱いを欲するなど、言語道断ですわ。国王陛下が恩寵を与えたからといって図に乗りすぎです」

「はあ……」

「気のない返事ですこと。……それとも、あなたも連中に賛同していますの?」


 クレア様の声が一段低くなった。


「いえ、私は別に興味ないです。クレア様とご一緒出来ればそれでいいので」


 国民平等というのは立派な思想だと思うが、正直に言うと私はどうでもいい。

 そりゃあ、平等であるに越したことはないと思うけど、政治にはあまり首を突っ込みたくないのだ。

 よく言うでしょ?

 人と話す時、政治や宗教の話題はやめておけって。

 事なかれ主義と言われても仕方ない態度だとは思うけど、これは私の偽らざる本音だ。


 ところが――。


「キミ! レイ=テイラーじゃないか!」


 一団のリーダーとおぼしき人が、私の名前を呼びながら駆け寄ってきた。

 続いて団体さんもやって来る。

 げ。


「一般市民の代表たるキミが、こんなところで何をしているんだ?」


 こんなところというのは、貴族の最右翼であるフランソワ家のご令嬢と一緒にということだろう。


「なにって、私はクレア様のメイドですから」

「なんだって!?」


 私の言葉に、一団がざわめいた。

 クレア様は関わりたくないとガン無視である。

 私も出来ればそうしたい。


「キミ! 僕らは一般市民の希望となる存在なんだぞ。その中でも飛び抜けて優秀な成績を誇るキミが、貴族主義に染まってどうするんだ!」

「いえ、私は別に貴族主義に染まってるつもりは――」

「メイドなどという職業は、まさに貴族主義の奴隷じゃないか! 嘆かわしい!」


 あ、この人たち人の話を聞いてない。


「あの、もう行っていいですか? 私、政治とか興味ないので」

「分かってないな! 政治に無関心でいられても、無関係ではいられないんだぞ!?」

「はあ……」


 なんかちょっといいこと言った風のどや顔をされた。

 政治と無関係でいられないなんて、そんなの当たり前でしょうに。


「ちょっとあなたたち」


 私もそろそろ辟易して来た頃、クレア様が本当にめんどくさそうに声を発した。


「主義主張を掲げるのは結構ですけれど、他人に同意を強制するのはおやめなさいな」

「何を言う! お前たち貴族こそ、自分たちの貴族主義を一般市民に強いているではないか!」

「なんですって?」


 これはまずい。

 クレア様は気が短い。

 しかも生粋の貴族である。

 貴族であることを非難されれば、黙っていないだろう。


「君たち、そこまでだ」


 そこに、涼やかな声が響いた。


「ランバート様……」


 間に入ってくれたのは、ランバート様だった。

 レーネが驚いた顔をしている。

 忘れている人もいるかもしれないので繰り返しておくと、ランバート様はレーネのお兄さんである。

 学院騎士団では、団長であるローレック様の補佐役的な位置の人だ。


「君たちの主義主張には一定の共感を覚えるが、ここは学院だ。貴族と平民が分け隔てなく学べるこの学び舎で、いたずらに諍いを起こすのは褒められたことではない」

「あなたがそれを仰るのですか、ランバート様。オルソー商会こそ、貴族主義を打ち破る急先鋒となるべき存在だというのに」


 オルソー商会は平民の中でもとりわけ力を持った、下級であれば貴族にも伍する家である。

 運動家たちとしては、そんなオルソー商会の嫡男であるランバート様が、貴族の肩を持つのが面白くないのだろう。


「平等は尊い思想と理解している。だが、王国にはまだ早い」

「しかし――」

「クレア様、お引き留めして申し訳ありませんでした。どうぞ、お通り下さい」

「ランバート、しつけはしっかりすることですわ。この平民でも出来ることなのですから」


 嫌みたっぷりに言うクレア様。

 それはあれですか、レレアのことですか。


「弁(わきま)えております」

「結構」


 行きますわよ、と言って、クレア様は歩き出した。

 レーネと私も、その後に続く。


「全く……、あなたもあなたですわ。あんな者たちに構うことなどありません。無視すればいいのです」

「はあ……」

「でも、クレア様。彼らにものっぴきならない事情があるのです。平民の生活は本当に苦しくて――」

「お黙りなさい、レーネ」


 ぴしゃり、とクレア様が言った。


「……。申し訳ありません」

「分かればいいのです」


 クレア様は何ごともなかったかのように、そのまま歩いて行く。

 これだけ見るとクレア様は凄く感じが悪いが、この時代の貴族の考え方は――ややもすると平民ですらも――誰も似たようなものである。


「……」


 レーネは複雑そうな顔をしている。

 まあ、無理もないか。

 レーネは豪商の娘とはいえ、飽くまでも平民だ。

 小さい頃から生粋の一流貴族であるクレア様の下で働いているため、その生活水準の違いを見せつけられている。

 理不尽さを感じない方がおかしい。


「レーネ」

「なに、レイちゃん?」

「馬鹿なことは考えないようにね?」

「? うん」


 レーネの耳にはきっと、私が貴族主義打破や平等の実現を馬鹿なことと考えているように聞こえたことだろう。

 でも、私の真意は別の所にある。

 それはいずれ話すこともあるだろう。


 まあでも、この空気はなんとかしないとね。


「クレア様」

「なんですの?」

「お腹がすきました」


 空気を読まない私の発言に、クレア様は呆れたような毒気を抜かれたような顔をした。


「……あなたという人は。はあ……。食堂までもう少しですから、我慢なさいな」


 そして、珍しく苦笑とも取れる表情で、私にそう言った。


「はーい。レーネ、今日は何食べる?」

「そうだね、親子丼かな」

「いいね。私はまた牛丼かな」

「あなたたち、もうちょっと品のあるものを召し上がりなさいな」


 普段の私たちに戻った。

 やっぱり、政治的なあれこれは、あんまり好きじゃない。

 でも――。


『政治に無関心でいられても、無関係ではいられないんだぞ!?』


 彼らが言ったのとは別の意味で、私も無関係ではいられない。

 先のことを考えると頭が痛いところだ。


「クレア様、ちょっと頭痛がしてきたので、朝食はあーんして貰っていいですか?」

「何をしれっと訳分からないこと言ってますの!?」

「え、口移しで? それはちょっと」

「言ってませんわよ!?」


 クレア様でストレスを発散する。

 ずっとこうしてクレア様と遊んでいられればいいのにね。


「わがままだなあ。じゃあ、私が食べさせて上げますね」

「いりませんわよ!? っていうか、頭痛関係ないですわよね!?」

「え?」

「だから、不思議そうな顔するんじゃありませんわよ!?」


 クレア様を愛でること。

 私の行動原理は変わらない。

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