第32話 エスコートごっこ

「……今、帰った。レイ、交代だ」

「お疲れ様です。では、休憩を頂きます」


 休憩を終えたセイン様と入れ違いに、私は二時間の休憩を頂いた。

 男女逆転カフェは相変わらず盛況だが、最初に比べれば客足は落ち着いてきたと言える。

 これなら残りの人間で回していけるだろう。


「とは言うものの……二時間も何しようかな……?」


 これが地球の学校の文化祭であれば、仲のいい友だちと一緒に他の出し物を回るのだろうが、あいにくと今の私にはそのような気の置けない友だちはいない。

 しいて言えばミシャかレーネだが、二人は今お仕事の真っ最中である。


「タイミングが悪かったなあ」


 キャバリアーの隣にある着替え用の空き教室で、私は執事服を脱ぎながらため息をついた。


「……げ」


 と、教室に入ってくるなりいやそうな顔をしたのは、我が愛しのクレア様である。


「お疲れ様です。クレア様も休憩ですか?」

「そうですわ。まったく、どうしてこの私が接客などという低俗なことをしなければなりませんの」


 ぶつぶつ言いながら、クレア様はジャケットのボタンを外していく。

 お手伝いしますと断ってから、私は着替えを手伝った。


「でも、クレア様、接客上手ですね。意外です」

「上っ面を取り繕うのは慣れていますもの。私が財務大臣の娘だということを忘れてなくって?」


 先ほどのマルセル殿下の時にも少し書いたが、財務大臣の娘ともなれば他国の重鎮と会食をすることも多いだろう。

 中には不愉快な思いをさせる客もいるのだろうが、おいそれとそれを表情に出すことは出来ない。

 腹芸も必要、ということだ。


「でも、私は普段の素直なクレア様が好きですよ」

「……私のどこが素直ですのよ。おべんちゃらはよして。自分の困った性格くらい把握してますわ」


 以前もこんな会話があったが、クレア様は自己評価がとても辛い。

 Revolutionを遊んだプレイヤーのほとんどには、意外な事実である。

 クレア様の一般的な評価は、わがままで高飛車で高慢ちきないけ好かないお嬢様だからだ。

 こんな風に自嘲するクレア様の姿など、誰が想像できただろう。


「確かにクレア様は扱いやすい性格ではないと思いますが、そんなの多かれ少なかれ誰だってそうでしょう?」

「……自分を特別だと思うなと言いたいんですの?」

「そうではありません。ただ、ご自分を卑下されるのを見ているのは悲しいです」

「卑下なんて、別に……」


 クレア様は言葉に詰まった。

 先ほどの発言が卑下以外の何物でもないと気がついたのだろう。


「はぁ……。きっと慣れないことをして疲れているのですわね。平民なんかにこんなことをこぼすなんて」

「私は嬉しいです。弱ったところを見せて頂けるのですから。つけ込んでいいですか?」

「バカを仰い。ほら、待っていてあげますから、さっさと着替えなさい」

「は?」

「何を鳩が豆鉄砲食らったような顔してますの。私の気晴らしに付き合いなさい、と言ってるんですのよ」


 それとなく目をそらしつつ、クレア様がそんなことを言った。

 私は着替える手を止めた。


「クレア様」

「な、何ですの?」

「私のこの格好、どう思います?」

「言ったじゃないですの。平民らしく、給仕服が馴染みますわね、と」

「つまり、似合ってはいるんですね」

「だから何ですの!」


 ぎゃーっと噛みついてくるクレア様をなだめるように、私は白手袋の手を差し出した。


「短い間ですが、エスコートさせて頂きます」


 そう言って、クレア様の目を見つめながら、精一杯紳士的に笑った。


◆◇◆◇◆


「どこへ入りましょうか?」

「飲食系はイヤですわよ? どうせどこも粗末なものしか出てこないに決まっているのですから」

「学院祭なんてそんなものでは?」

「わたくし、体に入れるものは選ぶ主義ですの」


 そんな会話をしながら、クレア様の手を引きつつ学院の廊下を歩く。

 すれ違う人は様々で、見るからに貴族と分かる身なりの者がいるかと思えば、平民にしか見えない者もいる。

 普段は貴族の子弟や平民であっても身なりのきちんとした者しかいない学院で、この光景はちょっと新鮮である。

 クレア様は平民がお嫌いなので時々顔をしかめているが、それでも文句を言ったりはしなかった。


「じゃあ、ここにしましょう」

「何ですのここは?」

「お化け屋敷です」

「絶対にごめんですわ!」


 逃げようとするクレア様だが、手をつないでいるので簡単に捕獲できた。


「あれ、クレア様ってば、お化けなんかが怖いんですか?」

「そ、そんなことありませんわ! ただわたくしはお化けなんていう子どもだましに付き合いきれないだけで――!」

「はいはい。すみませーん。学院生二人お願いしまーす」


 クレア様からのクレームを聞き流しつつ、さっさと手続きをして中に入ってしまう。


「クレア様」

「な、なんですの……?」

「怖かったら抱きついてくれていいんですよ?」

「バカを言うんじゃないで……きゃー!?」


 速攻で抱きついてくるクレア様。

 役得過ぎる。


◆◇◆◇◆


「酷い目に遭いましたわ……」

「かわいいクレア様を堪能させて頂きました」


 お化け屋敷を出た私は、ふらふらしているクレア様を支えながら、中庭の休憩場へやってきた。

 色とりどりの春の花が咲く花壇のそばに設置されたそこでは、歩き疲れた人たち何人か足を休めていた。


「一息入れましょう。何か飲み物を買って参ります」

「おかしなものを買ってくるんじゃないですわよ? 水でいいですからね?」

「善処します」


 疲労困憊でも憎まれ口は欠かさないクレア様にニヤニヤしつつ、私は水を求めてその場を離れた。

 軽食の模擬店を訪ねて水を分けて貰うと、すぐにクレア様の元に引き返す。


 と、通りすがった模擬店で、面白いものを見つけた。

 二人分、買い求める。


「遅いですわよ」

「失礼しました。お水をどうぞ」


 クレア様はまだぐったりしていたが、水に口をつけると一息ついたらしい。

 目に生気が戻ってきた。


「クレア様、これを。つまらないものですが」

「これは……?」


 渡したのはアミュレットである。

 銀細工の中心に魔法石がはめ込んである。

 ただの装飾品ではない、いわゆるお守りである。

 謳われている効能はというと――。


「……恋愛成就?」

「セイン様とうまく行くといいですね」


 日本だとこれは寺社仏閣の領域だが、この世界でそれに当たるのは教会である。

 教会についての詳しい説明はまた別にするとして、先ほどの模擬店は教会の学院支部のものだったのだ。


「あなたは本当に変な人ですわね」

「どうしてですか?」

「からかってるだけって分かっていますけれど、それでもあなたは一応、わたくしのことが好きだと公言しているわけでしょう?」

「本気なんですけどね」

「黙らっしゃい。それなのに、私とセイン様の恋を応援するなんて、おかしいじゃないですの」


 話しながらアミュレットを手のひらでもてあそぶクレア様は、なんだか寂しそうに見えた。

 どうしてかは分からない。


「私は、自分の恋が叶うことよりも、クレア様に幸せになって欲しいんですよ」

「偽善者っぽい発言ですわね」

「まあ、そう思われるのも無理もないですね。でも、紛れもない本心です」

「……あなたはどうしてそこまで私に入れ込むんですの?」


 クレア様の目が揺れながら私を見た。


「あなたに、心を救われたからです」


 前世の私は、はっきり言って夢も希望もない毎日を送っていた。

 ブラックと評される仕事場でへとへとになるまで働き、家に帰ってもほぼ寝るだけ。

 何のために生きているのかよく分からない毎日の中で、ゲームだけが私の心の支えだった。

 そして、そのゲームの中でも、Revolutionほどのめり込んだゲームはない。

 睡眠時間を削ってまで同人誌を作ったのは、他ならぬクレア様の魅力を世に知らしめんがためである。

 クレア様は、私の人生の潤いと言っても過言ではない。


 でも――。


「またからかってるんですのね。わたくしがあなたを救った? バカバカしい」


 もちろん、クレア様には伝わらない。

 前世、転生などと言ったところで信じて貰えるわけがなく、やはりからかっていると思われるのが関の山だろう。


「じゃあ、今救って下さい。具体的にはハグとかキスとかで」


 だから私は、いつものように茶化して笑う。

 それしか出来ない。

 出来ないのだ。


「バカなことを言ってるんじゃないですわよ。そろそろ休憩時間も終わりますわね。戻りましょう」

「はあい」


 私はクレア様に手を差し出した。

 しかし、その手が取られることはなかった。


「紳士ごっこはおしまいですわ。わたくしはわたくし、あなたはあなた。貴族と平民でそれ以上でもそれ以下でもないのですから」

「残念です。クレア様の手を握る大義名分が失われてしまいました」

「あなたは本当に……」


 そうしていつもの通りに戻る。


 でも、この時私は気がつかなかったのだ。

 アミュレットは受け取って貰えたということに。


 クレア様がどこか残念そうな表情をしていた、ということに。

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