第31話 記念祭当日

「三番テーブルの料理上がったぞ」

「新しいお客様を五番テーブルにお通ししましたわ」

「一番テーブル、お客様お帰りです」

「お会計は1480ゴールドになります」


 喧噪を縫って威勢の良い声が響いている。

 学院騎士団が借り受けた大教室にはいくつものテーブルが運び込まれていて、その全てが埋まっている。

 外にも順番待ちの長い列が出来ていて、男女逆転カフェはなかなかに盛況だ。


 今日は王立学院創立記念祭の当日である。

 今年はちょうど休日と重なったこともあって、人の入りは例年以上とのことだ。

 事実、開会式からこちら客が途切れる様子は全くなく、むしろどんどん増えている。


「お姉さん……でいいのかな、綺麗だね」

「はっはっは! ありがとうございます」


 上機嫌に笑いながら接客するロッド様を始め――。


「きゃー、ユー様! 可愛い!」

「お嬢様方の方がお可愛らしいですよ」


 余裕の笑みで優雅に返すユー様。


「あの子、ちょっと陰があっていいよな」

「でも、美人過ぎてちょっと怖くない?」

「……」


 複雑な表情のセイン様。


「ねえ、あの方どなたかしら」

「冷たい美貌の貴公子って感じよね!」

「ご注文はお決まりですか?」


 涼しい顔で淡々と仕事をこなすミシャ。


「見たか? クレア様が接客してるぞ」

「ああ。まさかあのわがままお嬢様の口から、いらっしゃいませが聞ける日が来るとは思わなかった」

「……」


 若干一名、作り笑顔にひびが入っている者もいるが、それはまあ仕方ない。


「凄い客の入りだな。さっきからずっとフライパンを振っているぞ」

「盛況なのはいいことです。次の注文ですよ、ローレック様」


 厨房もローレック様とランバート様を中心にフル回転である。


 とまあ、学院騎士団のキャバリアーは概ね順調に営業を続けていた。


「この分なら、人気投票一位も夢じゃなさそうだな」

「そうですね」


 ロッド様の言葉に私は頷き返した。

 この記念祭では、来客者にどの出し物がよかったかを尋ねる人気投票が開催されている。

 見事一位になったクラスや団体には、夏のバカンスに使える避暑地への旅行券が進呈される。

 ゲーム的には、特殊イベントのスチル獲得の可能性が開ける訳だ。

 私としては旅行に行かなくても、クレア様と一緒ならどこでもいいのだが。


「ロッド様、動きが止まってますわよ。六番テーブル、ご指名ですわ」

「おっとそうか。行ってくる」


 そう言うと、スキップでもするような軽やかな足取りで、ロッド様は接客をしに行った。


「何を話してましたの?」

「人気投票で一位を取れるかもしれない、と」

「そんなことですの。旅行券なんていりませんわ。学院騎士団に所属してる者なら、避暑地への旅行くらい自前でなんとかするでしょう」


 こともなげに言うクレア様。

 そりゃあ貴族のメンバーはそうかもしれないが、純然たる平民である私にはそんな余裕はあんまりない。


「ほら、きびきび働きなさい。レーネ……先生が見てますわよ」

「あ、やば」


 そうなのである。

 レーネは監督役として、当日である今日もこの場で目を光らせているのだ。

 本人は自らも接客に当たりたかったようだが、彼女は学院騎士団ではないため、あくまでお目付役といったポジションである。


「レイ、二番テーブルご指名よ」


 ミシャが皿をキッチンに下げがてら、私に声を掛けてきた。


「え、私?」

「ええ」

「よかったじゃないですの。あなたのような平民をつけたいだなんて、よっぽどの物好きだとは思いますけれど」


 おーっほっほ、とマウントを取ってくるクレア様。


「どうせマウントを取られるならベッドがいいですね」

「何を訳の分からないことをいっていますの?」

「ただの純然たる欲望です。行ってきます」


 トレイを持って二番テーブルに向かう。

 そこにいる客の顔を見て、私はげんなりした。


「苦シュウナイ。近ウ」


 片言でそういう客は、浅黒い肌の異国人だった。

 身につけている服や装飾品からも、貴族だと察せられる。

 中でもでっぷりと太ったターバンの男性は、一目で王族と分かる身なりをしていた。


「恐レ多クモ、マルセル=ロロ皇太子殿下ニアラセラレルゾ。オ言葉ヲアリガタク受ケ取ルガイイ」


 お付きの者が恭しく言った。


 ロロ皇国はバウアー王国から西に少し離れた場所にある熱帯の大国である。

 交通の要所にあり貿易を主要産業としていて、バウアー王国も香辛料など様々な品を取り引きしている相手だ。

 マルセル様はそのロロ皇国の皇太子である。


 私がげんなりしたのは、これがゲームのイベントの一つであることを思い出したからだ。


「早ウ注文ヲ取ラヌカ」

「失礼しました。ご注文をお伺いします」

「ウム。デハ、ドードー鶏ヲ使ッタ料理ヲ何カ持テ。殿下ハ、ドードー鶏ガイタクオ好キナノダ」

「申し訳ございません。ドードー鶏を使った料理は、あいにくとご用意できません」


 私がそう言うと、マルセル殿下は眉をひそめた。

 それを見て、お付きの者がまくし立ててきた。


「マルセル様ノ御前デ無礼デアルゾ! 殿下ガオ望ミナノダ。何トカセイ」

「どうかご容赦下さい。ドードー鶏は西方の遠国でしか手に入らない希少品でございます。バウアー王国ではそうそう手に入るものではございません」


 私は重ねて出来るだけ丁寧に説明したが、マルセル殿下は首を振った。


「殿下ガゴ所望デアル。何トカイタセ」


 私は溜め息を尽きたくなるのをぐっと我慢する。

 この身分の高い困った客に絡まれるのがイベントなのである。

 ゲームでは一番好感度の高い攻略対象が間に入って、ヒロインを助けてくれるのだ。


 とはいえ、私は王子様の誰とも仲良くしていない。

 これはどうしたものか、と笑顔が引きつりそうになりながら耐えていると――。


「(お話中失礼いたします、マルセル殿下)」

「!?」


 驚いた。

 マルセル殿下と私の間に入ったのは、なんとクレア様である。

 流ちょうなロロ語で、マルセル殿下たちに話しかけている。


「(殿下の好物であるドードー鶏をご用意することは難しいですが、殿下ほどの方であればもっと新しい食材をお試しになるのがよいかと存じます)」


 クレア様は見たこともないような愛想のよい顔で、マルセル殿下に微笑みかけた。

 マルセル殿下の鼻の下がだらしなく伸びる。

 なおもゴネようとするお付きの者を手で黙らせ、殿下自らクレア様に話しかけた。


「(う、うむ。その方、流れるようなロロ語であるな。名は?)」

「(クレア=フランソワと申します。マルセル=ロロ殿下。拝謁を賜り恐悦至極に存じます)」


 言葉だけでなく、本当に会えて嬉しいといった表情のクレア様である。

 それを見て、マルセル殿下のまなじりがさらに下がる。


「(クレアとやら、私が満足するものを用意出来ると申すか?)」

「(はい。きっとお気に召すものと存じます)」


 クレア様は自信たっぷりに頷いた。


「(よかろう。そなたに任せる)」

「(ありがとうございます)」


 恭しくかしずくと、クレア様は私の手を引いてキッチンに下がった。


「はあ……。豚の相手は疲れますわ」


 マルセル殿下には聞こえないように声量を絞って、クレア様は深々と溜め息をついた。

 びっくりするほどの暴言である。


「ぶ、豚って……」

「皇国のあのおデブさんですわ。全く、歴史の浅い成金国はこれだから……」


 先ほどの接客が嘘のように毒を吐くクレア様は、それから私を見て言った。


「あなたもあなたですわ。ああいう手合いはまともに相手をするだけ無駄ですのよ。おだてるだけおだてて、気分良くさせれば大体何とかなりますわ」

「は、はあ……」

「まあ、対等の付き合いしかしたことのない平民には無理な芸当かもしれませんけれど」


 ちょっと得意げに言うクレア様。

 クレア様は財務大臣の娘として、海外の重鎮を相手にした経験もあるのだろう。

 こういうことには慣れているらしかった。


「平民。キッチンに入って、例のマヨネーズを使った料理を作ってきなさいな」

「マヨネーズ、ですか?」

「そうですわ。あれはまだロロ皇国にはない味のはず。あれならあのおデブさんも満足して帰るでしょう」

「なるほど」


 それは確かに。

 この辺りは、流行の広まり具合を熟知しているクレア様だからこそ分かることだ。


「ほら、ぼさっとしてるんじゃありませんわよ!」

「はい! ……あの、クレア様」

「なんですの?」

「ありがとうございます!」


 私の言葉にきょとんとした後、


「べ、別にあなたのためじゃありませんわ! この事が国際問題にでもなったら、お父様の面子が――」


 などと分かりやすくツンツンしてくれるクレア様。

 可愛い。


「ツンデレありがとうございます」

「わけの分からないことを言っていないで、さっさと料理なさい」

「はーい」


 その後、私が作ったエビマヨはマルセル様に大層気に入られた。

 半分以上は、クレア様の魔性の笑みの効果だったような気もするが。


 それにしても、クレア様が助けてくれるとは思わなかった。

 ゲームでは絶対にあり得ないことである。

 少しずつでも、ゲームの運命を変えることが出来ているのだろうか。


「クレア様が没落なんて、絶対にイヤだもんなあ」

「何か言いまして?」

「なんでもありません。大好きです!」

「馬鹿言ってないでお皿を下げてらっしゃいな」


 ……出来ている……と、いいなあ。

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