第29話 日本ではおなじみのアレ

 学院騎士団では男女逆転カフェをすることになったが、もちろんそれ以外の仕事もあるわけで、むしろそっちの方が仕事全体に占める割合は高い。


「セイン、二年B組からの備品申請書類はまだか?」

「……昨日、提出してきたはずだが」

「届いてない。もう一度、確認を取ってくれ」

「……分かった」

「ロッド兄さん、一年A組の出し物の認可がまだかって催促が来てる」

「今、認可した。認定証を届けてやってくれ」

「うん」

「ミシャ、三年C組の――」


 こんな感じで今は事務仕事の真っ最中である。

 ロッド様をトップに他のメンバーが手足となって動いているため、その仕事は比較的スムーズである。

 こういうところは、本当に生まれながらの王の素質だなあと思わなくもない。

 私は相変わらず苦手だけど。


「クレア、第一倉庫の備品リストに不備がある。もう一度、現地に行ってリストアップしてくれ」

「分かりましたわ」

「一人じゃ大変だな……。レイ、行けるか?」

「はい」

「一人で平気ですわよ」

「そう言うな。頼んだぞ、二人とも」


 それだけ言うと、ロッド様は次の指示を飛ばし始めた。


「仕方ありませんわね。邪魔だけはするんじゃありませんわよ?」

「お力になります」


 古いリストをランバート様から受け取り、メモ帳とペンを持ってクレア様と一緒に第一倉庫に向かう。

 第一倉庫は学院の外れにある巨大な倉庫である。

 予備の机から何に使うのか判然としないものまで、色々な備品が雑多に詰め込まれている。

 私たちは職員室で鍵を受け取り、第一倉庫の前まで来た。


「そういえばご存じですか、クレア様」

「なんですの?」


 鍵で南京錠を開けながら、クレア様が聞き返してきた。


「この倉庫……出るんですってよ?」

「……またそうやってからかって。お化けなんていませんわよ」

「いえ、ホントなんですって。その年は酷い寒波があって、倉庫に閉じ込められて凍死した女子生徒の幽霊が――」

「き、聞きたくありませんわ! ほら、行きますわよ!」


 私の言葉を遮って、クレア様が先立って歩き出す。

 効果は抜群だ。


「リストアップって言っても、これ相当な数がありますよ……?」

「ですわね……」


 クレア様は一人で大丈夫と啖呵を切っていたが、これは一人じゃ無理だろう。

 二人でも相当な時間がかかるに違いない。


「でも、やるしかありませんわ。私はこっちの端からチェックしていきますから、あなたはあちらからチェックなさい」

「一人になって大丈夫ですか? 例の幽霊が――」

「早くなさい!」

「はあい」


 クレア様をからかうのは諦めて、真面目に働くことにする。

 二手に分かれて入り口と奥の両方から次々にリストを更新していく。


「机はだいぶ減っていますわね」

「暗幕は逆に余ってるみたいです」


 そんなことを話しながら、どんどんリストを作っていく。

 作業は実に三時間にも及んだ。


「これで全部かしら?」

「そうだと思います」

「意外と手間取りましたわね。外もすっかり日が暮れてますわ」


 採光窓からは西日が差し込んでいる。


「戻りましょう」

「そうですね」


 そうして入り口まで戻ってきたのだが、なぜか扉が閉じている。


「? おかしいですわね。確か扉は開けておいたはずでは――」

「あ」


 これあれだ。

 例のイベントじゃないか。


「!? あ、開きませんわ!?」

「あちゃー」


 どうやら見回りの先生か誰かが、開けっぱなしだと思って鍵を閉じてしまったらしい。

 要は閉じ込められてしまったのである。

 本来はこのイベント、攻略対象と一緒に閉じ込められて、ドキドキそわそわの時間を過ごすというものなのだが、私のお相手はクレア様になってしまったようだ。

 やったぜ。


「ちょっと……。誰か、誰かいませんの!?」


 どんどん、と扉を叩いて声を張り上げるクレア様。

 しかし、外からは何の反応もない。


「ここ、用がないと誰も寄りつきませんもんねー」

「何をのんきな……。このままだと夜になってしまいますわよ?」

「まあ、そのうち誰か気づいてくれるんじゃないですか? 少なくとも、寮の門限になっても私たちが帰らないとなったら、誰か探しに来るでしょうし」

「そ、そうかもしれませんけれど……」


 クレア様がそわそわしている。


「あれ? クレア様、どうかしました?」

「……別に、何でもありませんわ」

「そうですか? なんか落ち着かないように見えますけど」

「気のせいですわ! 誰か! 誰かいませんの!?」


 クレア様は相変わらず扉をどんどんやっている。

 魔法の中には解錠という魔法もあるのだが、あれは風属性魔法である。

 クレア様は火属性、私は土と水属性だから、解錠の魔法は使えない。

 強引に壁を壊す、という選択肢もないことはないのだが、学校の施設をそうそう壊すわけにもいかない。


「~~~~~~!」

「クレア様、諦めて待ちましょうよ」

「そうも言ってられませんのよ!」

「どうしてですか?」

「どうしてって……その……」

「その……?」


 クレア様は赤面してうつむいたまま答えなかった。

 ははん?


「ひょっとして、お花摘みですか?」

「そうですわよ! 悪かったですわね!」


 あー、そういうことか。

 そりゃ、確かに悠長にしてられないね。


「うーん。困りましたね。その辺の物陰で用を足すわけには――」

「そんなこと出来るわけないでしょう!」

「ですよねー」


 私ですら相当に抵抗があることを、生粋のお嬢様であるクレア様に出来る訳がない。


「割と緊急ですか?」

「……緊急ですわ」


 そうかー。


「じゃあ、こういうのはどうでしょう?」

「?」


 私は倉庫の隅に行くと、地面に両手をついた。

 土属性魔法を発動させる。

 すると、みるみるうちに大人の背丈ほどの立方体が出来上がった。


「これは……?」

「土属性魔法で作った簡易トイレです。中もご覧になりますか?」


 私は扉を開けて中を示した。

 洋式の便座が一つ設置してある。


「よくやりましたわ、平民!」

「恐縮です」

「では早速……」


 そう言ってトイレに駆け込むクレア様。

 扉を閉めて、ガチャリと鍵がかかった音がする。


 そして、静寂。


「ちょっと、音!」

「そう仰られても」


 この世界に音姫なんて都合のいいものはない。

 用を足す音は確かに恥ずかしいと思うが、それくらいは我慢して欲しいものである。


「水を流しながらすればいいじゃないですか」

「そ、そうですわね」


 流す用の水は、水属性魔法でふんだんに用意してある。

 やがて、水流の音が聞こえた。


「……ふぅ……うひゃあ!?」


 安堵の溜め息の直後、何やら素っ頓狂な声が響いた。


「? どうしました?」

「どうしました、じゃありませんわよ! 何ですのこのトイレ! お、おおおお湯が――!」

「ああ、ビデですね」


 サービス精神を発揮して、水属性魔法でウォシュレット機能をつけておいたのだが、どうもそれにびっくりしたらしい。


「この状況だと紙は貴重じゃないですか。なのでそれで存分に洗って、乾いたら出てきて下さいな」

「……わ、分かりましたわ……うひゃあ!?」


 確かに、慣れないとビデってびっくりするよね。

 あれ?

 これも一儲けのネタになるんじゃなかろうか。

 水属性魔法と土属性魔法の両方が必要だから、あんまり量産は出来なさそうだけど、貴族向けならあるいは?

 などと、取らぬ狸の皮算用をしていると、やがてクレア様が簡易トイレから出てきた。


「全く……。変な機能をつけるんですから……」

「でも、衛生的ですよ?」

「そうかもしれませんけど!」


 まあ、驚くよね。

 しばし、沈黙が流れる。


「ちょっと、黙るんじゃありませんわよ」

「や、照れてるクレア様も可愛いなと思いまして」

「! この平民! わたくしを誰だと思って――」

「あとちょっとで粗相しそうになったところを、平民に救われたフランソワ家のご令嬢でしょう?」

「……」


 あ、目が据わった。


「ふ……ふふふ、いいですわ。黒歴史は焼却処分しましょう」


 クレア様は全く笑ってない目で炎の魔法槍を構えた。


「クレア様、謝りますからそれは収めて下さい。ここは倉庫です。燃えるものがいっぱいあります」

「あなたに弱みを握られるくらいなら、全部まとめて消し炭にして上げますわ」

「またリストアップ作業するの、大変でしょう?」

「うちの家から最新のものを納品させますわ。リストアップは業者に頼めばいいでしょう?」

「やーだなー、クレア様。ちょっとしたメイドジョークじゃないですか」

「……死ぬがいいですわ」


 爆発寸前だったクレア様だが、私たちを探しに来たレーネの声で我に返った。

 クレア様いじりも、度が過ぎるとああなる訳だ。

 これからは自重しよう。

 ……ちょっとだけ。

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