第28話 メイド道
「というわけで、レーネにサービスの講師をして貰います」
「レーネと申します。よろしくお願いしますね」
私が紹介すると、レーネは柔らかく笑って頭を下げた。
騎士団の皆が少し戸惑いがちに、それでも拍手で迎える。
若干一人を覗いて。
「ちょっと平民。なに人の使用人を勝手に使っていますの」
クレア様が立ち上がって突っかかってきた。
「いや、これはオレが頼んだんだ」
「ロッド様……」
取りなす言葉に、クレア様の口調が弱まる。
ロッド様からは今度やる男女逆転カフェに備えて、接客や調理について詳しい人間を紹介して欲しいと頼まれていたのだ。
そこで私が白羽の矢を立てたのがレーネである。
長年メイドとしてクレア様という難しい人物に仕え続けてきた彼女ならば、講師には十分であると考えたのだ。
「それなら……仕方ありませんけれど」
渋々、といった様子でクレア様は席に座った。
「じゃあ、お願いね、レーネ」
「うん」
レーネはにこっと笑うと皆を見回して続けた。
「皆さんに接客や調理を教える前に、お願いがあります」
「うん? 何かな?」
ユー様がのんびりと聞き返した。
「皆様とは違って私は平民です。中には平民の学院騎士団員の方もいらっしゃるようですが、それでもやはり選抜試験をくぐり抜けた精鋭の方ばかりです。私のようなものに教えを請うということに抵抗がある方も多いのではないでしょうか」
それはそうかもしれない。
貴族のメンバーは平民からものを教わるというような機会はほとんどなかっただろう。
平民にしたって、学院騎士団になるくらいなら、それなりにプライドはあるのかもしれない。
私にはかけらもないが。
「……それがどうしたんだ?」
セイン様がレーネに先を促した。
「ご無礼は承知の上ですが、教えるからには王族、貴族、平民の区別を無くして頂きたいのです。そんなものにこだわっていては、接客など出来ませんから」
「ふむ、いいだろう。構わないよな?」
ロッド様がいいと言うなら、それに刃向かう貴族はいないだろう。
平民は言わずもがなである。
「ありがとうございます。それでは、これから記念祭当日まで、私のことは先生と呼んで下さい」
レーネの言葉に、会議室が一瞬ざわめいた。
そこまでする必要があるのか、という反応だ。
「レーネ、あなた調子に乗るんじゃありま――」
「レーネ先生、です」
クレア様の険のある言葉を穏やかに遮ったレーネの言葉は、柔らかくはあったもののどこか有無を言わせない響きを帯びていた。
「な、な……」
「クレア様、呼んでみて下さい。さん、はい?」
「ぐっ……」
「ふはは! こいつは面白い。クレア、呼んでやれ」
どうもロッド様のツボに入ったようで、完全に面白がっている。
「くっ……。レーネ……先生」
「声が小さいです」
「この……!」
「ふふ……。クレア、ダメだよ?」
気色ばもうとしたクレア様を、ユー様の声が抑える。
「……レーネ先生」
「よく出来ました、クレア様。その調子でお願いします」
「あなた、後で覚えておきなさいよ……」
色々言いたいのをなんとか飲み込んでいる様子のクレア様である。
まあ、本当に後で色々言うつもりだろうけど、レーネは覚悟の上だろう。
「それでレーネ先生、何から覚えればいいのかしら?」
ミシャが問うた。
適応力が高いというか、もともと身分にこだわるような人ではないために、レーネを先生と呼ぶことに特に抵抗はないようだ。
「まずは心構えからですね。メイド道の基本精神はなんだと思いますか?」
「メ、メイド道……?」
なにやら言い出したレーネに、クレア様が怪訝な声を上げた。
「そうです。私がみなさんに教えるのは、メイド道です」
柔らかい微笑みを保ったままさらっと言いのけたレーネは、なんだかいつもと雰囲気が違った。
端的に言って、なんか怖い。
「いいですか。メイド道というものは非常に奥深いものです。本来であれば一週間かそこらで極められるものでは到底ありません」
「いえ、わたくしたちメイド道なんてものを極めるつもりは――」
「しかーし!」
クレア様の言うことを遮って大声を上げるレーネ。
やっぱり怖い。
「皆さんのような貴族や平民の代表にも、献身と奉仕の素晴らしさを伝えたい。その一心で私はここにいます」
レーネの後ろにめらめらと燃える炎を幻視した。
やばい、レーネってば絶対変なスイッチが入ってる。
「そう。献身と奉仕……これがメイド道の本質です。みなさんには馴染みのないものかと思いますが、これは世界平和にすら繋がる重要な概念です」
語りにも熱が入っている。
レーネの熱弁は、そのまま一時間に及んだ。
◆◇◆◇◆
「――というわけで、そろそろみなさんにもメイド道の端緒を理解して頂けたと思います」
「はい、レーネ先生」
「いい返事です、クレア様。それではおさらいです。メイド道の本質は何ですか?」
「献身と奉仕です、レーネ先生」
「その通りです。よく出来ました」
「ありがとうございます、レーネ先生」
数分前から、クレア様の様子がどこかおかしい。
まるで何かに取り憑かれたように機械的で平坦な口調になっている。
目からもハイライトが消えてるし。
それはクレア様に限ったことではなく――。
「では、ロッド様。メイド道の基本は何から始まりますか?」
「挨拶です、レーネ先生」
「よろしい。では、声に出してみましょうか、みなさんご一緒に」
「「「「「お帰りなさいませ、ご主人様」」」」」
「声が小さい!」
「「「「「お帰りなさいませ、ご主人様!!!」」」」」
「そうです。みなさん、段々分かってきましたね。先生はとても嬉しいです」
そう言って満足げに微笑むレーネ。
おかしいな。
いつからここは洗脳会場になったんだろう。
まるで怪しげな宗教団体かブラック企業の新人研修のようだ。
「あの、レーネ?」
「レーネ先生、です」
「レーネ先生、なんかおかしな方向に行ってない?」
「そんなことはありません。私は純粋にメイド道の素晴らしさを理解して頂こうと思っているだけです」
「そ、そう……」
「はい、レイちゃんも声を出して。お帰りなさいませ、ご主人様?」
「お……お帰りなさいませ、ご主人様」
だめだ。
今、この場は完全にレーネの支配下にある。
まあ、みんなもここを出れば正気に戻るだろう……戻るよね?
「メイド道の基本は?」
「「「「「献身と奉仕!!!」」」」」
「挨拶はきちんと?」
「「「「「お帰りなさいませ、ご主人様!!!」」」」」
誰か助けて。
◆◇◆◇◆
「……酷い目に遭いましたわ」
メイド道洗脳研修が終わった後、自室にたどり着いたクレア様はげっそりしていた。
「申し訳ありません。つい、熱が入ってしまいまして」
レーネはたははと人の良さそうな微笑みを浮かべているが、クレア様は微妙に距離を取っている。
レーネよりも私に近いなんて、これまでにはなかったことだ。
「怒る気力もありませんわ……。レーネ、あなたにあんな一面があったなんて」
「普段、ご覧に入れる機会のない顔ですからね」
「出来れば、永遠に見たくなかったですわ」
そう言って、クレア様はベッドに突っ伏した。
「ダメですよ、クレア様。お風呂に入って、着替えもしないと」
「……疲れてるんですのよ」
「ダメです。起きて下さい」
「むー……」
「起きなさい」
「はい! レーネ先生! ……あ」
反射的に口にして、クレア様は羞恥に震えた。
「……思わぬ福次効果ですね」
「むしろ後遺症じゃありませんの!?」
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