第15話 リリィであるということ

「ねえ、レイ。あなたっていわゆる同性愛者なわけ?」


 お昼。

 食堂で昼食を取っていると、ミシャがそんな爆弾発言をかましてくれた。

 クレア様とレーネがむせる。


「ちょっと、ミシャ。どう触れても面倒なことにしかならないことを……」

「ミシャ様。こういったことは、あまりおおっぴらに語るものではないと思いますよ?」


 クレア様もレーネも、この話はやめておけという感じのようである。


「別に話してもいいけど、聞きたい?」

「親友としては気になるわね」


 私が同性愛者かもしれないと思っていても、ちゃんとそう言ってくれるのはちょっと感動である。

 でも、この話すると微妙な空気になるんだよねぇ。


「んー……。多分だけど、私はそうなんだろうね。これまで男性を好きになったことはないし」

「……」


 あっけらかんと言った私に対して、クレア様がそっと距離を取った。

 離れられた分、距離を詰める。

 すると、その分また離れられてしまった。


「どうして距離を取るんです?」

「身の危険を感じるからですわよ」

「そんな、何にもしませんってば」

「どうだか」


 まあ、同性愛者に対する反応なんてこんなものである。

 一般に、同性愛者という存在は、その性的指向の部分が強調されがちだ。

 前世においても同性愛者はまるで全ての同性を性的対象として見るかのような描かれ方をされる事が多かった。

 結果、同性愛者だというだけで、「襲わないでね」という反応になる訳である。

 この世界においてメディアはそれほど発達していないけど、やはり戯曲や小説で描かれる同性愛者は似たようなものだった。


「クレア様。同性愛者だからといって、その反応は偏見がすぎるかと存じます」


 なので、ミシャの反応は意外なものだった。


「どこがですの?」

「例えば、クレア様は異性愛者ですよね?」

「当たり前ですわ」

「セイン様が好きなんですよね」

「レイ、茶々を入れないの。ちょっと黙っていて」


 怒られてしまった。

 仕方なく黙る。


「クレア様が男性に、襲うなよと言われたらどう思いますか?」

「私はそんな痴女じゃありませんわよ!」

「そうですよね。でも、クレア様がレイに言ったことは、まさにそういうことですよ」

「……あ」


 クレア様ははっとした顔になった。


 ミシャの認識はとても健全で正しい。

 同性愛者というのはただ性的指向が普通の人と異なっているだけで、他はまったく変わらない。

 常に欲情しているわけではないし、むやみやたらと性的な言動をするわけでもない。


「ま、まあ……。好きになった相手がたまたま女性だったというだけですよね。性別なんて関係ないってことですよね」

「ん? それは違うよ?」

「え?」

「性別はちゃんと関係ある」

「そ、そうなの?」


 レーネの言い分は、これまたよくある同性愛者への思い込みである。

 クレア様が抱くような偏見が負の思い込みだとするなら、レーネのもまた正の思い込みとも言うべき偏見である。

 バイセクシュアルであればまた話は別なのだが、同性愛者は異性を性的な意味で好きにならない。

 好きになれば性別は関係ないというのは、あるいは理屈としては正しいのかもしれないけど、少なくとも私は男性を好きにはならない。

 性別は、ちゃんと関係あるのだ。


「そうなのね。私もよく知らなかったわ」

「まあ、知る機会もないだろうから、仕方ないと思うよ」


 この世界ではまだ同性愛というのは圧倒的少数派である。

 偏見も強いし、理解も少ない。

 戯曲や小説の中で描かれる同性愛者は、クレア様の思い込みのような性にだらしない人か、あるいはレーネの思い込みのような極端に理想化された存在である。

 ダイバーシティなんて夢のまた夢のような世界だ。


「私たちにもっとこうして欲しい、とかそういうことはある?」

「んー、別にないかな。私はクレア様を毎日愛でられるだけで幸せだし」

「あなた、そういうことばっかり言っているから、私も身の危険を感じるんですのよ?」


 うん、その点は全面的に私が悪い。

 言ってみれば、前世において同性愛者の偏見をまき散らしていた、同性愛を売りにする芸能人のような振る舞いを私自身がしているようなものである。

 でも――。


「茶化さないとやっていけないんですよねー」


 ははは、と私は笑った。

 でも、その笑いには誰も呼応してくれなかった。


「レイ……あなた……」


 ミシャが気遣わしげな視線を送ってくる。

 あーあ、こうなるから、あんまりこの話したくなかったのに。


「大丈夫、大丈夫。思いが報われないなんていつものことだから」


 そうなのだ。

 悲しいことだけど、厳然たる事実として同性愛者というのはマイノリティである。

 誰かを好きになっても、その思いが実ることはほとんどない。


 でも、それは仕方のないことなのだ。

 誰が悪いわけでもない。

 強いて言うなら、運が悪かっただけだ。


 もっと言えば、恋愛で辛い思いをするのは同性愛者だけではない。

 私はレーネをちらりと見た。


「ん? なーに、レイちゃん?」

「ううん、なんでも」


 これについてはまたいずれ触れることになるだろう。


「じゃあ、レイはクレア様のことは諦めているわけ?」

「今日はずいぶん踏み込んでくるね、ミシャ」

「気を悪くしたなら謝るわ」

「そんなことはないけどね。そうだねー。諦めてるかと言われると、そうだとも言えるし、違うとも言えるかな」

「どういうこと、レイちゃん?」


 レーネも尋ねてくる。


「クレア様に思いを受け取って貰えるとは考えてないよ。クレア様には好きな人いるし、それを応援してるし、近くにいられるだけで幸せだし。でも――」

「でも?」


 クレア様も問うた。


「でも、だからってクレア様のことを完全に諦められるかっていうと、それはちょっと無理ですねー」


 あはは、と笑ってまたちょっと茶化しておく。

 今度もまた上手くいかなかった。

 調子狂うなあ。


「まあ、そういうわけなので、クレア様は今まで通りでいて下さい。私は現状の関係で割と幸せなので」

「……そう……」

「別に好きになってくれてもいいんですけれどね?」

「なりませんわよ」

「デスヨネー」


 クレア様が即座に否定してくれたおかげで、ちょっとだけいつもの感じに戻った。

 うんうん、その調子、その調子。


「はい、この話はここまで。じゃあ、クレア様。いつも通りイチャイチャしましょうか」

「しませんわよ!? ってか、したことありませんわよ!?」

「またまた。まんざらでもないくせに」

「寝言は寝てからおっしゃい!」

「あはは」

「……」


 もう完全にいつも通りだ。

 さっきまでのシリアスな感じは霧散している。

 私がクレア様をいじり、クレア様がムキになり、レーネが宥めて、ミシャがそれを見守っている。

 本当にいつも通りだ。


 そう、いつも通り。

 いつも通りに、私はちょっとだけ……本当にちょっとだけ辛い。


 前世において、よく、同性愛者への偏見を無くそうとする識者が、テレビに出てくる同性愛を売りにした芸能人を批判することがあった。

 その主張はきっと正しくはあるのだろう。

 でも、私はこうも思う。

 真偽のほどは定かじゃ無いけど、茶化してでもいないとやってられないんじゃない人もいるんじゃないか、と。


 もちろん、そういう芸能人が偏見を拡大しているのは事実だ。

 出来れば偏見もなくなった方がいい。

 でも、現実にいる同性愛者の人でも、わざとそういった偏見が求めるような振る舞いを自らする人は一定数存在する。

 理由は人それぞれだろうが、中にはいると思うのだ。

 茶化さないと生きていくのが辛いっていう人たちが。


 人を好きになっても、応えて貰えることはほとんどなくて、何も言わなければ異性よりも近くにいられるけど、好きになった瞬間から誰よりも遠い。

 そんなことを何度も繰り返している内に、知らないうちに笑い飛ばすしかなくなってしまったような人たちがいるのではないだろうか。

 同性愛者の全員がそうだとは決して言わない。

 でも、少なくとも私はそうだった。


「クレア様」

「なんですの」

「私のこと嫌いですよね?」


 今日も私はクレア様にそう問いかける。

 好きですか、なんて聞かない。

 聞けない。

 答えが分かりきっているから。


「当たり前でしょう」

「デスヨネー」


 そして、いつもの通りこう続ける。


「でも、私は好きですよ」


 たとえ届かなくても、報われなくても、私はクレア様が好きだ。

 未来などない。

 それでも、思うことをやめられない。


「同じ同性愛者の人を好きになればいいんだろうけどねー」


 でも、恋とは落ちるものだと私は思う。

 相手を選べるようなものじゃない。


 本当に、恋愛ってやつはやっかいだ。

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