第14話 王子様ゲーム~セインの場合~

 第二王子、セイン=バウアー。

 我が主、クレア様の思い人にして、こじらせちゃった系男子である。

 容姿も別に悪くないのだが、どことなく陰のある感じだ。

 陰のある美青年ともなれば普通人気が高いものだが、セイン様の場合、そのこじらせ具合ゆえに「根暗」とか「陰キャ」とかそんな評価が多い。


 試験以降、セイン様に敬遠されている私だが、そこはクレア様のメイドということで、接触する機会がない訳ではない。

 クレア様はなんとかセイン様と交流を持とうと頑張っているのである。

 例えば、それとなく講義の時の隣に座ったり、午後の社交の時間にアプローチをかけてみたり、食事の時間に同じメニューを食べて話題をふったり。

 それはまあ、本当に健気なのである。


 しかし、クレア様も優秀な方だから、セイン様にとっては苦手な相手に違いはなく、そのモーションのことごとくが失敗に終わっている。

 本当に困ったこじらせ王子様である。


 とはいえ、いつまでもクレア様を避けて貰う訳にもいかない。

 私の目的はクレア様を愛でることであると同時に、クレア様に幸せになって貰うことでもある。

 なんとかしてクレア様の恋を応援したい。

 何かいいきっかけはないだろうか、と考えていると、


「あら? この音はなんですの?」

「何か聞こえてきますね」


 クレア様とレーネが何かを聴きつけたようだ。

 私も耳を澄ます。


「あ……」


 チャンスだ。

 これはゲームであったセイン様のイベントである。

 セイン様には竪琴を弾く趣味があるのだが、ある時、主人公がそれを偶然耳にするというイベントがあるのだ。

 ほぼ全ての面で他の王子に及ばないセイン様だが、こと竪琴の演奏にかけては一つ飛び抜けている。

 第一線で活躍するプロをもしのぐ腕前なのだ。

 主人公はその音色に聞き惚れて、素直に賞賛するのだが、セイン様は素直に喜ばないというのがイベントの概略である。


「クレア様、こちらです」

「?」

「ちょっと、レイちゃん」


 とあるご令嬢のお茶会へと移動する途中だったクレア様たちを、少し強引にセイン様のところまで誘導する。

 このイベントを逃すと、次はいつになるか分からない。

 ご令嬢には悪いが、ここはセイン様を優先させて貰おう。


「ちょっと平民、どこに向かってますの?」

「しぃー! ほら、見てみて下さい」


 建物の陰から、学院の中庭の一角をのぞき見る。

 池の畔にある東屋。

 そこに、私の予想通り、独り竪琴を奏でるセイン様の姿があった。


「セイン様……」

「わぁ……素敵な音色です」


 セイン様に気づいたクレア様とレーネが感嘆の声を出す。

 ゲームと同じく、セイン様の演奏の腕は素晴らしいものだった。

 繊細さを縦糸に優美さを横糸に編まれた、極上のベルベットのような旋律は、人の心に確かに訴えるものがあった。


「素敵ですわ、セイン様!」


 まだ演奏の途中だというのに、クレア様が空気を読まず賞賛の声を上げて東屋に駆け寄って行った。


「! ……クレア様、それは悪手ですよ」


 この時点ではどの選択肢を選んでも、セイン様が素直に賞賛を受け取ることはないのだが、一番好感度が上がるのは最後まで聴き終えてから近づく、というものなのだ。

 案の定、セイン様は演奏を中断して、クレア様をうっとうしそうな目で見つめている。


「……お前は……フランソワ家の」

「クレアですわ。そろそろ覚えて頂けると嬉しいですの」

「……ああ……そうだったな」


 言いながら、竪琴をしまい始めるセイン様。


「あら? もう弾かれませんの? わたくし、もっと聴かせて頂きたいですわ」

「……こんなものは戯れだ。他人に聴かせるような代物ではない」

「そうでしょうか? お上手でしたよ?」


 クレア様もレーネも、口をそろえて褒めそやした。


「……竪琴など、教養くらいにしか役に立たん。王の資質には関係ないものだ」


 そう言って、竪琴をしまい込んでしまった。


 セイン様にとって重要なのは、自分が立派な王になることなのだ。

 彼の理想は現国王であるロセイユ=バウアー陛下。

 でも、セイン様は自分が王に遠く及ばないと思っている。

 セイン様の竪琴は本当に素晴らしいものなのだが、王として必要な能力以外の価値を彼は認めない。


「なら、国王に必要な資質が問われるゲームでもしますか?」

「……ほう?」


 私の言葉に、セイン様の眉がぴくりと跳ねた。


「……レイ=テイラーか。クレアのメイドになったとは聞いていたが」


 なんで私の名前は覚えてるんだ。

 私なんかよりもクレア様の名前を覚えんかい。


「おかげで幸せな毎日を送っております」

「……そのことはいい。王の資質が問われるゲームとはなんだ? チェスか? 確かお前は大した腕前だそうだな」


 だからなんでどうでもいい私のことを知ってるんだ。

 そんなことを覚える暇があったら、さっきから恋する乙女の嫉妬百パーセントの、クレア様の視線に気付けというのに。


「国王の資質が問われるゲーム……それは」

「……それは?」

「ずばり、王様ゲームです」


 嘘八百である。

 こんなもので国王の資質が計れるわけがない。


「……ほう、面白そうだ。どんなゲームだ?」


 ご存じの方が多いと思うが、一応、説明しておこう。

 王様ゲームとは人数分の番号の書かれたくじを引き、一番を引いた者が王様となって、「○番と△番が□する」というような命令をする、というものである。

 私は同じことを全員に説明した。


「……そんなもので王の資質が計れるのか?」

「はい」

「……いいだろう、やってやる」


 私はこよりをよって手早くくじを作ると、一から四の番号を振った。


「では、皆さん、引いて下さい」


 セイン様、クレア様、レーネの順番でくじを引いた。

 私は残りの一本を手に取る。


「では、王様だーれだ?」

「……なんだそれは?」

「このゲームの作法です。くじ結果を検証するときに、みんなで言わなくてはなりません」

「……そうか」

「はい、じゃあ、もう一回」


「「「「王様だーれだ?」」」」


 最初の王様は――。


「俺か」


 セイン様だった。

 さすがである。

 セイン様には裏設定として、「わかりにくい幸運の持ち主」というものがある。

 Revolutionのプレイヤーが最初にこれを知った時の反応は大体、セイン様のどこが幸運なのか、である。

 優秀な兄と弟に囲まれ、自分は一人劣等感に苛まれて、クレア様という悪役令嬢につきまとわれる彼のどこが、と。


 運営の説明はこうである。

 兄弟が優秀であるということは、セイン様の身近に優秀な人材がいるということで、必ずしも不幸なことではない、むしろ幸せなことであるというのだ。

 クレア様に関する説明はさすがになかったが、とにかくセイン様にはそういう一見すると分からない幸運があるのである。


「では、セイン様。ご命令を」

「……む……。そうだな……」


 セイン様は何を命令するか迷っているようだった。

 それもそのはず、セインさまは王子なのに、生まれてこの方他人に指図した経験が薄いのだ。

 彼はロッド様やユー様のように、息を吸うように王子として振る舞うことが苦手なのである。

 ロッド様は俺様、ユー様はたぬきと違いはあれども、二人ともごく自然に自分が王子であることを受け入れている。

 ところがセイン様は、自分など王族にふさわしくないとすら思っているため、人に命令をしたことがほとんどない。


 セイン様はしばらくうんうん唸っていたが、やがて命令の内容を決めたようだった。


「……二番が三番の手を握る」

「二番は私です!」

「くっ……三番はわたくしですわ」


 私がクレア様の手を握ることになった。


「ではクレア様、手を出して下さい」

「仕方ありませんわね」


 私はクレア様のほっそりとした手を握った。

 強く握ったら折れてしまいそうな、小さくて華奢な手である。

 私はその感触を堪能しながら、おもむろに親指でクレア様の手の甲を撫でてみた。


「きゃっ!? ななな、何してるんですの!?」

「いやあ、クレア様の手のすべすべ感を味わおうと思いまして」

「普通に握りなさいよ! さ、もういいでしょう? 次に参りましょう」

「そうですね。では二回目――」


「「「「王様だーれだ?」」」」


 二回目の王様は――。


「わ、私です」


 レーネだった。

 平民である自分がややもすると王族に命令することになるかもしれないということで、かなりうろたえているようだった。

 先ほどのセイン様よりも長く悩んだ後、口にした命令は――。


「四番が二番の頭を撫でて下さい」

「……四番は俺だ」

「に、二番はわたくしですわ」


 おお、これはアタリだ。

 レーネ、ぐっじょぶである。

 これもセイン様のわかりにくい幸運……ではない。


「……婦人の髪にそう軽々しく触れるものではないと思うんだが……」

「セイン様、ルールです」

「……しかし……」

「セイン様、わたくしなら平気ですから」


 むしろ早く、とでも言いそうなクレア様である。

 可愛いなあ。


「……なら、すまんな」


 セイン様はおずおずとクレア様の頭に手を伸ばし、ゆっくりと優しく撫でた。


「はふぅ……」


 クレア様、ご満悦である。


「……もういいだろう。次だ」


 時間にして十秒にも満たない間だったが、セイン様は顔を真っ赤にして手を引っ込めた。


「はい。では三回目――」


「「「「王様だーれだ?」」」」


 三回目の王様は――。


「あ、私ですね」


 私だった。

 さーて、ここは何としてもクレア様とセイン様をくっつけるような命令をしたい。

 私はレーネに目配せした。

 レーネは三回瞬きを返す。


 先ほどのレーネが王様の回もそうなのだが、実はゲーム前にレーネとイカサマを仕込んでいたのだ。

 どちらかが王様になった時に、瞬きの回数で自分の番号を伝えるように打ち合わせている。

 そうか、レーネは三番か。

 なら、クレア様とセイン様は一番か二番。

 ここはどっちがどっちでも損をしない命令をしよう。


「では、一番と二番はキスして下さい」

「……なんだと?」

「ちょ、ちょっと平民!?」


 やってやったぜ。

 セイン様は目が据わっているし、クレア様は取り乱している。


「……おい、さすがにその命令はダメだろう」

「そ、そうですわよ」

「おや? 王様の命令は絶対ですよ? さ、早くなさって下さい」

「……分かった」

「セイン様!?」


 セイン様の思わぬ発言に、クレア様が瞠目する。


「では、キスを――」

「……そうではない」

「セイン様?」


 セイン様の固い声に、クレア様が少し怯えたような声をだした。


「……このゲーム、王の資質などになんら関係ないな?」


 セイン様が私をにらみつけてきた。


「……俺をからかったのか?」


 事と次第によっては許さんぞ、という目である。

 ふう、ここが潮時かな。


「さすがです、セイン様」

「……なに?」

「このゲームの本質は、まさにその事実に気づけるかどうか、なのです」


 嘘八百である。

 けど私も、ここで手打ちにされる訳にはいかない。


「もしあのまま、セイン様が無体な命令に従っていたら、セイン様に国王の資質はありませんでした」

「……試したのか、俺を」

「それについてはお許し下さい。ですが、やはりセイン様は国王の資質をお持ちです」

「……」


 複雑な表情のセイン様である。

 試されたことは気にくわないが、王の資質ありと他人から認められたことはまんざらでもない、といったところだろうか。


「……帰る」

「セイン様!」


 仏頂面をして、でも私を手打ちにはせずに、セイン様は席を立って東屋を出て行った。

 その後ろ姿をクレア様が気遣わしげに見送る。


「レイちゃん」

「なに? レーネ」

「今の話、本当?」

「や、ただ私がクレア様で遊びたかっただけ」

「へ、平民! あなたねぇ……!」


 とはいえ、セイン様は王様としても無体な命令を出さなかったし、キスの時もその場の雰囲気に流されずにきちんとノーと言った。

 こういう所はセイン様のいい所だと思うのだ。

 まあ、彼の場合嫌と感じることが多すぎるのが玉に瑕なのだが。


「クレア様」

「何ですの」

「セイン様に頭を撫でられてどうでした?」

「△◆◇×○!!!」


 うん、クレア様も楽しんだようで何より。

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