第16話 魔法の講義

 この世界において、魔法は最先端技術である。

 日本でいえば魔法はIT技術、魔道具は最新家電のようなものだといえばお分かり頂けるだろうか。

 もっとも、事は家電に限らない。

 行政や軍事にまで渡って、魔法と魔道具は普及し始めている。

 前にも言ったが、これをいかに活用していくかがこの世界における国力の差となって現れる。


「魔道具の要となるのが、この魔法石です」


 教師が基本となる魔道具である魔法杖の先を指し示した。

 そこには不思議な色合いの石が嵌まっていた。


 魔法石は魔道具が開発されるきっかけとなった石で、術者の魔力に感応して様々な現象を引き起こす。

 一般に、大きくて純度が高いほど高級品であり、より大きな現象を起こすことが出来る。

 どの国でも、魔法石の採掘・販売は国の管理下にあり、この国では王室管理の下、レーネの実家であるオルソー商会がその発掘と流通を取り仕切っている。

 これを聞けば、レーネの実家が市場でどれほど高い地位にいるかがお分かり頂けるだろう。


「ではみなさん。基本の魔法弾を作って的にぶつけて下さい」


 教師の指示に従って、みな二十五メートルほど先の的に魔法弾を放ち始めた。

 この魔法弾は主に戦闘用の魔法である。

 軍事用の魔法としては弱いが、護身用として重宝する使い勝手のいいものだ。

 護身というのはなにも人間の犯罪者だけを想定しているのではない。


「魔物の弱点は核となる魔法石です。属性には相性があり特に効果の高い四すくみがあります」


 そう、この世界には魔物がいるのだ。

 魔物は魔法石の発見と一緒に歴史上に出現した。

 一般的な学説では、動物が魔法石を取り込むことで魔物になると言われている。

 魔物と化した動物は変化前よりも大幅に能力が上がり、姿形も変化する。

 中には元の動物が想像できないようなものや、おとぎ話に出てくるような存在に近いものもいるようだ。


 魔法の属性については、今は割愛する。


「レイ。あなたさっきから上の空だけど、大丈夫なの?」

「あ、ミシャ」


 ミシャが怪訝な顔でこちらを見ている。

 いけない、ぼーっとしていた。


「いくら二属性持ちデュアルキャスターだからって、普段の練習を怠るのはよくないわよ?」

「そうだね、うん」


 ミシャは基本的に真面目さんである。

 彼女にならって私も真面目に魔法弾の練習をすることにする。

 的を見据え、魔法杖をかざした。


「えいっ」


 魔法杖から黒と青二色の魔法弾が飛び出した。

 魔法には象徴色というものがある。

 地属性は黒、水属性は青、火属性は赤、風属性は白、といった感じだ。

 一般に色が濃いほど強い魔力が込められていると言える。


 私が放った魔法弾はまっすぐに直進し、分厚い木製の的に直撃し――粉砕した。


「……」

「……」

「あ」


 周囲の視線が痛い。

 ちょっと手加減を誤ったらしい。

 修復不能なほどに壊れた的を見ながら、やってしまったと後悔する。


「ふん!」


 直後、私の壊したすぐそばの的が炎上して崩れ落ちた。

 やったのはもちろん、クレア様である。


「いい気にならないことですわ。それくらい、二属性持ちデュアルキャスターじゃなくても出来ますのよ?」


 あごをくいっと上げて高笑いするクレア様。


「クレア様」

「なんですの?」

「カッコイイです。結婚してください」

「なんでそうなりますの!?」


 ちょっとしたことで決めポーズが崩れてしまうクレア様が、今日も愛しくて仕方ない私である。


「こらこら、気を抜かない。魔法は扱いを間違えれば危険な技術ですよ。使うときは慎重かつ真剣に」


 初老の先生にやんわりとたしなめられた。

 うん、これは私たちが悪い。


「すみません」

「失礼しましたわ」


 私だけでなくクレア様までもが素直に頭を下げた。

 ちなみに、この先生はトリッド先生という。

 先生は適性こそ中であるものの、王国で唯一確認されている三属性持ちトライキャスターで、魔法研究の第一人者だ。

 見た目は冴えない初老のおじさん……あるいはおじいさんなのだが、実は凄い人なのである。


 魔法研究において、この国は他国に一歩後れを取っていた。

 王国はそれまで周辺国の中で随一の軍事力を持っていたため、それにあぐらをかいてしまい、新技術であった魔法の価値を正当に評価しなかったからだ。

 優れた魔法研究者は次々に王国外に流出し、現国王になって魔法重視の政策が打ち出されてからも、しばらくその遅れは取り戻せなかった。


 そんな時、彗星のように現れたのがこのトリッド先生だ。

 彼はどこで学んだのか、優れた魔法技術を王国にもたらした。

 魔法の基礎理論から魔法石の採掘法、魔道具の開発法に至るまで、今の王国の魔法技術の基礎は全てこのトリッド先生が作り上げたものである。

 それでも、最先端の魔法技術からは少し遅れているらしいのが、魔法という技術の時代性を物語っていると言えるかもしれない。


 まあ、そんな訳で、クレア様もこの先生には敬意を払っているのだ。

 先生の身分はその魔法に対する貢献をもって送られた騎士である。

 公的な身分としては公爵家であるクレア様の足下にも及ばないが、クレア様は本当に優れたものには敬意を払う人なのだ。

 対抗意識も燃やしちゃうけど。


「みなさん魔法杖と魔法弾には慣れて来ましたね。それでは系統魔法の解説に移ります」


 パンパン、と手を叩いて合図し、トリッド先生が注目を集める。


「魔法は個人の先天的な素養に依存する部分が大きいですが、それでも属性によって大まかな系統があります」


 そう言って、トリッド先生は手のひらを的に掲げた。

 地面が盛り上がり、壁のようなものが立ち上がる。


「まず地属性は主に防御に使われます。土壁を張ったりするのは基本ですね。高位の術者になると、城壁を作り上げる者もいます」


 次に先生は壁に向かって火の弾を放った。

 土壁に炸裂し、一部が欠ける。


「火属性は主に攻撃。火の矢や弾を撃ち出すのが一般的ですね。これも高位になると、辺り一面を火の海にするようなことも出来ます」


 さらに、先生は土壁に近寄って、欠けた部分に手を当てた。

 欠けた部分が映像の巻き戻しのようにみるみる元に戻る。


「水属性は主に回復です。傷や病気を治すのに使われますね。高位な者になると、部位欠損なども治せると言いますが、死者は決して蘇りません」


 そこまで言うと、先生は土壁をもとの地面に戻した。


「風属性は私は使えませんが、主に補助的な役割に使われます。火属性の魔法と合わせれば攻撃力が増し、水属性と合わせれば回復量が増す、といった具合です。ただ、反属性である土属性とは若干相性が悪いので気をつけて下さい」


 先生はそこで解説を終えると、各自今見たことを実際にやってみるように、と指示を出した。

 風属性は個別に先生が相談に乗るらしい。

 先生は適性こそないものの知識は膨大にあるので、風属性の魔法でどんなことが出来るかについてのアドバイスに不足はないだろう。

 風の高適性を持つミシャが、さっそく先生に相談に行っていた。


「よう、レイ」

「おはよう」

「おはようございます、ロッド様、ユー様」


 ロッド様とユー様がやってきた。

 セイン様はどこだろうと辺りを見回すと、トレッド先生のところにいた。

 そういえば、彼も風の適性だった。


「派手に的をぶっ壊してたな。さすがだ」

「僕らは魔法はあんまり得意じゃないから、少し羨ましいよ」

「はあ」


 褒められて悪い気はしないが、この二人よりももっと褒めて欲しい人がいる。


「クレア様」

「なんですの。わたくし、今、忙しいんですのよ?」

「褒めてください」

「……唐突になんですの、あなたは」


 クレア様はあきれ顔で私を見た。

 そんな私たちの様子を見て、ロッド様はからからと、ユー様はくすくすと笑った。


「お前ら、ホント仲いいのな」

「とんでもない誤解ですわ。わたくしはこの者に心を許した覚えはありません」

「だそうだよ、レイ?」

「そんなクレア様が大好きです」

「……もういいですわ」


 疲れた様子のクレア様である。


「大丈夫ですか?」

「誰のせいだと思ってますの!?」

「私ですね! ごめんなさい! 大好きです!」


 と、今日も今日とて夫婦漫才(一方的)をする。


 悲鳴が上がったのは、その時だった。

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