第7話 最初の勝負(2)

 試験から三日後。

 結果が貼り出される日である。


「目の下にくまが出来てますわよ?」


 放課後の廊下、掲示板の前で結果を待つ私に、クレア様が話しかけてきた。


「ええ、実は一睡も出来なくて……」

「おーほっほっほ。お気の毒様ですわ。でも、約束は約束ですのよ?」

「はい、クレア様に何して貰うかを考えてたら、夜が明けてしまいました」

「そっちですの!?」


 だって、ゲームじゃこんなこと出来なかったし。


「わたくしに勝てるとお思い? おめでたい頭ですわね」


 自信満々のクレア様である。

 そりゃあそうだろう。

 クレア様からしてみれば、負ける要素がないんだから。


「まあ、結果は見てみないと分かりませんよ?」

「火を見るよりも明らかですわ」

「ふふ、二人とも仲がいいね」


 火花を散らす私たちの会話に入ってきたのはユー様だった。


「自信はどうだい、レイ?」

「まあ、ぼちぼちですね」

「ふふ、楽しみだ。ミシャはどう?」

「最善は尽くしました」


 想い人に声を掛けられても、あまり嬉しそうではないミシャ。

 彼女は自分がユー様にふさわしくないと思い込んでいるのだ。

 家が没落してしまったこともそうだし、ユー様という才能の塊に、自分が出来ることは何もないと思っている。

 それでも、恋心というものは止められないのだから、本当に恋愛というやつは厄介である。


「さーて、二番は誰だろうな?」


 ロッド様もやってきた。

 発言の意図するところは「俺が一番に決まってるだろ」である。

 やっぱり苦手だ、この人。


「……」


 最前列で悠然と結果を待つクレア様とそのそばにいる私たちだが、ずっと離れたところに憮然とした顔で立っているセイン様も見えた。

 彼としては面白くもないイベントだろう。

 自分の能力を突きつけられる訳だから。


 誤解のないように言っておくと、セイン様が劣っているというのはあくまで三人の王子の中で比べればの話だ。

 一般的なレベルで見れば、セイン様は十分有能な人物である。

 他の二人の王子が規格外過ぎるだけで。


「来たわね」


 ミシャの声に我に返ると、事務員が紙を持ってこちらにやってくる所だった。


「覚悟はよろしくて?」

「クレア様を堪能する覚悟はとうに」


 まず貼り出されたのは教養の結果だった。


 ・教養科目結果――――――――

 一位:ロッド=バウアー(100点)

 二位:ユー=バウアー(98点)

 二位:レイ=テイラー(98点)

 四位:クレア=フランソワ(95点)

 ・

 ・

 七位:ミシャ=ユール(90点)

 ・

 ・

 十位:セイン=バウアー(87点)

 ―――――――――――――――


「なっ!?」


 クレア様が絶句した。

 私はといえば、二問間違っちゃったかーという感想である。


「ほう? 俺とユーがワンツーフィニッシュなのは当然としても、レイもやるじゃねーか」

「やるね、レイ」

「ありがとうございます」


 王子二人のねぎらいを受けつつ、私はクレア様を見た。

 貴族の自分が平民相手に教養で負けたことが信じられない様子である。


 ゲームのプレイヤーのほとんどはアンチョコを見ていた、と私は言った。

 でも、私は違ったのだ。

 私は教養試験で出る全ての設問の問題と答えを暗記していたのである。


 理由は、私が「Revolution」の二次創作をしていたからだ。

 「Revolution」の世界とキャラを使った同人ノベルを作って、即売会で販売していた。

 同人ノベルを書くために、世界観の全てを知っておく必要があったのだ。


 もちろん、そこまでガチにならなくても同人誌は書ける。

 だが、私が書いていたのはゲームの最後で没落した後のクレア様が、自分の領地で才覚をあらわして成り上がっていく悪役令嬢ものだった。

 領地改革ものには世界設定の把握が不可欠だったため、私は設定資料集を買って読み込みまくったのだ。

 正直、開発スタッフよりも詳しい自信がある。


 そんな私だったので、教養試験でクレア様に負けるつもりは微塵も無かった。

 結果にも驚きはない。

 クレア様は白くなるほど拳を握りしめて、わなわなと震えているけど。


 続いて礼法の結果が貼り出された。


 ・礼法科目結果――――――――

 一位:ユー=バウアー(100点)

 二位:ロッド=バウアー(98点)

 三位:クレア=フランソワ(97点)

 四位:セイン=バウアー(95点)

 ・

 ・

 八位:ミシャ=ユール(90点)

 ・

 ・

 二十二位:レイ=テイラー(75点)

 ―――――――――――――――


 教養の結果のショックで蒼白だったクレア様の顔に、血の気が戻ったのが分かった。

 こちらを見て、どや顔してくる。

 可愛いです、はい。


「さっきのは偶然でしたのね。化けの皮が剥がれたということですわ」

「そうですね」


 実際、これはクレア様の言うとおりだ。

 礼法の試験で評価されるポイントは全て分かっている。

 でも、分かっているのと実際にその通りに振る舞えるのとは別問題である。


 私は高校時代に和装礼法部という礼法を学ぶ部活に所属していたから、基礎的なことは出来ているつもりだ。

 ただ、礼法というのは文化やシチュエーションごとに異なるものだから、一朝一夕にこの世界のそれを身につけることは難しかった。

 生粋の貴族であるクレア様に敵う訳がない。

 二十二位という成績は、むしろ頑張った方だと思う。


 そして最後に、魔法力の試験結果も貼り出された。


 ・魔法力科目結果―――――――

 一位:レイ=テイラー(測定不能)

 二位:ミシャ=ユール(98点)

 ・

 ・

 六位:クレア=フランソワ(92点)

 ・

 八位:セイン=バウアー(90点)

 九位:ロッド=バウアー(88点)

 九位:ユー=バウアー(88点)

 ・

 ・

 ―――――――――――――――


「なん……ですって……?」


 再び絶句するクレア様。

 私はといえば、やったぜ、である。


 実はこの結果、ヒロインである私には出来レースみたいなものなのだ。

 まず、基礎魔法力だが、ヒロインは地と水二つの超適性なのである。

 複数の属性を持っている時点でもう規格外なのに、その二つともが最高ランクの超適性。

 さらに魔道具操作も基本的には基礎魔法力に比例していい結果が出るので、これも必然的にヒロインがトップとなる。

 つまり、魔法力科目の試験のトップは確約されているのだ。


 そして最後が総合結果で――。


 ・総合結果―――――――――――――――――――

 一位:ロッド=バウアー(286点)

 一位:ユー=バウアー(286点)

 三位:クレア=フランソワ(284点)

 ・

 五位:ミシャ=ユール(278点)

 ・

 ・

 十位:セイン=バウアー(272点)

 ・

 ・

 ※なお、レイ=テイラーの成績は特異なものであったため、今回は別扱いとする。

  学院では次回以降の評価方法を見直す予定である。

 ――――――――――――――――――――――――――


 というわけである。


 以前、ゲームにおいてクレア様に勝つことは、最初なかなか難しいと言ったが、それは教養と礼法の試験で点数を取るのが大変だからだ。

 この二つでよほど低い点数を取らない限り、結果はこのようになるのだ。


「納得いきませんわ……」


 唇を噛むクレア様に、取り巻きたちがフォローを入れる。


「でも、両王子に続いての三位ですよ! 凄いじゃないですか!」

「そうですよ! さすがクレア様!」

「……そ、そうね……そうですわよね」


 と、少し気持ちを立て直した所へ、


「クーレーアーさーま!」

「ひっ!?」


 すかさず畳みかけにいくのが私である。


「そんなお化けでも見たような声上げないで下さいよー」

「上げてませんわ。何ですの? ご覧の通り、勝負はご破算ですわ」

「なに言ってるんですか? クレア様、勝てなかったじゃないですか」

「え?」


 どうやらまだ気づいていないらしい。


「誓いの内容はこうですよ? クレア様が勝ったら私が学院を去る。勝てなかったらクレア様が私の言うことを一つ聞く」

「だから、勝負はつかなかったじゃないですの」

「ええ。つまり、クレア様は勝てなかったんです」

「……あ」


 ようやく分かって貰えたらしい。

 私がクレア様に言うことを聞いて貰う条件は、「私が勝ったら」ではなく「クレア様が勝てなかったら」である。

 後者には勝負がつかないという結果もちゃんと含まれている。


「ひ、卑怯ですわ!」

「はい、思いっきり引っかけるつもりでした!」

「そんなの無効に決まってますでしょ!」

「あれ? 反故にするんですか? 神に誓ったのに?」

「……ぐぐぐ……」


 クレア様のきれいなお顔が葛藤に歪む。

 納得は行かない、でも、貴族として神に誓ったことを反故にすることはプライドが許さない。

 そんなところだ。


「……要求は何ですの……」

「あ、聞いて下さるんですね! さっすがクレア様! 好きです!」

「いいから、早く要求をおっしゃい!」


 クレア様キレる寸前である。


「諦めないで下さい」

「は?」

「どんなに辛くて苦しい時も、最後の最後まで諦めないで下さい」


 私が口にしたお願いに、クレア様はきょとんとした顔をした。

 我ながらふわっとしたお願いだが、ちゃんと意味はある。

 これについてはそのうち語ることもあるだろう。


「……そんなことでいいんですの?」

「はい」

「……もっと無理難題をふっかけられるかと思いましたわ」

「そうして欲しいですか?」

「いいえ、結構ですわ!」


 うんうん、素直でよろしい。

 肩すかしを食らったかのようなクレア様は、視線をこちらに合わせると背筋をぴんと伸ばして、


「神に誓って、わたくしは諦めたりしません。いついかなる時も希望を捨てず、最後まであがき続けることを誓いますわ」

「結構です。クレア様」


 誓いを立てるその様子のなんと美しいことか。

 さすがクレア様。


「……次は負けませんわ」


 クレア様はそう言ってこの場を去ろうとした。

 悪役令嬢にしては潔い身の引き方だな、と私は思った。


「あ、クレア様」

「……まだ何か?」

「好きです!」

「私は大っ嫌いですわ!」


 ちょっといい感じの雰囲気はどこへやら。

 うんうん。

 やっぱりクレア様はこうじゃないと。

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