第6話 最初の勝負(1)
「あなた、平民のくせに生意気ですのよ!」
「はい! 生意気ですからもっと罵って下さい!」
今朝もクレア様は絶好調である。
ついでに私も絶好調だ。
言い忘れていたが、私が転生したのは入学式のある学院生活初日のことだった。
あれから一週間が過ぎ段々と学校にも慣れ始め、クレア様との仲も順調に深まっている……と一方的に思っている。
恒例の朝の挨拶をしに行ったら、返ってきた答えが冒頭のあれである。
取り巻きたちはといえば、いじめてもいじめても私があまりにも平然としているので処置なしと思ったのか、一昨日辺りから邪魔をしなくなっていた。
根性が足りない。
クレア様を見習いなさい。
まあ、私としては、クレア様とのコミュニケーションがスムーズで大変結構なことである。
「……そう毎回毎回、翻弄されませんのよ?」
「あら?」
今日も美味しい反応を期待していたのだが、本日のクレア様はちょっとひと味違うらしい。
不敵な笑みを浮かべると、こう続けた。
「明日、試験がありますわね?」
「ありますね」
これは日本の学校で行われている試験とそれほど位置づけは変わらない。
ただ、いわゆる教科科目ではなく、教養、作法、そして魔法力を試されるところが大きく違う。
以前は教養と作法だけだったらしいが、能力主義の導入で新たに設けられたのが魔法力という項目である……とは、ゲームの設定資料集からの抜粋である。
「Revolution」の世界は変革の時期にあった。
そのきっかけは魔法石という特別な石の発見である。
詳しくは後述するが、この石の発見により魔道具というものが発明され技術革新が起きつつあるのだ。
魔道具は世界を大きく変えようとしていて、国々はこの魔道具をいかに有効活用するかを競っている。
この魔道具を扱う適性が魔法力というものである。
そういえば設定資料集のクレア様幼少期バージョンは天使だったなあ、などと私が考えてるとはつゆ知らず、クレア様はあごをくいっと上げて、
「勝負ですわ。私が勝ったら、あなたには学院を去って貰います」
「え? いやですけど?」
「少しは考えたらどうですの!?」
きーっと癇癪を起こすクレア様だが、だってそりゃそうだろう。
私にうまみがなんにもない。
「首席入学者が逃げるつもりですの?」
「だって、学院やめたらクレア様で遊べないじゃないですか」
「だからその格助詞の使い方やめて下さらない!?」
「ははは、何を馬鹿なことを」
「おかしいのはわたくしですの!? わたくしですの!?」
うーん、楽しい。
などとクレア様を愛でていると、ふと思い当たることがあった。
これは「Revotution」で起きるイベントの一つなのだ。
クレア様はヒロインに色々な勝負を挑んでくるのだが、その最初の一つがこの学期始めの試験だった。
はじめはプレイヤー側の知識が少ないので、クレア様はなかなかに手強い。
「いいから勝負なさい!」
「んー……じゃあ、こうしましょう。クレア様が私に勝てなかったら、クレア様も何か一つ私の言うことを聞いて下さい」
「はぁ? どうしてわたくしが」
「あれ? 逃げるんですか? 自信ない訳ないですよね、内部組の首席ともあろうお方が」
王立学院には幼稚舎、初等部、中等部、高等部、大学部があり、学生には幼稚舎からずっと王立学院に通い続けている内部組と外部からの編入組がいる。
主人公は高等部からの編入組の首席だが、一方でクレア様は内部組の首席なのだ。
貴族中心の内部組と平民中心の編入組は一般に仲が悪い――というか、住む世界が違う。
実際には内部組が一方的に編入組を敵視している訳だが。
貴族と平民が寮で同室になったりすると、割と悲劇らしい。
「挑発してるつもりですの? いいでしょう。乗って差し上げますわ」
「ふふ、ありがとうございます」
「なんのお礼ですの。今から荷物をまとめて出て行く準備をなさいな」
「はい! 激励ありがとうございます!」
「してませんわよ!? もう……。ミシャ!」
「なんでしょう?」
傍観を決め込んでいたミシャが、クレア様に呼ばれてやってきた。
「あなた、証人になって下さる? 試験でわたくしが勝ったら、この平民は学院から去る。勝てなかったらわたくしが一つ彼女の言うことを聞きます」
「学院の在学資格は国王がお決めになったことですから、このような私闘でどうこうすることはあまりよくないかと思いますが」
「私闘などではありませんわ。平民は能力不足を恥じて自ら学院から去るのですから」
高笑いをしつつ、すでに勝った気になっているクレア様である。
「あなたはそれでいいの? レイ」
「いいよ」
「こういうことですわ。反故にされてはかないませんから、あなたが証人になって下さいまし。いいですわね、平民?」
「はい! クレア様にあれこれ出来るかと思うと、今からわくわくします!」
「わたくしが負けるわけないでしょう! はい、神に誓って!」
「神に誓って!」
「……見届けさせて頂きます」
この国では神に誓うということは非常に重い意味を持つ。
単なる口約束では済まなくなり、これを破ると貴族平民の別を問わず非常に軽蔑される。
こうして、クレア様と私の勝負が幕を開けたのだった。
◆◇◆◇◆
迎えた試験当日。
まず最初は教養の試験である。
これは主にこの国の歴史や文化、さらには文学などに関する知識を試される。
例えば――。
問い
王国歴一九二七年に発生した大飢饉において、国王クーリー三世が行った政策の問題点と改善策について論述せよ。
とか、
問い
王国の主要産業を一つ取り上げ、その問題点と改善策について論述せよ。
とか、
問い
古式詩法の詩を一つ作成せよ。
とかである。
見れば分かるとおり、これらの問題は全て生活に密着しているとは言えない。
平民の識字率が大して高くないこの世界において、この教養という項目はほぼ貴族の独壇場だ。
つまり、クレア様に圧倒的に有利なのである。
これが試験全体の三分の一を占める訳だから、全体の点数でもクレア様に分がある。
「これ大変だったなあ」
ゲームでは勉強という行動を取ることで知識を得ることができ、その積み重ねで試験に臨むことになる。
試験問題は論述式であるものの、ゲーム内では選択肢が提示されたので正解を選ぶだけでよかったのだが、いかんせん問題数が多かった。
ほとんどのプレイヤーは、ウェブの攻略サイトのアンチョコを見て解決していたようだ。
めんどいもんね。
次が礼法である。
これは詳しい説明は不要だろう。
読んで字のごとく、礼儀作法を試される。
今回の試験では会食が行われ、学生たちがどのように食事をするかを試験官たちが評価している。
ただの食事とあなどるなかれ。
試験は試験場となる晩餐室に入る前から始まっている。
どんな服を着ていくかから始まり、入室時の姿勢や挨拶の仕方、果ては食事中の視線の置き方までが評価の対象となる。
食事中のカトラリーの使い方だけではないのだ。
これもやはり貴族であるクレア様に圧倒的に有利である。
平民がこのような作法に接する機会などほぼないのだから。
実際、クレア様をはじめとするエスカレーター組と、外部からの編入組とでは所作の洗練さに素人目でも雲泥の差があった。
「実際にやってみるとしんどいなあ」
ゲームではやはり選択式だった。
例えば、着ていく服は黒か白かとか、入室時の挨拶の言葉はどれかとか、視線はどこに向けるかなどなど。
もちろんこれもプレイヤーたちのほとんどがアンチョコを見て解決していた。
ここまでで試験全体の三分の二。
どれも貴族に有利なものばかりで、普通に考えればクレア様に私が勝てる要素はどこにもない。
最後が魔法力である。
平民が貴族に勝てるのは、ほぼこの項目しかない。
実際、外部からの編入試験で問われたのはこれだけなのだ。
現国王の言う能力主義政策というのは、言い換えると魔法力重視政策ということが出来る。
先端技術である魔道具へのの適性は先天的な要因と後天的な要因の両方で決まるが、前者の方が大きく、それは貴族・平民の別を問わない。
貴族中心の政治に対する不満を和らげる、という大義名分はある。
でも実際には、貴族ばかり重用していては時代の流れに取り残されてしまう、というのが現国王の一番の危機意識なのだ。
貴族たちが能力主義に反発しているのも、この魔法力というものが家柄や血筋ではどうにもならないからである。
もちろん、教養や作法などの貴族が重視する項目に秀でた平民というのも、ごく僅かではあるが存在する。
そういった者たちを重用することも視野に入ってはいるのだろうが、それはやはりまだ例外的というのが現実だ。
配点が全体の三分の一というのが、時代の変わり目の真っただ中であることを象徴している。
魔法力の配点は、これからもっと大きくなるに違いない。
さて、魔法力の試験だが、これは屋外で行われた。
試験項目は、基礎魔法力と魔道具操作の二つに分かれている。
基礎魔法力は魔道具への適性の大きさを専用の魔道具によって計測する。
適性には地水火風の四種類があり、基本的には一人一つの適性を持つ。
それぞれの適性は無、低、中、高、超の五段階で評価される。
これは後天的な修練でも伸びるものの、先天的な要素が圧倒的に大きい。
ところが、クレア様は魔法力も高いのだ。
クレア様の基礎魔法力は火の高適性である。
火っていうところがらしいよね。
ゲーム開発者の趣味が見え隠れして楽しい。
魔道具操作の方は基本の魔法杖を扱う試験である。
魔法杖は汎用の魔道具で、これを使って様々な現象を起こすことが出来る。
今回はそれぞれの適性に応じた魔法弾を、どれだけ遠くまで飛ばせるかという試験だった。
「これが一番楽だったなあ」
ゲームでは魔法修練という行動を選択して魔法力を上げ、試験ではいわゆるリズムゲームのようにタイミングを合わせることで飛距離が決まる、という仕様だった。
わざわざアンチョコを見る必要も無く、タイミング合わせもそれほど難しくないので一番簡単な試験なのだ。
ただ、一部にはこの飛距離をどれだけ伸ばせるかにこだわるマニアがいた。
「Revolution」はウェブと連動していて、記録が公式ホームページにランキングされるからだ。
一位の人は開発会社から粗品が贈呈されるのだが、一位になるような人種はどちらかというと景品よりも数値自体を伸ばすことが目的のようで、私が覚えている最新の記録は平均の十倍以上だった。
とまあ、これらが試験の概要である。
一日がかりの試験を終え、私は疲労感を感じていた。
「という訳で、元気を補充させて貰いに来ました!」
「……帰って下さる?」
クレア様の部屋を訪ねると、疲れた様子ですげなく追い返された。
悲しい。
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