第5話 一応、乙女ゲームです。(2)

「よぉ、ユーにクレア。お前らもおはよう」


 そんな私たちに快活な声をかけてきたのは、短く切ったつんつん黒髪のイケメンである。


「おはようございますわ、ロッド様」

「おはよう、兄さん」


 彼の名はロッド=バウアー。

 この国の第一王子で、やはり攻略対象の一人である。


「なんだなんだ。面白いことか? オレも混ぜろよ」


 カラカラと笑うロッド様はフランクな調子で会話の輪に加わってきた。


「面白いことなんて何もありませんわ。若干一名、学院の風紀を乱しそうな輩がいるだけで」

「それはあれですか? 私と一緒に風紀を乱したいと? 乱しますか? 乱れちゃいますか?」

「乱れませんわよ!?」

「……なんだこいつ」


 クレア様と私の漫才を見たロッド様が、珍獣を見る目で私を見た。


「奨学生で今年の首席のレイ=テイラーだよ。なかなか面白い子だよね?」


 くすくす笑いながら、ユー様が紹介してくれた。

 作法としては、本当は私が自分で名乗るべきだったんだろうけど。


「確かに貴族連中にはいないタイプだな。親父の政策もなかなか笑える結果になってるじゃねーか」

「はあ……」


 これは褒められてるんだろうか。

 曖昧に相づちをうっておく。


「その反応、新鮮だな。レイか……覚えといてやる」

「どうも」

「だから不敬よ、レイ」

「どれだけの人が、ロッド様に覚えて頂きたがってると思いますの……」


 私はロッド様にも興味がなかったので、適当に反応を返していたのだけど、またミシャに怒られクレア様には呆れられてしまった。


 でも、仕方ないのだ。

 ロッド様は私の苦手なタイプ――いわゆる俺様系のキャラなのだ。

 常に我が道を行き、折れず、曲がらず、ひたすらに前へ前へ。

 考え方が超ポジティブで、性格もとても明るい。


 でも、こんな人、実際にそばにいたら疲れない?

 どうしてロッド様が人気投票不動の一位なのか、私には未だによく分からない。

 まあ、攻略キャラよりもクレア様に萌える私だから、きっと私の感性がずれているんだろう。


「セイン、お前も来いよ」

「……俺はいい」


 ロッド様の声に不機嫌そうな声で答えたのは、講義室の後方で机に突っ伏していた銀髪の青年。

 彼はすぐまた机に突っ伏すとそのまま動かなくなった。


「セイン兄さんはこういう雰囲気好きじゃないと思う」

「むしろあいつが好きな雰囲気ってどんなだよ」


 困ったように笑うユー様と、苦い顔をするロッド様。

 二人の微妙な反応からも分かるとおり、セイン様はなんというか「面倒くさい」人なのだ。


 セイン様はこの国の第二王子であり、攻略対象最後の一人だ。

 三人の攻略対象の中で、最も人気が低い。

 ユー様を王子様系、ロッド様を俺様系とするなら、セイン様はこじらせ系とでも言おうか。


 ユー様は生粋の天才肌で、あまり苦労することなく何にでも高い能力を発揮する。

 ロッド様は秀才肌で、努力の積み重ねの上でやはり高い能力を発揮する。


 そんな優秀な二人に挟まれたセイン様だが、彼は努力をしてもそこそこの能力しか発揮できない人なのだ。

 常に兄や弟と比較され続けたセイン様は、色々と面倒な性格になってしまっている。

 コンプレックスの塊で素直じゃないのだ。


 でも、私は攻略対象の中ではセイン様が一番好きだ。

 理由はクレア様が好きなのと同じく、人間くさいから。

 超人みたいな人よりも、ああ、こういう人いるよねっていう人の方が魅力を感じる。

 それは私が、夢や希望に胸を躍らせる若者ではなく、現実を知ってしまった大人だからかもしれない。

 それにしたって、私は極端すぎるとは思うけど。


「セイン様……」


 複雑な感情がこもった呟きを口にしたのは、我がいとしのクレア様だ。

 実はクレア様、セイン様にホの字なのである。


 セイン様の人気が一番低い理由の一つは、クレア様の鬱陶しさだ。

 ただでさえあれこれとちょっかい出してくるクレア様なのだが、セイン様ルートのクレア様はちょっと本当に鬱陶しい。

 おまけに、苦労人であるセイン様はエンディングを迎えてもクレア様を糾弾したりすることはせず、


「……お前の気持ちも分かる。辛かったな」


 などと言って彼女を許してしまうのだ。

 他のルート――例えばロッド様ルートなどで見られる大逆転劇の爽快感が、セイン様ルートには存在しない。

 これでは人気が今ひとつなのも仕方がないのかなと思う。

 私は「ざまぁ」はあまり好きではないなので、セイン様の対応は嫌いじゃないのだが。


「声を掛けに行ったらどうですか? クレア様」


 セイン様は基本的に自分から近寄ってくることはない。

 こちらからアプローチしなければダメなのだ。


「ど、どうしてわたくしが」

「だって、好きなんでしょう?」


 言ってから、しまったと思ったけどもう遅い。


「ち、違いますわ! セイン様のことなんてなんとも思っていませんわ!」


 図星を突かれて思わず大声を上げてしまったクレア様。

 講義室中に響き渡ったその声は、もちろんセイン様にも聞こえている訳で。


「……」


 セイン様は身体を起こして立ち上がると、表情を消して講義室を出て行ってしまった。


「あ……。どうしましょう……わたくし、そんなつもりじゃ……」


 おろおろするクレア様。

 ホント不器用だなあ。


「後で謝りましょう、クレア様」

「……! 平民風情が何を知ったような口を!」

「クレア様」


 私はクレア様と目をしっかり合わせて、声に力を込めた。


「な、なんですの……」

「セイン様は繊細な方です」

「そんなこと、知っていますわ」

「だから、謝りましょう」

「……う、うるさいですわね!」


 クレア様はガタンと音を立てて立ち上がった。


「気分が悪いですわ! わたくし、今日は帰らせて頂きます!」

「あっ、クレア様!」

「一人にして下さいまし!」


 取り巻きたちが着いてくるのも許さず、クレア様は講義室を出て行ってしまった。


「……」


 でも、私には分かっている。

 クレア様はきっと、セイン様を追いかけて行ったのだ。


「もう……可愛いんだから」


 これだからクレア様はたまらない。

 私は揺れるくるくるカールを、にまにましながら見送った。

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