第4話 一応、乙女ゲームです。(1)
「ごきげんよう、クレア様!」
講義室に入ると、最前列にクレア様とその取り巻きたちが座っているのが見えたので、嬉々として挨拶をしに行った。
講義室は私が通っていた高校の教室二つ分ほどの広さがあり、長机と椅子が後列に行くに従って高く据え付けられている。
日本の大学に通った経験のある人は、標準的な規模の講義室を思い浮かべて貰えればいい。
正面には黒板があり、教卓もある。
クレア様に近づこうとすると、取り巻きたちに行く手を遮られてしまった。
「気安く話しかけないでくれる? 私たちはあなたとは住む世界が違うの。ねえクレア様?」
取り巻きの一人が意地の悪い声でそう言った。
それを皮切りに、そうだそうだと他の取り巻きたちもはやし立てる。
「あー。あなたたちみたいな取り巻きに用はないんだ。私はクレア様に言ってるの。はい、クレア様、こきげんよう?」
「なっ!? 無礼な! 私を誰だと思ってるの。フランソワ家に代々仕えるクグレット家の――」
「だから取り巻きでしょう?」
「ク、クレア様ぁ……」
クグレット家のなにがしとかいう子がクレア様に泣きついた。
打たれ弱いなあ。
「この平民……。調子に乗らないで下さる? あなたなんかにかける言葉などなくってよ。だいたい、ごきげんようはお別れの挨拶として使うもので――」
くどくど。
あー、これだよこれ。
やっぱ取り巻きだと物足りないわー。
クレア様の罵倒が一番。
ちなみにこきげんようの用法には諸説があり、現代日本だとおはようとかこんにちはの代わりに使っても全く問題はない。
「そして結局、声をかけちゃうし、用法まで丁寧に教えてくれちゃうクレア様なのでした。好きです」
「う、うるさいですわね! あなた、わたくしをおちょくっていますの!?」
「はい!」
「全力で肯定!?」
いい反応だなあ。
今日も私は幸せだ。
「暴走するんじゃないわよ、レイ。おはようございます、クレア様」
ミシャに襟首をむんずとつかまれてしまったため、これ以上クレア様に接近が出来ない。
「離してよ、ミシャ。今、クレア様で遊んでる所なんだから」
「せめて『と』になりませんの!?」
クレア様って、絶対にツッコミの才能があるよね。
「だからそれくらいにしときなさいって」
ミシャにぺしっと頭をはたかれた。
「ミシャ……あなた、飼い猫の躾くらいきちんとなさいな」
「クレア様、レイは別に私のペットじゃないんですが」
「むしろ、クレア様に飼われたいです」
「あなたはちょっと黙ってて下さる!?」
絶叫した後、ぜえぜえと肩で息をするクレア様。
ちょっと疲れ気味だね。
「クレア様、朝から元気ないですよ? 元気だして行きましょう」
「誰のせいだと思ってますの!? いいからあっちへ行って!」
「えー」
遺憾の意を表していると、
「朝から面白いことしてるね」
柔らかいテノールが響いた。
「ユー様……」
「おはよう、クレア。キミが取り乱すところなんて久しぶりに見たよ」
くすくすと笑うのは、この国の第三王子であるユー=バウアーである。
肩書きだけでなく、本当に雰囲気と容姿がザ・王子様という感じなのだ。
柔らかいくせっ毛の金髪、朗らで優しげな笑顔。
声まで王子様してるのだから、徹底している。
ユー様は「Revolution」の攻略対象キャラの一人だ。
この王子様ルックスで、攻略キャラ三人の中で第二位の人気だった。
曰く、「かわいい」「守って上げたい」「むしろ婿にこい」だとか。
「ユー様、これは違うんですのよ! この平み……レイさんが礼を失した行動をするので、注意していた所ですの」
「そうなのかい?」
ユー様が私に視線を向けてきた。
「いいえ。礼を失するどころか、愛を込めていました」
「あなた何を言ってますの!?」
「あはは」
思わず、といった様子でまた大声を出してしまったクレア様を、ユー様がおかしそうに笑った。
「レイ=テイラーだっけ。確か今年度の首席入学者だね。勉強ばかりの子かと思ったら、なかなか面白い子だ」
「それはどうも」
私はユー様には特に興味がない。
そっけなく挨拶を返しておく。
「レイ、失礼よ。おはようございます、ユー様」
ミシャは私を軽く窘めると、ユー様に挨拶した。
「ミシャか。おはよう」
ミシャに気づくと、ユー様は親しげに挨拶を返した。
ユー様は基本的に誰にでも優しいけど、ミシャは特別なのである。
ミシャとユー様は幼なじみなのだ。
彼女の家が没落する前はかなり親しい仲で、実はミシャは今でもユー様のことを密かに慕っている。
ユー様ルートではクレア様の嫌がらせと戦う他に、ミシャとの友情とユー様への想いとの葛藤に揺れなければならない。
シナリオの出来では一番とも言われていた。
「レイが失礼しました。後でよく言っておきます」
「構わないさ。むしろミシャももっと砕けた感じで接してくれていいんだよ? 学院ではみな平等なんだから」
「……考えておきます」
などという思わせぶりな会話が展開されているのだが、
「クレア様、あれどう思います? 焼けぼっくいに火が付いたと思いますか?」
「あなたはどうしてそう、いちいち発想が低俗ですの……」
私はクレア様をいじるので忙しかった。
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