第3話 仲良くケンカしな

 学院の廊下を歩いていると、後ろから誰かに突き飛ばされた。

 転びそうになるところをすんでの所で踏みとどまり、後ろを振り向く。

 そこには一人のつり目がちなご令嬢の姿があった。


「あら、ごめんあそばせ? ぼーっと立っていらっしゃるから、置物かと思いましたわ」


 我が愛しのクレア様である。

 片手を口元に当てて優雅に高笑いする姿は、まさに悪役令嬢そのものである。

 こんなことはこれから日常茶飯事である。


「クレア様」

「なんですの? 謝罪を求めても無駄ですわよ? そんなところでぼーっとしている平民が――」

「素晴らしいです!」

「……は?」


 クレア様は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。


「取り巻きがいらっしゃるのに、他人に頼らず自ら手を汚されるなんて! それでこそクレア様です!」

「え? ……は……え?」

「やっぱりそんじょそこらのいじめっ子とは訳が違いますね。クレア様大好きです!」

「な……なんですの、あなた」


 気味が悪いですわ、と言い捨てて、クレア様は去って行った。


「あーあ、行っちゃった」

「あなたはどうしてそんな残念そうな顔をしているの……」


 あきれ顔でそう言うのはミシャである。


「え? クレア様にいじめられ足りないからだけど?」

「私が間違ってるみたいな気がしてくるから、不思議そうな顔しないでくれる?」


 えー。


「だって、クレア様って私をいじめてるときが一番輝いてると思わない?」

「一応、いじめられてるっていう自覚はあるのね」


 そこは安心したわ、とミシャは言う。


「ほら、早く講義室に行くわよ。そろそろ授業が始まるわ」

「うん」


 今日も楽しい楽しい異世界生活の始まりである。


◆◇◆◇◆


「あーら、ごめんあそばせ。虫かと思いましたわ」


 今度は足を踏まれた。


「……さい」

「は? 聞こえませんわよ、平民。何か言いたいことがあるなら、もっとハッキリと――」

「どうせならもっと強く踏んで下さい!」

「ひっ!?」


 怯えられてしまった。

 可愛い。


◆◇◆◇◆


「どうなさったの? 平民は教科書も買えないくらい貧乏ですの?」


 教科書を隠された。


「申し訳ありません。クレア様の気持ちに気が付かず」

「は?」

「私と一緒に密着しながら授業を受けたいってことですね!? ぜひ一緒に見ましょう! 零距離で!」

「意味が分かりませんわ!」


 怒られてしまった。

 可愛い。


◆◇◆◇◆


「あら、あなた組む相手がいませんの? 全く、卑しい平民はこれだから」


 仲間はずれにされた。


「という訳でクレア様が組んでくれるそうです、先生」

「組みませんわよ!?」

「え?」

「不思議そうな顔するんじゃありませんわよ!」


 逃げられてしまった。

 可愛い。


◆◇◆◇◆


「あらあら。あまりにも汚いので泥かと思いましたわ」


 水をかけられた。


「冷たいです」

「おーっほっほ。それはご愁傷様ですわ!」

「温めてください」

「ちょっと、しがみつくんじゃないですわよ! お離し!」


 温かかった。

 可愛い。


◆◇◆◇◆


「おーっほっほ。いい気味ですわ!」


 机の上に花瓶を置かれた。


「クレア様の贈り物!」

「違いますわよ!?」

「初めてですね。押し花にして持ち歩きます」

「なんでそうなりますの!?」


 不満そうだった。

 可愛い。


◆◇◆◇◆


「あなたちょっと打たれ強すぎじゃあありませんこと!?」

「え? なんのことですか?」


 放課後。

 クレア様が癇癪を起こしたように地団駄を踏んだ。

 どうもいじめがことごとく空振りに終わってるのがご不満らしい。

 私はただ素直に思った通りの反応をしているだけなのだが。


 にしても、こんなファンタジー世界でも、いじめって日本の学校と似てくるんだね。

 日本の会社が作ったゲームなんだから、そりゃそうかもしれないけど。


 それはさておき。


「これだけ意地悪されて、どうして平然としてますの!?」

「意地悪? 愛ですよね?」

「違いますわよ!?」

「じゃあ、何だっていうんですか!」

「どうして私が怒られてますの!?」


 ぜーはー、と肩で息をするクレア様。

 いやー、いちいちツッコんでくれるから、からかいがいがあるね。


「ここまでやっても分からないなら、ハッキリ言ってあげますわ」


 クレア様は元々つり目がちな目をさらにキッとつり上げて言った。


「この学院はあなたのような成り上がりの平民がいていい場所ではありませんの。平民はおとなしく労働に勤しんでいなさい」

「クレア様を愛でるのが私の労働……いえ、奉仕です」

「……もうやだ、この子」


 クレア様、ちょっと泣きが入ってきた。


「クレア様、くじけちゃダメです。継続は力なり、ですよ」

「あなたホントになんなんですの!?」


 うわーん、と本格的に泣いて、クレア様は取り巻きを連れて行ってしまった。


「ふっ、たわいもない」

「さすがにクレア様に同情するわ」


 ミシャがよく分からないことを言っている。


「あはは、馬鹿なこと言わないでよ、ミシャ」

「どういうこと?」

「私が本気出したら、こんなもんじゃないよ?」

「……そう」


 ミシャは深く突っ込まない方がいいと判断したらしく、さらっと流した。

 これがクレア様だったら、いいツッコミを入れてくれたことだろう。


「冗談はともかくとして、あなた本当に少しも堪えてないの?」

「うん、全然」

「それは、あなたの言う愛というやつかしら?」

「それもあるけど、それだけじゃないね」


 クレア様は悪役令嬢である。

 それは間違いない。

 でも、そのいじめ方が私は愛おしい。


 例えばすでに触れたけど、クレア様はいじめるとき取り巻きにやらせず、必ず自分の手を汚す。

 貴族的な迂遠な立ち回りは出来るはずなのに、である。

 また、いじめても、一線を決して越えない。

 廊下で突き飛ばされたのは、危険な階段や曲がり角ではなく、転んでも安全な場所だし、教科書も隠すだけで捨てたり破いたりは決してしない。


 もちろん、現代日本でこんなことをしたら問題にならないはずがないけど、ここは乙女ゲームの世界であり、対象は私である。

 加害者の後付けの言い分ではなく、被害者の紛れもない本音として喜んでいるのだから何の問題があろうか。


「明日はどんな風にいじめてくれると思う?」

「知らないわよ」


 異世界生活、満喫しています。

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