最終章16話 まさか、死ぬ気ですの!?

「一番乗り! 魔王の体内に入ったよ!」


 嬉しそうにするシェノだが、俺たちの感動は薄い。


「これ、本当に魔王の体内に入ってるのか?」


「魔王が大きすぎて、どこまでが口なのか分かりませんね」


 周りの景色は何も変わりはしない。

 ここが魔王の口の中なのか、それとも宇宙なのか、その境界線は曖昧だ。

 せめて食道にまで到達しなければ、魔王の体内に入り込んだという実感はないままだろう。


「みてみて! なにかがこっちにくるよ~!」


 コターツに入っていたニミーが、窓の外を指さしそう叫んだ。

 同時に俺の袖を掴んだのはメイティ、コターツの中で口を開いたのはナツと使い魔。


「……魔王の、魔力、感じる……」


「あれは、まおーの『つかいま』たちなのです」


「まお~!」


 3人の言葉を聞いて、俺は面倒だという単語を飲み込み、外を確認した。


 外――魔王の口の中には、満天の星のような景色が。

 まさか、あの星のように見えるもの全てが、魔王の使い魔だというのだろうか。

 数千万を数えるほどの魔王の使い魔が、こちらに向かってきているというのだろうか。


《なんですかこれ!? レーダーが敵影で何も見えません!》


《全ての艦載機を発艦させろ。救世主を襲わせるな》


《撃て撃て! こんだけ敵まみれなら、テキトーに撃っても当たるぜ! ヒャッハー!》


《全砲門、攻撃用意! 撃て!》


 残念ながら、満天の星のような景色は、三途の川の景色だったようである。


 遠望装置を使えば、魔王の使い魔の姿がよく見えた。

 真っ黒な鱗に覆われ、赤黒い目を光らせる、ドラゴンのような姿をした魔王の使い魔。


「なんか、俺の使い魔よりもかわいくないな。中途半端にデカいし、顔が怖いし」


「まお~」


「のんきなこと言ってる場合じゃないですよ!」


 フユメのツッコミが炸裂するが、知らん。

 さすがに俺はお腹いっぱいなのだ。もはや魔王の繰り出す攻撃に驚く元気はない。


 ただし、あのおぞましい数の魔王の使い魔たちを放置するわけにもいかない。

 何かしらの対策は必要だろう。


「あれだけ数がいると、いちいち撃ち落とすわけにもいかないからな。炎魔法で近づけなくしてやるか」


 テキトーに思いついた方法を即実行。

 俺は片手を振り、グラットンを炎のカーテンで包み込む。


 魔王の使い魔たちからグラットンを守るため出現した炎のカーテンは、しかし一瞬で四散した。

 何が起きたのだろうと思っていると、再びフユメのツッコミが炸裂する。


「宇宙じゃ炎魔法は使えませんよ!」


「そういえばそうだった……」


 自分でもびっくりするほどの初歩的なミス。

 たぶん俺は、魔法の使いすぎで疲れているのだろう。


 問題は、魔王の使い魔たちへの対抗手段がまったく思い浮かばないことだ。

 早く何かしらの手を打たなければ、グラットンは危機的状況に陥ってしまう。


 こういうときこそ、仲間を頼るべきだ。

 疲れた頭をひねっている最中、グラットンは青白い光に包まれた。


「この光は……プロテクト! 騎士団のプロテクトです!」


「マリーたちか!」


 後方を飛ぶ航空母艦の甲板から、俺たちを援護してくれる『ムーヴ』の騎士団たち。

 おかげでグラットンは、魔王の使い魔たちによる光のブレスを受けようと、ビクともしない。


 数千万の魔王の使い魔たちに囲まれぬよう、グラットンは先を急いだ。

 光の速度の半分のスピードで魔王の体内を駆け抜ければ、俺たちは口の中を抜け、いよいよ喉の奥へ。


 ところが、先に進めば進むほど、魔王の使い魔の数は増えていく。

 まるで作物を荒らす蝗害こうがいが発生したかのような状況に、大艦隊はだんだんと追い詰められていった。


《数が多すぎる!》


《ダメだ! 完全に敵に囲まれた! このままでは――》


《インテグリダー轟沈!》


《第三三駆逐隊が半壊しています》


《ならば第一七駆逐隊に合流させろ》


 飛び交う無線。

 悲痛な叫びは一切の沈黙となり、グラットンの後方には火炎と破片が舞い散る。


「俺たち、今どこにいるんだ?」


「おそらく、喉を通り過ぎた辺りかと」


「魔核に到着するまでに、全滅しなければ良いんだが……」


 魔王の使い魔の数は、俺たちの予想をはるかに超えていた。


 レーダーは敵の反応で埋め尽くされ、赤一色となり、使い物にならない。

 数千万の魔王の使い魔は、今では数億を超えているかもしれないのだ。

 いくら『ステラー』の大艦隊といえども、この数に対処しきれるかどうかは未知数。


 そんな中で、少し気になる言葉が無線に入り込む。


《帝國艦隊、何をしている? なぜ速度を緩めた?》


 これは同盟軍艦隊から帝國艦隊への質問だろう。


 グラットンの背後にいる帝國艦隊は、事実として速度を緩めている。

 果たしてそれは、止む得ぬ事情によるものなのか、それとも――


《カーラック提督、何を企んでいますの?》


 単刀直入な疑問を投げかけたのはアイシアだ。

 この疑問に返されたのは、カーラックの尊大な物言い。


《我ら栄えある帝國軍は、敵軍に背を向けることはない! 我ら人類は、命を投げ出すことを厭わない! クラサカ=ソラトを追う魔王の駒どもは、我々がここで食い止めよう!》


 帝國軍人としての誇りを前面に押し出したカーラックの回答。

 彼女の言葉の意味を、アイシアが理解できぬはずがない。

 アイシアは語気を強め、叫んだ。


《まさか、死ぬ気ですの!?》


《世界が終われば帝國も消えてしまう。それを回避するため、私は命を投げ出すのだ。まあ、下等生物には分からぬことだろうがな》


《勝手なことを言わないでほしいですの! あなたがいなくなれば、エクストリバー帝國がどうなってしまうのか、カーラック提督なら分かるはずですわ!》


《黙れ下等生物! 人類を馬鹿にするな! 私が死んだところで、人類の誇りは消えはしない! 帝國を支える人類は、まだ数億人もいる! 何より、皇太子妃殿下がいらっしゃる! 私が死のうと、エクストリバー帝國が滅びることはない!》


《しかし――》


 呆れ返りながら、それでもなお、アイシアはカーラックを説得しようとする。

 2人の会話を聞いていた俺は、思わず無線機を手に取った。


「なあアイシア、そいつに何を言っても無駄なのは知ってるだろ」


《……そうですわね》


 きっとアイシアは苦笑いを浮かべていることだろう。


 だが今回ばかりは、カーラックの気持ちが俺には分かってしまう。

 己の信じる道を突き進むためならば、命すら投げ出す。それが人間だ。だから人間は愚かだ・・・と言われるのだ。


 当然、俺はカーラックと心中するつもりはない。一方でカーラックを止める気もない。

 だからこそ俺は、カーラックに言う。


「カーラック提督、お前に命を救われるのはしゃくだが、頼んだ」


《フン、私が救うのは貴様ではなく、帝國と人類だ! 貴様をこの手で始末できなかったのは残念だが、ここで命を投げ出したとしても、帝國と人類が救えるのなら、そして貴様の顔を二度と見ずに済むのなら、一石二鳥であろう!》


「そうかよ。じゃ、ここでお別れだ」


《さらばだ、クラサカ=ソラトよ》


 挨拶は済ませた。もう俺は振り返らない。


 カーラックに率いられた帝國艦隊は、速度を緩め、艦のパワーを兵装に注ぎ込む。

 続けて帝國艦隊は、魔王の使い魔めがけて一斉射撃を開始した。

 魔王の使い魔たちは、突如として攻撃に転じた帝國艦隊に狙いを定め、殺到する。


 今のうちだ。今のうちに、俺たちは魔王の魔核のもとへ向かうべきだ。


「敵の数がだいぶ減ったな」


「まさか、帝國艦隊に感謝する日が来るとは思いもしませんでした」


 大いなる犠牲の上に成り立つ余裕。

 モニターに映った、遠ざかるションリを眺め、メイティはつぶやく。


「……ロングボー師匠、今のカーラックを見たら、きっと、大笑いする……自分から、命を投げ出す、大馬鹿者、って……」


 メイティの無表情と同居するのは、強い意志。


「……わたし、カーラック、救いたい……」


 伝説のマスターである俺は、メイティの言葉に驚きはしなかった。

 彼女ならそう言うはずであると、俺は分かっていた。


 ならば、俺がやるべきことも決まりきっている。


「帝國艦隊にも、帰還用の転移のための紙は張りついてんだよな?」


「は、はい。もちろんです」


 うなずくフユメ。

 間を置くことなく俺はニミーに話しかけた。


「ニミー、メイティをヤーウッドに転移させること、できるよな?」


「できるよ~!」


「ソラトさん、もしかして――」


「そのもしかしてだ」


 一通りの確認が終われば、俺は腰を低くし、メイティに視線を合わせた。

 猫耳と尻尾を揺らしたメイティは、大きな瞳で俺の顔をじっと見つめている。

 彼女なら大丈夫だ。


「ほら、行ってこい。そして、大馬鹿者の命を救ってこい」


「……うん……!」


 力強くうなずいたメイティは、まさしく勇者の表情。

 フユメはメイティの頭を優しく撫でながら、もう1人のマスターとして微笑んだ。


「アイシアさんにも、カーラック提督たちを救ってくれるようお願いしておきます。だから、無茶はしないでくださいね」


「……ありがとう、ソラト師匠、フユメ師匠……」


 立派な勇者様はそれだけ言って、ニミーの隣に立つ。


 お利口なニミーは、自分のやるべきことを理解しているらしい。

 小さな女の子はメイティの手を握り、にんまりと笑った。


「ミードニアおねえちゃん、いってらっしゃ~い!」


 元気な声が操縦室に響き渡り、まばゆい光が辺りを照らす。


 光が収まれば、メイティは操縦室にはいない。

 今頃メイティは、アイシアの隣にいるのだろう。

 かわいらしい『ステラー』の勇者は、『ステラー』の大馬鹿者を救う戦いに身を投じたのだ。


 救世主である俺は、ただひたすらに前を見据える。


「さあ、俺たちは魔王をぶっ潰すだけだ」


 厨二病で世界を破滅させられてたまるか。

 こんな戦いは、さっさと終わらせよう。

 全てを終わらせ、さっさとコターツに埋まろう。

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