最終章15話 貴様も貴様で化け物だな!

 何十億キロも離れた位置にある魔王の頭部。

 そこまでの詳細な距離を、大艦隊は一瞬にして導き出した。


 距離と位置が導き出されれば、大艦隊は一斉にハイパーウェイに飛び込む。


 わずか数分でハイパーウェイを抜けると、俺たちの眼前には、恒星よりも大きな魔王の顔が。


《魔王の口は正面だ。このまま突撃しろ》


《防御は考えるな。魔王からの攻撃は救世主に任せろ》


《シールドや兵装に回しているパワーも、全て推力に回せ! 同盟軍に負けてたまるか!》


 大艦隊を構成する全ての軍艦と輸送船が、エンジンを全開に。

 青い光の尾を引いた大艦隊は、魔王の顔へと一直線である。

 1隻の超巨大艦と数十隻の巨大艦、100隻以上の輸送船が全速力で突き進む姿は、多くの人々の心を踊らせた。


《まあ! 大型艦が小型艦並みの速度で突撃していきますわ! こんなに速く飛ぶヤーウッド、はじめてですの!》


《ならず者世界でも、こんな光景を目にする機会は二度とないであろうな》


 アイシアとヒュージーンの言葉が無線を駆け巡る。


 しかし、その言葉すらも置き去りにするかのように、大艦隊は加速を続けた。

 特に帝國艦隊は同盟軍艦隊に負けじと、ならず者たちは同業者たちに負けじと、競争をはじめている。

 競争心はエンジンをフル稼働させ、大艦隊にさらなる加速を呼び込んだ。


 そんな中、大艦隊の先頭を飛ぶのはグラットンだ。


「一番乗りは、誰にも渡さない!」


「シェノさん!? グラットンは速いですから、味方を置いていっちゃいますよ!?」


「置いて行かれる方が悪い!」


 例に漏れず、シェノの競争心は煽られてしまったようだ。

 大艦隊は後方を映したモニターでしか確認できない。

 操縦席中央のスロットルレバーは、思いっきり倒されたまま。


 機関部からは悲鳴にも似たエンジン音が響き渡り、俺たちは激しい振動に襲われている。

 このままグラットンが爆発して、仲良くあの世逝きだけは勘弁してほしいものだ。


 とはいえ、俺たちがあの世逝きになる可能性は、グラットンのエンジンが静かになろうと高いままだろう。


「……魔王からの攻撃、来る……!」


 外を眺めていたメイティの忠告。


 ついに魔王が反撃に出たようである。

 遠くの暗闇から、魔王のオーラと同じ紫の光の雨が、こちらに向かってきたのだ。


「ここは任せろ!」


 殺到する紫の光を遮るため、俺は大地魔法を使い、惑星サイズの大地を作り出した。

 これならば魔王の攻撃は防げるだろう。


 ところが、俺の考えは少し甘かったらしい。

 大地魔法は、確かに紫の光のほとんどを受け止めた。

 それでも惑星サイズの大地は崩壊し、一部の紫の光が俺たちのもとまで届いてしまう。


「あわわ! これ、大丈夫なんですか!?」


「知らない! でも、突っ込んだ者勝ちでしょ!」


 迫り来る紫の光を前に、それでもシェノはグラットンの加速を緩めなかった。

 紫の光はグラットンをかすめ、その度に操縦室は紫に彩られる。


「おお~! すごいすごい! ゆーえんちより、たのしーかも~!」


「ニミー、おそれしらずなのです」


「まお~!」


 なぜか大喜びのニミーと使い魔、のんきなナツ。

 冷や汗が止まらないのは俺とフユメ。


 紫の光が通り過ぎると、俺たちは大艦隊の様子を確認した。

 どうやら、高速で移動する大艦隊は、運が悪かった数隻の軍艦を除き、全てが無事に加速を続けているらしい。


 だが、そんな結果を見て、魔王は攻撃手段を変更してきた。


《レーダーに反応! これは……惑星がこちらに向かってくるぞ!》


 そんな報告に、俺は首をかしげてしまう。


 ちょっと何を言っているのか分からない、というのが最初の感想。

 次に、俺はこちらへと迫る惑星をフロントガラスの向こう側に発見。

 最終的に、率直な言葉が口から飛び出した。


「そんなのありかよ!」


 めちゃくちゃにもほどがある攻撃だ。

 こうなってしまえば、俺もめちゃくちゃな魔法を使うしかない。

 俺は迫り来る惑星に向けて、両腕を勢い良く突き出した。


「吹き飛べ!」


 想像と五感の記憶、魔力の操作、そして雄叫び。

 直後、グラットンの外側に魔王の魔法にも似た紫の光が輝く。


 光は巨大なレーザーの柱となり、こちらへと迫る惑星を目指して、闇を駆け抜けていった。

 レーザーの柱が惑星にぶつかると、レーザーは果物に刺された串のように惑星を貫く。

 大穴をあけた惑星は炎に包まれ、あっという間に崩壊してしまった。


 究極兵器デスプラネットの十八番、そのデスプラネット自体を吹き飛ばした『神の雷魔法』が、いとも容易く惑星を破壊したのである。

 俺が持つ最大の攻撃魔法が、魔王の攻撃を防いだのである。


《惑星の崩壊を確認》


《続けてレーダー反応だ! 6つの惑星が飛んでくる!》


 諦めの悪いことだ。

 魔王が同じ攻撃を繰り返すならば、俺も同じ攻撃を繰り返すだけ。


「ええい! どうにでもなれ!」


 ビー玉のごとく迫ってくる惑星に向かって、俺は神の雷魔法を連射する。

 6本のレーザーの柱は、それぞれがそれぞれの惑星を紫色に照らした。

 紫色に照らされた惑星は、数秒後には大穴をあけ、炎に包まれ、崩壊していく。


 何もなかった宇宙には、今では大量の岩石が浮かび、ちょっとした小惑星群が出来上がっていた。

 無事、魔王の攻撃は防げたようである。


《全惑星の破壊を確認! まったく、クラサカ=ソラト、貴様も貴様で化け物だな!》


 嬉しくない。

 できることならば、化け物扱いではなく英雄扱いをしてほしいものだ。


 なんにせよ、魔王の攻撃は回避した。

 この調子で、さっさと魔王の体内に突入しよう。


「もう少しです!」


「あと少し!」


 徐々に魔王の顔は視界に収まらなくなり、魔王の口だけが俺たちの視界を占拠する。

 魔王の体内は目前だ。

 このままの速度を維持すれば、すぐにでも全艦隊が魔王の体内に侵入できる。


 もちろん、魔王はタダで俺たちを体内に入れさせるつもりはないらしい。

 珍しく焦りを含んだアイシアからの報告が、グラットンの操縦室に響いた。


《これはマズイかもしれませんの……ブラックホールですわ!》


 それは確実にマズイ。

 いくら俺たちの進撃を阻止するためとはいえ、さすがにやりすぎではないだろうか。


 フロントガラスからは、まばゆい光に包まれた漆黒の闇が見える。

 ただ眺めているだけでも吸い込まれてしまいそうなブラックホールは、神秘と畏怖の化身のようだ。


 ブラックホールが近づくにつれ、船体の揺れは大きくなり、船体の軋む音が俺たちの緊張感をも揺さぶる。


《推力全開。ブラックホールに吸い込まれるぞ》


《ダメです! 舵が利きません!》


 わずかに針路をずらされた大艦隊。

 これ以上にブラックホールが近づけば、俺たちは事象の地平線の向こう側に連れていかれてしまう。

 フユメは声を震わせた。


「そんな……ブラックホールなんてどうすれば……」


 頭を抱えてしまったフユメ。


 一方で、俺は妙に冷静になってしまっていた。

 まったく現実味のないブラックホールの登場に、俺の感情が狂ってしまったのだろう。

 期せずして英雄らしい冷静さを保った俺は、淡々と言い放った。


「あれを消す方法ならある」


「ほ、本当ですか!?」


「ああ」


 俺が好きな映画のひとつに、ブラックホールが登場する映画がある。

 あの映画を見て以来、俺はブラックホールに関してにわか知識を手に入れた。


 そのにわか知識を利用すれば、この状況を打開できるかもしれないのだ。

 有名な物理学者の名を冠した現象が正しければ、俺の魔法でブラックホールを蒸発・・させられるかもしれないのだ。

 やってみる価値はあるだろう。


 早速だが俺は両腕を突き出した。

 そうして発動したのは、タイムスリップ魔法。

 タイムスリップ魔法を使い、俺はブラックホールを遥か未来の姿に早回しする。


 どうやら、有名な物理学者が提唱した現象は正しかったようだ。

 早回しされたブラックホールは、粒子を放射し質量を失い、勢力を弱め、やがて消え失せた。

 本来ならば何百億年もかかる現象を、俺の魔法が数秒で終わらせたのだ。


 まさかの数秒でのブラックホールの消滅に、フユメたちは呆然。


「ブラックホールが……消滅した……?」


《さすがはソラさんですの! もはや同じ生物とは思えませんわ!》


 テンションの高いアイシアの褒め言葉が聞こえてくるが、褒められてる気がしない。

 というか、俺は人間であり、アイシアはエルフィンなのだから、そもそも同じ生物ではないではないか。

 複雑な感想が俺の頭の中を巡っていた。


 そんな俺のことなど、シェノたちは気にしない。

 魔王の妨害は鳴りを潜めたのだ。

 全速力で突撃を続ける大艦隊は、この隙に魔王の上唇をくぐった。

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