最終章17話 まるで地獄のようですね

 大量の魔王の使い魔に追われながら、グラットンは無傷のまま魔王の体内を進んだ。

 同盟軍やならず者集団は、今もグラットンを守り続けてくれている。


「まおーのまかく、ちかいのです」


 コターツの中、ニミーと一緒にお菓子を食べるナツが、おもむろにそう言った。

 惑星の直径よりも広い魔王の食道を飛んでいると、闇の中で、自分たちが今どこにいるのか、分からなくなるときがある。

 だからこそ、ナツの報告はありがたい。


 ただし、目的地には近づいているものの、戦況は最悪だ。

 無傷なのはグラットンだけ。大艦隊が被る損害は大きくなるばかりである。


《こちら第一八駆逐隊、全艦が機関に損傷、これ以上の戦闘は不可能だ》


《了解した第一八駆逐隊。『ステラー』に帰還せよ》


《後は任せた》


 同盟軍艦隊の一部が転移魔法の光に包まれ、この場を去っていく。

 続けて無線を賑やかにしたのは、下品な笑みに包まれた会話だ。


《ハッハ! ゲルトの野郎もミューカの野郎もおっ死んじまったみたいだな!》


《ヴェンターは尻尾を巻いて逃げちまったぜ》


《ヒュージーンだ。お前たちの輸送船はもう限界だ。ヴェンターの後を追え。でなければ、私がお前らを殺す》


《ひえー、ボスはおっかねえ。こりゃ、俺たちも尻尾を巻いて逃げ出すしかねえな》


 恐怖政治のもと、冒険心を抑え『ステラー』に帰還する、ならず者の輸送船団。


 残された艦隊も傷だらけ。

 どの船も魔王の使い魔に穴をあけられ、破片を散らしていた。


 それでも彼らは、推力全開で魔王の使い魔をおびき寄せ、グラットンを救ってくれている。

 騎士団の乗る航空母艦もなんとか持ちこたえ、グラットンをプロテクトで守ってくれている。


 膨大な数の魔王の使い魔を相手しているのは、彼らだけではない。

 魔王の喉付近で攻撃に転じた帝國艦隊が、満身創痍の状態で戦い続けているのだ。


《エネルギー伝達機能が麻痺!》


《ええい! ならば機関を爆破しろ! 自爆して敵を道連れに――》


《こちらションリからトレラントへ。カーラック提督から、『ステラー』に帰還せよとの命令》


《なんだと!?》


《『お前らは銀河の安寧を見届けてから死ね』とのことです》


《ええい! あの革新派の穂先、1人でかっこつけるつもりか! 良いだろう! 我々は『ステラー』に帰還する!》


 さすがのカーラックも、指揮官としての務めは果たすつもりのようだ。彼女は、部下に無駄な死を強要するつもりはないらしい。

 そして部下たちも、帝國軍人らしく命令には従順だ。


 帝國艦隊の傍らにいるのは、サウスキア近衛艦隊ヤーウッド。

 激しい弾幕を張っているであろうヤーウッドからは、アイシアの質問が投げかけられる。


《ソラさん、そちらはどうですの?》


 他人の心配をしている場合でもないだろうに、随分と余裕のある口調だ。

 ここは率直に応えよう。


「お前らのおかげで、敵の数はだいぶ減ってる」


《それは良かったですの。ただ、味方は次々と撤退していますわ。あまり長くは援護もできそうにありませんの。申し訳ないですわ》


「問題ない。シェノが操縦するグラットンなら、お前らが全滅する前に目的地に到着するさ」


《まあ! 確かにその通りですわ! ああ……操縦桿を握る麗しいシェノさんが――》


 おかしなスイッチが入ったか。アイシアの興奮が、これでもかと無線機を通してグラットンに届けられる。

 そんなアイシアの溢れんばかりの愛は、強制的に遮断されてしまった。

 怯えた様子のシェノが、無線機の電源を落としたのである。


「おい! いきなり無線を切るな!」


「なんか……寒気がしたから……」


 心の底から怯えるシェノ。

 あの暴れ馬をこれだけ怯えさせるとは、シェノにとっての魔王はアイシアなのかもしれない。


 さて、いつまでも無線機の電源を落としているわけにもいかないだろう。

 モニターに手を伸ばしたフユメは、無線機の電源をオンにした。


 再び操縦室に響いた無線機からの声は、アイシアのものではなく、同盟軍艦隊を率いるグロックのもの。

 これにシェノは安心したようだが、グロックの報告の内容を聞けば、俺たちはとても安心などしていられなかった。


《味方艦隊の残存勢力、すでに40パーセントまで低下》


 つまり、大艦隊の半数以上が破壊されたか撤退した、ということである。

 俺たちのために犠牲になる者が、それだけいたということである。


 俺は、これ以上に犠牲になる者を増やしたくはない。

 同時に、すでに積み重ねられた犠牲が、無駄死になどではなかったことを証明したい。


——早く魔核の在り処に到着してくれ。


 それが今の俺の願いだ。

 ゆえに、ナツと使い魔の次の言葉が、俺を喜ばせた。


「もうすぐなのです。もう、みえてくるのです」


「まお~!」


 待ちに待った報告だ。

 はやる心のままに、俺たちはフロントガラスの外側を眺めた。


 フロントガラスの外側にあったのは、変わらぬ闇。

 想像していたものとは違う、代わり映えのしない光景である。

 これにはナツも困り顔。


「このへんのはず、なのです」


「でもでも、なんなにもないよ〜?」


「それらしいものは見当たりませんね……」


「魔王の体のつくりが人間と同じなら、食道を出る必要があるんじゃない?」


 操縦桿を傾けるシェノは、ぶっきらぼうに推測した。

 対してフユメは表情を明るくする。


「なるほど! なら、こちら側の壁を突破しないと!」


「よし、俺がやる」


 答えは分からずとも、とりあえずやってみよう。

 フユメの人差し指が示した方向に、俺は両腕を突き出す。


 宇宙規模の食道の壁は、それこそ惑星規模の分厚さだ。


 そこで俺が発動したのは、惑星すらも破壊する神の雷魔法である。

 強烈な光の柱は、暗闇に沈んだ食道を紫色に照らし、果てまで突き抜けていった。


 光が消えると、オレンジ色の輪っかが暗闇に浮かび上がる。

 あの輪っかは間違いない。


「穴があいた! 突っ込め!」


「飛ばすよ!」


 魔王の使い魔どころか大艦隊も置き去りにし、グラットンは穴の中へ。

 穴と言っても、ひとつの国がすっぽりと納まるサイズの穴だ。

 グラットンは広い空間を高速で駆け抜けるだけである。


 しばらくすると、グラットンはさらに広い空間に飛び出した。

 恒星にも匹敵するほどに太い管がぶら下がった、遥か彼方に小さな光が輝く、球状の空間。

 仄かな赤に沈んだこの空間こそが、きっと俺たちの目的地なのだろう。


「ここが……魔王の心臓部……」


「まるで地獄のようですね」


「ここ、なんだかこわいのです」


 自らの体に魔王の魔核が入り込んでいたときのように、声を震わせ怯えているナツ。

 俺もナツと同じだ。


 魔王の心臓部は、彼の怒りと憎悪、虚無が入り乱れ、混沌としていた。

 その混沌は魔力を変質させ、重いオーラとなり俺たちを押しつぶそうとしているのである。


 猟奇的ですらあるオーラに包まれ怯えぬ者など、この世にいるのだろうか。


 いた。シェノとニミーは、心臓部に漂うオーラなど、微塵も気にしていなかった。

 相変わらずミードンを頭に乗せるニミーと、表情ひとつ変えずグラットンを操縦するシェノ。

 やはりあの姉妹、どうかしている。


 心臓部にやってきて数分が経った頃。

 遥か彼方にあった小さな光の付近で、ナツが窓の外を指さした。


「あれなのです。あれがまおーのまかくなのです」


 よく目を凝らせば、紫の光の幕に覆われた、赤黒い球体が見える。


「ここから先は俺1人で行く。お前らは先に『ステラー』に帰れ」


 死ぬのが前提の戦いだ。

 この戦いに勝利できるのは、フユメがいる限り何度でも蘇る俺だけだ。


 そのくらいのこと、ここにいるみんなは理解している。

 理解していなければ、みんなが笑顔で俺を送り出すはずがない。


「あとはおねがいします、なのです」


「ニミー、ソラトおにいちゃんがよみがえるの、まってる~!」


「こんな場所、早く出て行きたいから、さっさと魔王と心中してきてよ」


「今までの魔法修行の成果を見せるときです。私は、ソラトさんが死ぬのを待ってますね」


 なんて軽いノリなのだろう。

 まるでコンビニへのおつかいを頼むかのようではないか。

 魔法修行の成果を出すときだというのに、フユメたちはいつも通りだ。


 だがそれは、俺を信頼してくれているからこその反応。

 であるならば、俺もいつも通りにするだけである。


「じゃ、行ってくる」


 たったそれだけ言って、俺は操縦室を後にし、グラットンのハッチを開け、船外にジャンプした。

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