最終章14話 何も見なかったことにしたい光景だな……
カウントゼロと同時、視界は光に包まれる。
光が収まると、俺たちは地上から数メートル離れた位置に。
当然、俺たちは数メートルを落下し、地面に叩きつけられた。
「舌を噛むな、ってのはこういうことかよ……」
痛みに顔を歪めながら、俺は周囲を確認。
尻もちをついたような格好をするのはフユメ、見事に両足で着地していたのはメイティだ。
馬と一緒に地面に倒れ、鎧がこすれる音を響かせるのは騎士団である。
悠々と空を飛ぶのは大艦隊。
スカートの裾を正しながら、フユメは頬を緩めた。
「マリーさんたち騎士団は無事みたいです」
「『ステラー』組も無事みたいだな」
まあ、本当に無事かどうかは分からないが、無事であると思い込もう。
猫耳と尻尾を立てたメイティは、ちょこんと首をかしげる。
「……ここ、どこ……?」
それは俺たちも抱いている疑問。
先ほどまでの『ムーヴ』の草原は消え失せ、俺たちは土に覆われた大地に立っている。
土に覆われた大地は、どことなく、工事を待つ更地という印象の場所だ。
少しして、フユメが口を開く。
「またマスターからの連絡です。『あなたたちを、建設途中で無人の第1657世界に転移させたわ。ここなら、好き放題できるわよ』」
「俺たちを集団転移させたのか」
さすがは女神様である。
数万人の兵士たちと数十隻の軍艦、そして巨大化した魔王を一斉に転移させるとは、まさに神の所業だ。
しかも、俺たちが暴れまわれるような舞台まで用意してくれた。
まったく、有事の際のラグルエルは本当に頼りになる。
わざわざ用意してくれた舞台、存分に使わせてもらおう。
「ところで、魔王はどこに?」
ヤツは必ず俺たちの近くにいるはずだ。
あれだけ巨大になった魔王を見失うはずがない。
俺の質問に対し、メイティはおもむろに大空を指さした。
「……魔王、あそこ……」
メイティの指さした先には、確かに魔王がいる。
ただ魔王は、昼の空に浮かぶ月のように青白く霞んでいた。
相変わらず顔はほとんど見えやしない。
宇宙規模の大きさ、彼方の惑星にまで届くほどの巨大な体の全てを見通すことなど、できやしない。
「何も見なかったことにしたい光景だな……」
化け物という表現では、今の魔王を表すことはできないだろう。
太陽よりも大きく、太陽系の半径にも及ぶ巨大な魔王を言い表す単語は、おそらく人間の概念には存在しないであろう。
ひとつだけ確かなのは、宇宙に浮かぶ魔王に対し、底知れぬ恐怖が俺たちの心に湧き出ていることぐらいだ。
「ソラトさん、どうします?」
「そうだなぁ」
恐怖に怯えている場合ではない。
現実味をなくした存在を、俺たちは倒さなければならないのである。
「魔王は宇宙規模のデカさだ。なら、宇宙規模の戦いで挑むしかない。俺たちも宇宙船に乗って、魔王と対決しよう」
それが俺の答えである。
答えが出れば、次は実行だ。
幸い、魔王は巨大化しすぎたのか、なかなか俺たちに攻撃を仕掛けてこない。
この間に、フユメの的確な指示と、大艦隊の素早い行動により、同盟軍の航空母艦が地上に降り立つ。
マリー率いる騎士団は、同盟軍の誘導に従い航空母艦のランプウェイを登った。
《こちら同盟軍艦隊。全騎士団の航空母艦搭乗を確認》
《救世主様! 我々を神器に載せていただけるとは、なんという
無線機を通して伝えられる、同盟軍の淡白な報告と、マリーの熱狂。
一方の俺たちは、航空母艦とともに地上に降り立ったグラットンに乗り込んでいた。
グラットンの操縦室は、ミードンを頭に乗せたニミーと、使い魔を頭に乗せたナツがコターツに埋まり、操縦席に座ったシェノが操縦桿を握る、いつも通りの光景。
シェノは空を見上げながら、引きつった笑みを浮かべて言う。
「ねえ、あのヤバいの、どうやって倒す気なの?」
「知らん」
「「ええ!?」」
正直に答えた俺に、シェノとフユメが素っ頓狂な反応を示した。
仕方がないだろう。あんなヤバい敵を倒す方法なんて、そう簡単に思いつくわけがない。
そんな俺に呆れ果てたのだろうか。
ナツの頭に乗っていた使い魔が声を張り上げた。
「まお~! まお~!」
いつもよりも激しく羽をぱたつかせる使い魔。
俺とフユメは顎に手を当てる。
「使い魔さん、何かを言いたげですね」
「だな。でも、まお~じゃ分からん」
多種多様な言語を勝手に翻訳してくれる便利な魔法も、使い魔の鳴き声は翻訳できないようである。
困ってしまった俺とフユメ。
すると、使い魔を頭に乗せていたナツが口を開いた。
「つかいまは、まおーの『じゃくてん』をおしえてくれてるのです」
思いもよらぬセリフ。
ニミーは大きな瞳をさらに丸くした。
「ナツちゃん、つかいまさんのいってること、わかるの~?」
「はいなのです」
「おお~!」
なんと都合の良い展開だろうか。
俺はナツに迫った。
「で、魔王の弱点はなんなんだ?」
この質問に答えるのは使い魔、その答えを翻訳するのがナツ。
「まお~!」
「まかくのほんたい、なのです」
「魔核の本体?」
「まお~まおまお、まお~!」
「どれだけ『きょだいか』しても、まおーのまかくを『はかい』すれば、まおーをたおせるのです」
「そうか。その魔核は、どこにあるんだ?」
続けざまの質問に、使い魔は羽を閉じてしまった。
おそらく、俺の質問への答えは、あまり歓迎できるものではないのだろう。
「まお~……」
「まおーのたいない、しんぞーのいち、なのです」
それだけ答えて、しゅんとしてしまう使い魔。
やっぱりだ。
使い魔が教えてくれた情報は、あまり歓迎できるものではなかったのだ。
「つまり、魔王を倒すには、魔王の体内――心臓の位置にある魔王の魔核を潰さないといけないということですね」
「そうなるな。はぁ、あれの中に突入するとか、面倒くさい」
「こればっかりは、ソラトさんに同意です」
さすがのフユメも深いため息をついている。
めちゃくちゃな話だ。
魔王を倒すためには、魔王の体に突入しなければならないというのだ。
それも、宇宙規模の巨大さを誇る魔王の体内にだ。
魔王はどこまでも迷惑なヤツである。
「けど、魔王を倒さないと、コターツタイムは永遠に訪れないんだよな……仕方ないか」
ここは考え方を変えてみよう。
あれだけ巨大な敵を、魔核ひとつ破壊するだけで倒せるのだ。
そう考えれば、むしろ楽な戦いではないか。
ということにしておいて、俺はシェノに視線を向ける。
「シェノ、聞こえてたな」
「グラットンで魔王の体内に突入すりゃ良いんでしょ」
「その通りだ。ただ、グラットンだけじゃなく、全艦隊で魔王の体内に突入だ」
味方は多い方が良い。
どうせなら、大艦隊での魔王体内ツアーといこうじゃないか。
「何それ、楽しそうじゃん」
「みんなで、まおーのたいないを『ぼーけん』だね!」
「ちょっとだけ、ワクワクしてきたのです」
「……めちゃくちゃな、作戦……ソラト師匠に、ぴったり……」
反対する者はいない。
グラットンの操縦室にいる者は全員、やる気満々だ。
フユメは無線機を手に取った。
「では、私から全指揮官に伝えておきます」
「任せた」
「ホント、ソラトさんはめちゃくちゃな人ですね」
苦笑いを浮かべるフユメだが、そんなフユメもフユメだ。
今まで俺のめちゃくちゃに付き合ってきたフユメは、どことなくそのめちゃくちゃを楽しんでいるように見える。
結局のところ、フユメも含めて、俺たちは皆めちゃくちゃなのである。
このめちゃくちゃで、魔王を退治してやろう。
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