最終章13話 もう、なんでもありだ!

 もう一度、両腕を突き出し艦砲射撃魔法を発動する俺。


 これに魔王は、大地魔法で応えた。

 新たに創造された赤黒い大地は、魔王を覆い隠し艦砲射撃魔法を防いでしまう。


「魔法を切り替える!」


 大地魔法に対抗するため、俺は噴火魔法を発動した。


 魔王が作り出した新たな大地は、噴火魔法により火山へと姿を変え、間髪を入れずに大噴火を起こす。

 煮えたぎるマグマが吹き出し、噴煙を撒き散らす大地――火山。

 瞬く間に魔王の作り出した大地は崩壊し、再び魔王に陽の光が当たった。


 チャンス到来である。


「皆さん、攻撃第二波、お願いします!」


 フユメの無線機と騎士団にそう伝えると、俺の願いはすぐに叶った。

 騎士団からは青白い攻撃魔法が、大艦隊からは緑や青、赤のレーザーが一斉に発射されたのである。


 光の雨は魔王の居場所ただ一点に降り注ぎ、再び壮大な火球を浮かび上がらせた。

 このまま地殻まで削ってしまうのではないか、というほどの勢いだ。


 それでもまだ足りない。

 まだ、魔王のオーラは漂い続けている。


「次だ!」


 今度はメイティと一緒に大地魔法を発動し、俺は土の槍を魔王のもとに殺到させた。


 対する魔王の反撃は、津波魔法。

 どこからともなく現れた大波は、俺とメイティが作り出した土の槍を泥に変えてしまう。

 それだけに留まらず、大波は俺たちを呑み込もうと、こちらに迫り来る。


 黙って波に呑まれる俺たちではない。俺とメイティは、すかさず氷魔法を発動した。

 草原を這いながら迫り来る大波は徐々に凍りつき、動きを止め、浮世絵のように。


 そんな氷ついた大波も、即座に白い煙へと姿を変えた。魔王が炎魔法を使い、氷を溶かし、蒸発させたのだ。


 蒸気のカーテンが俺たちの視界を閉ざす中、かすかに浮かぶオレンジの光。

 俺はとっさに風魔法を発動する。


 突風は蒸気を拡散させ、そして地獄の業火のような炎を散らした。

 どうやら氷を蒸発させた炎は、俺たちをも灰にしようとしていたらしい。

 吹き荒れる突風に遮られた炎は姿を消した。


 続けてフユメが言う。


「魔王の魔力が、わずかにですが減っています!」


「予想よりも早く弱ってきたな」


 5つの世界を取り込んだ魔王の力はこんなものか。

 なんにせよ、容赦はしない。


「畳み掛けるぞ! 攻撃第三波は、俺とメイティの魔法と同時だ!」


 繰り返される圧倒的物量による攻撃。

 加えて魔王を叩きつける、大量の氷柱とマグマの糸。

 三度目の火球が景色をオレンジ色に彩った。


「反撃の隙を与えるわけにはいかない! 準備が出来次第、攻撃第四波を頼む!」


 それだけ言って、俺は魔法攻撃を続行する。

 氷魔法、炎魔法、大地魔法、水魔法、マグマ魔法――使える魔法は全て叩き込む。

 魔王からの反撃はない。


 もしかすれば勝利は目前なのかもしれないと、俺は思う。

 だが、四度目の火球が出来上がったとき、不穏な報告が俺の鼓膜を震わせた。


《こちらグラットン、なんか様子がおかしい》


《ヤーウッドだ。着弾地点にズレが生じている。魔王に特殊な動きがあると思われる》


 シェノとドレッドの警告・・

 異変を感じ取ったのは、その2人だけではないようである。


《ケイ=カーラック提督だ! レーダーに異常な反応を確認している!》


 そういった報告が、カーラックからだけでなく、全艦隊から寄せられた。


 レーダーが感知してしまうほどの強い反応。

 魔力に敏感なメイティが、その反応の正体を見破れぬはずがない。


「……大変……魔王の魔力、ものすごい勢いで、拡散してる……」


「メイティちゃんの言う通りです!」


 魔王の魔力を監視し続けていたフユメがメイティの言葉を肯定したと同時である。

 地平線の向こう側を漂っていた紫のオーラが、突如として肥大化した。

 まるで風船のように膨れ上がるオーラは、徐々に空へと昇っていく。


 きっと上空からは、さらに不気味な景色が見えているのだろう。


《ヒュージーンから救世主へ。魔王から距離をとるべきだ》


 ならず者の長による冷静な言葉は、取り返しのつかない事態を想定したがゆえの言葉。

 フユメやメイティの表情も相まって、俺の心は危機感に染まった。


「マリーさん! 騎士団を魔王から遠ざけてください!」


「なぜだ!?」


「理由は後で分かるはずです! とにかく、早く!」


「りょ、了解した!」


 救世主である俺の引きつった声を聞いて、マリーたちは後退を開始。

 上空に陣取っていた大艦隊も、前方スラスターを起動し後ずさりをはじめた。


 もちろん、俺もフユメやメイティとともに後退だ。

 後退する傍ら、俺たちは魔王への攻撃を続行。


 だが、大艦隊のレーザーや騎士団の攻撃魔法はオーラにかき消され、無効化されてしまう。

 メイティの魔法が無効化されるのも時間の問題だろう。

 魔王の魔力の拡散を最後まで妨害できるのは、俺だけである。


「もう、なんでもありだ!」


 発動できる魔法は全て発動してやる。

 生きているだけで魔法を覚えてしまうのが、五感で覚える魔法修行だ。

 無意識のうちに覚えてしまった魔法はいくらでもあるはず。


 そこで俺は、あらゆるモノを片っ端から想像した。

 想像は創造となり、五感に刻まれた記憶は蘇り、魔力と混じり合い、具現化する。


 どこからともなく出現したのは、樹木や岩石、レーザー、猛獣、食器、食べ物、家具、高層ビル、その他もろもろ。

 ありとあらゆる物体が魔法として出現し、その全てが魔王に降り注いだ。

 なかなかにカオスな光景である。


 そんなカオスも、長くは続かない。

 無尽蔵に生み出されていた雑多な物体は、突風に吹かれたロウソクの火のように、スッと消えてしまったのである。


「なんだ!? 魔法が消えた!?」


 驚きが口から漏れ出てしまう。

 現状を分析してくれたのはフユメだ。


「大量の魔力が拡散された影響です!」


「クソ……やっぱり簡単に倒されてはくれないみたいだな……」


 いよいよ俺の魔法も無効化されてしまったようである。


 魔力を拡散し続ける魔王は、一体何をしようとしているのか。


 その答えはすぐに判明した。

 地平線の向こう側から、巨大な魔王の頭が見えたのである。

 魔王は拡散した魔力を再び取り込み、その体を肥大化させていたのだ。


「おいおい、マジかよ……」


 魔王の体の肥大化は、とどまるところを知らない。

 漆黒の鎧とマントに身を包んだ男は、どこまでも巨大化を続け、彼の赤黒い髪はどこまでも高くへ。大樹よりも、高層ビルよりも、丘よりも、山よりも、果てには雲よりも。


《なんだあれは!?》


《これが魔王の力だと!?》


《世界を破壊する力は伊達ではない、ということか》


《ふざけんじゃねえぞ! この化け物が!》


 無線機から聞こえてくるのは、強大すぎる力への驚愕。


 地上に向けられていた大艦隊の大砲は、今では上空へと向けられていた。

 草原を黒く染め上げていた大艦隊の影は、今では魔王の影に取って代わられた。


 それでも、俺たちの驚く顔も気にせず、魔王は肥大化していく。


「どんどん巨大化していきます……」


「……強い怒り……違う……強い虚無が、世界を、覆い尽くしていく……」


「こいつ、どこまでデカくなるつもりだ……」


 魔王が肥大化をはじめて数分、俺たちの視界に映るのは、魔王の足の指先だけだ。

 地面に仰向けになったとしても、もはや魔王の顔を見ることはできないだろう。

 最悪の状況である。


 そう、事前に予測された通りの、最悪の状況。


「今こそラグルエルたちの出番だな」


「はい、これだけ異世界の魔力が漏れ出せば、マスターたちも魔王に干渉できます!」


 第1世界『プリムス』では、とっくに魔王の魔力の拡散を掴んでいるはず。

 ならば、ラグルエルたちは行動を開始しているはず。


「ラグルエル、まだか?」


 もし魔王が一歩でも動けば、俺たちは全滅だ。

 この状況を少しでも好転させなければ、世界滅亡だ。

 俺の魔法修行が役に立たずに終わるなど、俺はごめんだ。


「来ました! マスターからの連絡です!」


「何て書いてある!?」


「ええと、『舌を噛まないようにね』だそうです!」


「は!?」


 ちょっと意味が分からない。

 意味が分からないにもかかわらず、話は進む。


「マスターのカウントダウンがはじまりました! 5、4――」


「いきなり5秒から!?」


「――2、1――」


 急いでくれとは思っていたが、事前情報を寄こさずに急がれるのは困るものだ。

 とりあえず俺たちは、舌を噛まぬように構えるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る