最終章10話 忌まわしき救世主よ、お主に答えを与えよう

 第24世界を離れたグラットンは、ナツを乗せたまま『ステラー』へ帰還。

 現在、グラットンはハイパーウェイ内を航行中である。


「魔王の魔核は全て退治しました。あとは、魔王本人を倒すだけです」


「いよいよか」


「ええ、いよいよです。魔法修行の成果を見せるときがきました」


 魔法修行の旅の終わりは近い。

 ようやく俺は、面倒な・・・修行から解放されるのである。

 コターツの中で日々を過ごすだけの人生は、もう目の前だ。


 そんな楽しみが顔に出たか、フユメはちょっとだけ不満げな顔を俺に向けた。

 操縦席に座るシェノは、ぶっきらぼうに言う。


「もう少しでサウスキアに到着するからね」


 ならば、俺は魔王との対決に備えて体を休めよう。

 どんなに短い時間であろうと、休憩は重要だ。


「じゃ、到着したら起こしてくれ」


「ソラトさんは、本当にマイペースですね。すぐ寝ちゃうし、すぐ死ぬし……」


 不満げな表情だけでは済まされず、フユメの嫌味が俺の耳にねじ込まれた。

 知らんな。

 俺はフユメの言葉を手で払い、眠りの中へ。


「おきて、なのです」


 眠りについてから、まだそれほど時間は経っていない。

 にもかかわらず、ナツの声が俺を目覚めさせる。


「あれ? もうサウスキアに到着したのか?」


「ちがうのです。まおーが、クラサカとはなしたがっているのです」


 寝起きにおかしなことは言わないでほしいものだ。

 サウスキアに到着していないのなら、まだ眠りの中にいよう。


 そう思い、目を閉じようとして、俺は気づいた。

 今の俺がいる場所は、グラットンの操縦室ではない。

 今の俺がいる場所は、ナツと使い魔がいるだけの、深い暗闇の中だ。


「お、おい! なんだここ!? どこだここ!?」


 心も頭も支配する嫌な予感。

 直後、羽をぱたつかせた使い魔が、紫のオーラを纏い、おもむろに口を開いた。


「忌まわしき救世主よ、お主に答えを与えよう」


「使い魔から魔王の声!?」


「今お主がいるのは、我の精神世界。使い魔を通し、お主の精神を我のもとに誘ったのだ」


「…………」


「そう心配する必要はない。お主、この使い魔に気に入られているようだな。おかげで、お主の精神をわれが支配することは叶わぬ。数分もすれば、お主の精神は我から解放されるだろう」


「…………」


「先ほどから黙り込みおって、まだ何か心配することがあるのか?」


「いや、心配とかじゃなくて――」


 ここは正直に答えておこう。


「かわいい使い魔の姿と、魔王の低い声のギャップがすごいなと思って」


「…………」


 今度は魔王が黙り込んでしまった。

 もしや『かわいい』と言われて照れてしまったのだろうか。


 いや、そんなことよりもだ。

 ここが魔王の精神世界だとすると、ひとつ疑問が浮かぶ。


「ところで、なんでナツまでここに?」


 魔王の精神世界、暗闇の中で、ナツがちょこんと座っている理由が分からない。

 俺と話がしたいのに、魔王がナツを精神世界に誘う意味が分からない。


 そんな俺の疑問に答えたのは、ナツである。


「わたし、まおーの『せーしん』にじぶんの『せーしん』をもぐりこませることで、まかくにしはいされないようにしていたのです。これは、そのなごりなのです」


 かような説明では、俺の頭は疑問を抱いたままだ。

 だが、魔王は苦々しい反応を示す。


「第24世界の贋作よ。お主は我の予想を超えた存在であった。お主、いずれ見過ごせぬ我の敵となるであろう。救世主とともに、早いうちからその命を刈り取っておきたいものだ」


「かりとられるのは、まおーの『いのち』なのです」


 加減を知らぬナツの反撃・・

 これに魔王は驚いたのか、あの上から目線の尊大な物言いが中断される。


 ナツの説明が正しいかどうかは、魔王の反応を見れば一目瞭然。

 そろそろ話を前に進めよう。


「で、話ってなんだ?」


 使い魔を見据え、俺はそう言った。

 対する魔王は、低く笑う。


「なぜ、我は世界を破壊しようとしているのか、お主に教えてやろう」


 次の瞬間だ。

 暗闇は、とある景色に塗り替えられた。


 荘厳な吹き抜けが特徴的な、玉座の間の景色。

 長大な部屋には数多の人々がひざまずいている。


 玉座に腰掛けるのは、黒の鎧とマントに身を包み、神経質そうな目つきを浮かべる、血液のように赤黒い髪が特徴的な男。

 周囲には、清らかながらも危険な、凄まじいオーラが漂っていた。


「あの男、まるで魔王みたいなオーラを……」


「まさしく、あの男が我だ。我は第48世界の住人であり、第48世界の王であった」


 続けて、景色が変わる。

 玉座の間に代わり俺たちの視界に広がったのは、血なまぐさい景色だ。

 淀んだ空気の中で、人々がうなだれ、また些細な喧嘩で死体が増えていく、そんな景色。


「第48世界『ウトピア』は、陰惨な世界であった。人々の欲望渦巻く混沌の中、誰もが生きることさえできず、日の出よりも死の方が近い、そんな世界であった」


 殺伐とした世界に立つ赤黒い髪の男は、人々を励まし、人々に慕われる。

 まるで明日も見えぬ弱者・・たちの救世主のように。


「ゆえに我は、世界を統合した。『ウトピア』の王となった我は、誰にも同じ権利を与え、誰にも同じ人生を与え、誰にも同じ寿命を与えた。我は、誰も彼も平等な世界に住まわせた。それにもかかわらず――」


 赤黒い髪の男を慕った人々は、徐々に血塗られていった。


「人々は欲望に従い、平等を踏みにじった。皆、己の利を優先し、抜け駆けを図った」


 再び変わる景色。

 先ほどと変わらぬ玉座の間の景色だが、そこには赤黒い髪の男以外に人影はない。


 いや、正確には、人の形をしたものならある。

 玉座の間には、おぞましい数の死体が転がっていたのだ。


「これは……」


「平等を破壊する者に居場所などない。我は己の利を優先した者たちを殺した。毎日毎日、我は利己的な愚か者どもを殺し続けた。結果、『ウトピア』から生物は消え去った。利己的な者たちを殺し尽くし、平等な世界を目指した先には、何も残されていなかった」


 たった1人、領民の存在しない世界を支配する哀れな王。


「これほどまでに生命というものは愚かなのか。あまりの絶望と怒りに震え、我は『ウトピア』を破壊する旅に出た。そして、闇の魔力が我の体に宿った」


 元から魔法が使えたのだろうか、赤黒い髪の男は、己の魔法で世界を焼き尽くす。

 結果、俺たちのよく知る紫色のオーラが、赤黒い髪の男を包み込んだ。

 これが魔王の誕生の瞬間なのだろう。


「そんな折、我は世界の姿を知った。偽物の神が住まう世界『プリムス』と、無尽蔵に創り出された贋作の世界」


 見知らぬ世界を目にした魔王は、ついに覚醒する。


「異様な世界の形を目にして、ようやく我は気づいたのだ。生命がこれほど愚かな理由は、彼らが偽物の神に創り出された贋作であったからだと」


 それが魔王の導き出した真実。


「ならば我は、『ウトピア』だけでなく、数多ある世界を破壊し尽くさねばなるまい。『ウトピア』を破壊する旅は、その瞬間から、贋作を破壊する旅へと姿を変えた。我は全生命を愚かな世界、肉体から解放するため、魔族を作り出し、世界を破壊し続けた」


 圧倒的な力によって崩壊していく5つの世界。

 何億、何兆という命が失われていく過程。


「幸運だったのは、我の理想に賛同した者が贋作の中にもいたことだ。ハオスもまた、そのうちの1人。だが、ヤツも所詮は愚かな贋作だったらしい。よもや贋作の1人であるお主、救世主に打ち倒されてしまったのだからな」


 話に区切りがついたか、魔王の言葉は途切れ、辺りの景色は暗闇に戻る。

 あまりに陰惨な景色を見せつけられた俺たちは、水中で溺れたような気分だ。

 耐えきれなくなったか、ナツは率直な言葉を吐き出す。


「めちゃくちゃなのです」


「ああ、ナツの言う通りだ」


 魔王の考え方は全く理解できない、というわけではない。

 だが、俺は決して魔王の考え方を肯定できない。


 彼は純粋に理想を追い求めているのだろうが、彼が作り出したのは地獄に他ならないではないか。

 大勢の人々が自由を奪われ、死体となって地面に転がる。

 なんとも胸糞の悪い話だ。


「どうしてお前は、この話を俺に?」


 使い魔の体を利用する魔王を、俺は睨みつけた。

 そんな俺に、魔王は返答する。


「我の理想に賛同した者が贋作の中にもいた。救世主、お前がその1人であれば、潰してしまうのはもったいないと思ったのだ」


 魔王が薄ら笑いを浮かべているのが、手に取るように分かる口調である。

 おかしなことを言うものだ。

 俺は大きなため息をついてから、魔王に言い放つ。


「なあ、俺がお前の味方になるわけないだろ。人間観察が下手なのか?」


「……いや、我の目は間違っていなかった。今のお主の答えは、我の想像通りだ」


「負け惜しみっぽいぞ、そのセリフ」


 不快な気分から浮き出た嫌味を、俺はそのまま魔王にぶつける。

 だが魔王は構うことなく、言葉を続けた。


「もうひとつ、お主に教えよう。世界を破壊すると同時、我は世界の力を自分の体に取り込んできた。つまり、救世主よ、我と戦うのであれば、5つの世界を相手すると思ってくれて構わぬ」


「あっそう」


 負け惜しみに続く強がり。


 ラスボスなら、そんな小物のようなセリフを口にしないでほしいものだ。

 ナツも俺に同意してくれたのか、彼女は俺の袖を掴み、そっぽを向いている。


「そろそろ時間か。では、戦場で会おう」


 勝手に呼び出し、勝手に喋り、勝手に話を終わらせる。

 これはこれで、魔王らしい傲慢さと言えるだろう。


 魔王による決別の言葉が響き渡った暗闇は、徐々に遠くへ。

 しばらくして俺の鼓膜を震わせたのは、聞き慣れた優しい声であった。


「ソラトさん、起きてください。サウスキアに到着しましたよ」


「あ、ああ、そうか……」


 目を開けば、そこはグラットンの操縦室。俺の体はコターツに埋もれている。

 同じくコターツに埋もれていたナツは、何か言いたげに、俺の顔をじっと眺めていた。


「ナツ、お前も――」


「きいたのです」


「そうか」


 できれば、ただの悪夢であってほしかった。

 ナツにはあの不快な気分を味わってほしくはなかった。

 救いがあるとすれば、コターツの上でくつろぐ使い魔が、無駄に低い声で、贋作だの何だのと言わぬ、かわいらしい使い魔であることぐらいだろう。


「何かあったんですか?」


 不快な気分が顔に出たか、フユメはそう言って俺を心配してくれる。


 けれども、眠っている最中に起きたことを説明するのは面倒だ。

 あの魔王の話をフユメに伝える気にもならない。

 ここはテキトーに答えておこう。


「ちょっと魔王の黒歴史を覗き込んできただけだ」


「はぁ」


 首をかしげたフユメは、しかしそれ以上は何も聞いてこなかった。


 魔王がどのような理由で世界を破壊しようとしているかなど、俺たちには関係のない話。

 これから俺たちは、魔王を退治するだけだ。

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