最終章9話 たすけてあげる~!
事務的に転移を終えた俺たちは、自分の居場所を確認する。
周りの景色は、苔の生えた岩に覆われた丘陵地帯。
すぐ隣には、擦り傷が目立つ無骨な輸送船。無骨な輸送船?
「あれ? グラットンのすぐ側だ」
意外な転移先である。
単なる偶然とは思えない。
「……あそこ、見て……」
メイティが指さした先には、網がうごめいていた。
うごめく網の隣には、可愛らしい髪飾りを頭につけ、ぬいぐるみを抱く1人の少女が。
グラットンから降りてきたニミーである。
「あれ~? ねえねえ、どうしたの?」
「からまって、うごけないのです」
「じゃあ、たすけてあげる~!」
にんまりと笑って、女の子に絡まった網をほどいてあげるニミー。
「待ってニミー! その子は魔王の魔核に――」
大声で注意するシェノだが、彼女の言葉は続かなかった。
網から抜け出した女の子に対し、ニミーが予想外の言葉を口にしたからだ。
「おお~! ナツちゃんだ~!」
「ニミーなのです。またあえたのです」
2人の少女は、再会を喜んでいる。
まるで以前に楽しく遊んだかのように。
「「「は?」」」
ちょっとよく分からない。
記憶を辿れば、俺たちはナツという存在を知ってはいた。
今までに何度か、ニミーはナツの名を口にしていた。
ニミーがナツという名の謎の少女と遊んでいたことを、俺たちは知っていた。
だが、今の状況に俺たちはついていけていない。
それでも構わず、ニミーとナツの会話は続く。
「いまね、ミードンとコターツであそんでたの~!」
「コターツ? なんなのです?」
「そっか! ナツちゃんにはまだ、コターツみせてなかったね!」
「きになるのです」
「みせてあげる~! こっちこっち~!」
ナツの手を握り、ニミーはグラットン船内へ。
俺たちは首をかしげることしかできない。
「おい、なんだあれ」
「なんでしょうね、あれ」
「なんだろうね、あれ」
「まお~」
「……あの2人、すごく、仲が良い……」
よく分からないが、とりあえず俺たちはニミーの後を追う。
操縦室からは、ほんわかした空気が流れてきた。
梯子を登り操縦室をのぞいてみると、そこではコターツを囲んだニミーとナツの姿が。
「これだよ! これがコターツ!」
「しかくい、つくえなのです?」
「ただのつくえじゃないよ! グダグダしんとあえる、とくいてんをもった、とくべつなつくえだよ!」
両手を挙げ、満面の笑みを浮かべたニミー。
それを見て、シェノはじっとりとした目で俺を睨む。
「ねえ、あんたのせいでニミーが変な影響受けちゃってんだけど」
「知らんな」
シェノから漂う殺気は、ニミーとナツのほんわかで相殺しよう。
コターツの紹介を終えたニミーは、再びナツの手を握った。
「はいってみて!」
元気いっぱいのニミーの言葉に、ナツは静かに従う。
布団を捲り、コターツの中に体を押し込めるナツ。
ほどなくして、ナツの体から全ての力が抜けていった。
「……ふわぁ……あったかいのです」
「そうでしょー! いま、プーリンももってくるね!」
お友達には最高のおもてなしをしてあげたいのだろう。
ニミーは小さな冷蔵庫からプーリンを取り出し、そのプーリンをニミーの前に置いた。
コターツに置かれたプーリンは、ぷるんと揺れる。
その魅惑的な揺れに、ナツは興味津々だ。
「はい、プーリンだよ!」
「プルプルしているのです」
「おいしいから、たべてみてー!」
「いたただくのです」
渡されたスプーンを握り、ナツはプーリンを口に運ぶ。
プーリンを口に入れてから数秒後、ナツの表情が幸せいっぱいになった。
「おいしいのです。とろけそうなのです」
「やったー! これで、ミードニアおねえちゃんもよろこぶ~!」
実際、メイティは嬉しそうに、プーリンを食べるニミーとナツを眺めていた。
幸せの海に浮かんだナツは、ニミーの持つミードンを眺める。
そして、コターツの周りに転がる人形を手に取り、伏し目がちに言った。
「わたし、『おにんぎょうあそび』がしたいのです」
「いいよ~! それじゃあ、ナツちゃんは、はばつをまとめる『ちょうろー』のやく!」
「わかったのです」
「ニミーは、『ちょうろー』のえいきょーりょくをそぎたい、わかてせいじかの『ほーぷ』のやくだよ!」
「たのしみなのです」
随分とクセの強いお人形遊びだ。
シェノはじっとりとした目で俺を睨む。
「ねえ、アイシアのせいでニミーが変な影響受けちゃってんだけど」
「俺に言うな」
とばっちりによる凄まじい殺気は、やはりほんわか空気で相殺。
2人の少女はぬいぐるみを手に、お人形遊びをはじめた。
「ねえねえ『ちょうろー』、いいかげん、いんたいしてよ~!」
「きみのちからは、わたしあってこそのもの、なのです。わかてが、あまりちょーしにのるな、なのです」
「そういう『ちょうろー』こそ、じぶんのちいをふりかざして、ちょーしにのってるよ!」
「こぞーが、よくいうのです」
なぜだか長老役がうまいナツ。
殺伐としたお人形遊びと、ほんわかとした空気が混ざり合い、操縦室は不思議空間と化していた。
この光景に、俺とシェノは困惑気味。
一方のフユメの心は、ほんわか空気に呑み込まれてしまったようだ。
「ふわわぁ~、かわいいです! 癒されます!」
先ほどまで魔王の魔核に恐怖していたナツはどこへやらだ。
さて、ニミーとナツのお人形遊びを眺めていたメイティは、あることに気づく。
「……みて……魔王の魔核、ナツの体から、出ていく……」
「まお~!」
「え!? なんで!?」
ナツの体から流れ出る紫の煙は、間違いなく魔王の魔核のそれだ。
なんだかよく分からないこの状況を、メイティは考察する。
「……ニミー、ナツ、コターツ、プーリン、お人形遊び……最高の癒しに、魔王の魔核、耐えられなくなった……たぶん……」
破壊を望む負の感情が、ほんわか空気に敗北したということか。
ほんわか空気が、魔王の魔核に勝利したということか。
ひとつ確かなのは、ナツの体から抜けた魔王の魔核が消え失せたということだけ。
つまり、俺たちは最後の魔王の魔核の退治に成功したということである。
謎の勝利に、シェノはじっとりとした目で俺を睨んだ。
「ねえ、最後の魔王の魔核が、こんな感じで退治されちゃって良いの?」
「良いんじゃないか。楽だし」
戦わずして勝つ。最良の勝利ではないか。
面倒な戦闘もなく、面倒な説得もなかったのだから、それで良いではないか。
魔王の魔核も、ほんわか空気には勝てない。ほんわか空気が最強。それで良いではないか。
そういうことにしておいて、俺はコターツへ潜り込むのだった。
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