最終章6話 羊の群れが、ドローンと追いかけっこしてますね

 転移魔法の光が消え、グラットンは地上に降り立つ。

 グラットンを降りた俺たちは、見知らぬ世界の地上を踏みしめた。


「到着しましたね。ここが、第24世界です」


 最後の魔王の魔核を退治するためやってきた世界。

 少し小高い丘の上で、俺は辺りを見渡した。


 眼前に広がっていたのは、苔の生えた岩に覆われる丘陵地帯。

 地面を切り裂く川に流れるのは、メロンソーダのような色をした水。

 岩から生えた木々は、鈴のような金色の実を垂らしている。


 苔の上では小さなクマたちが火を囲み、焼き魚を食べていた。

 心なしか空気には淡い色が付いているように感じる。


 ライフルを担いだシェノは、その不可思議な光景につぶやいた。


「なんだろうこの世界、なんか雰囲気が変なんだけど」


「ああ、俺も同感だ」


「まお~」


 どうやら使い魔も不思議な光景に驚いているらしい。

 そんな俺たちに、フユメが人差し指を立て淡々と説明してくれる。


「実は第24世界は、少し変わった世界なんです」


「どう変わってるんだ?」


「第38世界までは、発展の帰結として『プリムス』との融合を果たしています。ところが、この第24世界だけは独自の発展を遂げ、『プリムス』との融合ができていません。次元の歪みも激しく、『プリムス』人にも理解できない世界なんです」


「独自の発展と次元の歪みか。ま、『プリムス』人にも分からない世界じゃ、俺たちがいくら考えても意味はないかもしれないな」


 フユメ先生の解説を聞き、俺はそう結論づけた。

 ともかく俺たちがやるべきことは、魔王の魔核を退治することだ。


 丘の上でしばらく遠くを眺めていた使い魔とメイティは、同じ方向を向き口を開く。


「まお~」


「……魔王の魔核、たぶん、あっちに、いる……」


 小さなメイティの指がさしているのは、遠目に見える巨大な岩だ。

 いかにもダンジョンがありますよと言わんばかりの、鬼の形をした岩である。

 あまりの怪しさに俺たちは身構えてしまう。


 だがメイティは、怪しさなど気にせず丘を下りていった。


「あ、待ってくださいメイティちゃん!」


「なんかメイティ、やる気に満ち溢れてるな」


「ニミー、グラットンでお留守番しててよ」


「うん! ニミー、ミードンといっしょにまってる!」


 お姉ちゃんの言いつけに笑顔で答えたニミーに見送られ、俺たちもメイティの後を追った。


 魔王の魔核がいるという巨大な岩までは、それなりの距離がある。

 丘陵地帯を歩いているうち、俺たちの視界に第24世界の独特の風景が飛び込んできた。


「おい……ヘリコプターとドラゴンが仲良く飛んでるぞ……」


「羊の群れが、ドローンと追いかけっこしてますね」


 ファンタジーなのか現代なのか。

 よく分からない世界観に、俺たちの頭は混乱するばかり。


「うん? あれはなんでしょうか?」


「たぶん、地面から生えたフライパンだな」


「やっぱり第24世界は、その……不可思議な世界ですね……」


 まったくもって同感だ。

 なんというか、俺たちの頭は考えることを拒否しはじめている。

 きっと第24世界は、考えたら負けの世界なのだろう。


 ただ、悪いことばかりじゃない。


「ま、敵らしき存在がいないのは救いだ」


「あたしの銃の使い道、なさそうでつまんないな~」


 なぜか残念そうにするシェノは無視である。


 2時間以上は歩いただろうか。

 息が上がった俺の前に、鬼の形をした巨大な岩がそびえ立っていた。

 あまりに巨大すぎて、それが鬼の形をしているのかどうかは、いまいち分からないのだが。


 岩の前で、メイティは目を瞑る。

 数秒後、目を開いたメイティは俺たちを案内してくれた。


「……あの洞窟の、奥……」


「まお~」


 メイティが案内してくれたのは、人間がやっと入れるかどうかという狭い洞窟だ。

 まるでゲームの中に登場する、強敵の潜む洞窟。


「いかにもって雰囲気の洞窟だな」


「電気の光がありますね。誰かいるのでしょうか」


 慎重さが求められる洞窟探検となりそうだ。

 そもそも、第24世界の魔王の魔核が、どのような人物に取り憑いているのかも不明なのである。


 警戒のため、俺は常に魔法が打ち出せるよう構えた。

 同時にシェノは、ライフルを構え洞窟へ突入。


「ほら、行こ」


「シェノさん、なんだか楽しそうですね」


「ここなら敵と戦えるかなって」


「戦闘狂!?」


 思わずツッコミを入れるフユメだが、俺からすれば好都合だ。

 もし敵が出てきたとしても、全てシェノに押し付けてしまえば良いのだから。


 洞窟の中は、わずかな光と豊富な苔、じめっとした空気に覆われた空間。

 不快感と緊張感を背負い、俺たちは腰をかがめ先へと進んで行く。


 そうしてたどり着いたのが、中庭のような雰囲気を醸し出す、光を反射した透明度の高い池だ。


「誰もいないみたいですね」


「というか、生命体がいないぞ」


 ここに来るまでの間、魔物どころかコウモリにすら出会わなかった。

 しかし、生命体に出会わなかったのはここまで。


「……いた……」


 池の反対側を見つめ、猫耳と尻尾を立てたメイティ。


 彼女の言う通り、池の反対側には人影が。

 腰まで伸びた長い髪が特徴的な、岩場にちょこんと座る小さな人影。


「あれは、女の子か?」


「歳はニミーちゃんと同じくらいでしょうか?」


 想像とは違った人物の登場に、俺とフユメは安心感を抱いた。

 おかげで警戒心までも緩んでしまう。

 けれども女の子の反応は、俺たちとは真逆であった。


「……気をつけて……あの子、すごく、警戒してる……」


「まお~」


 俺たちの緩みを忠告するようなメイティと使い魔の言葉。

 確かに、女の子は紫のオーラを纏いながら、こちらを睨みつけている。


 安心するのはまだ早いだろう。

 おそらく、あの女の子が魔王の魔核に取り憑かれた人物だ。


「こういうときはフユメに任せたぞ」


「は、はい!」


 殺しはナシ。ならばまずは話し合い。話し合いならばフユメの出番。

 数歩だけ前に出たフユメは、洞窟に声を響かせる。


「あの、はじめまして。私はコイガクボ=フユメと言います。実は人を探して、こんなところまでやってきてしまって」


「…………」


「えっと、私たちの探している人は、少しだけ困ってしまっている子なんです。人探し、手伝ってくれませんか?」


「……ダメなのです」


「ダメ?」


「わたしにちかづいては、ダメなのです!」


 明確な拒否の言葉。そして突き出される、女の子の細い左腕。

 これに対し、シェノは銃口を女の子に向けた。


「おいおいシェノ、いくら獲物に飢えてるからって、女の子に銃を向けるのは――」


「誤解しないでよ。あたしだって、普通の女の子には銃なんて向けない」


 つまり、俺たちの前にいる女の子は、普通の女の子ではないということだ。

 それはそうだろう。紫のオーラを纏い、今にも魔法を放とうとする女の子が、普通の女の子であるはずがない。

 この洞窟は今、戦場になろうとしているのだ。


「クソ! あの子も魔王に人格を――」


 反撃のための魔法準備。

 向こうが攻撃を仕掛けてくる前に、俺は魔法を使って身を守るべきだろうか。

 頭には考えが巡り、体は戦闘態勢に。


 ところが、女の子は右手で左腕を抑え、俺たちに言った。


「はやく、にげるのです! これいじょう、だれかをきずつけたくはないのです!」


 洞窟に響き渡る、女の子の力強い訴え。

 俺たちは確信した。女の子の人格は、まだ魔王の魔核に支配されていないと。

 ならば、ますます女の子の訴えを聞くことはできない。


「悪いけど、俺たちは逃げるわけにはいかないんだ」


「……誰も傷つけたくない……それなら、わたしたちに、協力して、ほしい……」


 フユメに代わり一歩を踏み出したメイティの言葉。

 女の子を救おうとする勇者メイティの、優しい言葉。

 それでも女の子は首を横に振る。


「ムリなのです! 『まおー』はつよいのです! みんながにげないなら、わたしが、みんなからにげるのです!」


 誰も傷つけさせたくないという思いは、俺たちも女の子も同じ。

 だからこそ、女の子は俺たちから距離を取る。

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