最終章7話 すぐに転移魔法陣を使います!

 魔王の魔核を恐れながら女の子が向かったのは、池のほとりで光を放つ裂け目。

 すぐにフユメが叫んだ。


「あれは、次元の裂け目!?」


「まお~!」


「逃げちまうぞ!」


「チッ」


 洞窟を飛び抜けたレーザー。

 女の子はレーザーが当たる直前、次元の裂け目に飛び込み洞窟から消えてしまった。


「シェノ!? なんで撃った!?」


「逃げようとしたから」


「いやいやいや! あの子、まだ本来の人格を残してたろ! 殺しはナシだ!」


「ショックモードだから、命中しても死なないよ。まあ、外したんだけど」


 ぶっきらぼうなシェノの答えに、俺は頭を抱えてしまう。

 もしこれで、女の子が俺たちを敵だと認識したらどうするつもりだったのか。


 加えて、次元の裂け目は消え失せてしまっている。

 これから俺たちはどうすれば良いのか。


「急いで追いましょう!」


「そうしたいのは山々だが、どこに逃げたのか分からないぞ」


 残念ながら千里眼は使えないのだ。

 第24世界という広い世界から、どうして女の子を見つけ出せというのだろう。

 そんな状況でも、フユメの表情は明るいまま。


「マスターから連絡が入りました!」


「ラグルエルから? 内容は?」


「女の子が逃げた先です! 次元の歪みを観測して、女の子の居場所を割り当ててくれているみたいです!」


「お! そりゃ助かる!」


 ごく稀な、ラグルエルの活躍だ。

 早速、フユメはポケットに手を突っ込む。


「すぐに転移魔法陣を使います!」


 角砂糖サイズに折りたたまれた転移魔法陣を開くフユメ。

 俺たちが転移魔法陣の上に乗ると、転移魔法陣からは強い光が放たれた。


 視界は光に包まれ、ジメジメとした洞窟の光景は遥か彼方へ。


 光が消えると、潮の匂いが俺たちの鼻をくすぐった。

 辺りを見渡せば、帆船やタンカー、クルーズ船、軍艦が並ぶ景色が飛び込んでくる。


「ここは……港か?」


「船から魚介類がぞろぞろと降りてくるんだけど、あれ何?」


「まお~?」


 相も変わらずよく分からない世界観である。

 港を歩く魚介類や水兵に囲まれる気分は、地中に迷い込んだ鳥のような、なんとも不思議なものだ。


 少しして、メイティが魚介類たちの隙間を指さした。


「……あそこに、女の子、いる……」


 サバとフグの間からのぞいた、腰まで伸びる長い髪。

 あれは間違いなく女の子の後ろ姿。


「本当だ。おい、追うぞ」


「待ってください! もう少し静かに――」


 焦りからか、イワシの団体を押し退けようとして、俺はイワシの団体を騒がせてしまう。


 当然、その騒ぎは女の子の耳にも届いてしまった。

 追われていることに気づいた女の子は、そこらにあった次元の裂け目に飛び込む。


「逃げられちゃいました……」


「すまん」


「もう、次は慎重にお願いしますね」


 口を尖らせたフユメに、俺は頭を下げることしかできなかった。


「次です!」


 本日のラグルエルは優秀だ。

 女の子の次の居場所をラグルエルから伝えられた俺たちは、再び転移魔法陣を広げる。


 水たまりのように次元の裂け目が存在する世界だ。第24世界の住人は、強い光に包まれた俺たちに関心など向けない。


 転移魔法陣の光に包まれた港の景色は消え、代わりに現れたのは、木組みの家が立ち並ぶ街の景色。

 色とりどりの花に飾られた、美しく平穏な街だ。


「今度は街みた――ブヘェ!」


 突如として、俺の体に凄まじい衝撃が走る。

 聴覚が拾い上げた鈍い音は、全身の骨が砕け散る音だろうか。

 視界に映ったのは、フロント部分を凹ませたトラックだ。


 トラックに轢かれて異世界転移はよくある話。

 だが、転移直後にトラックに轢かれたという話は、聞いたことがない。


 トラックにはねられ宙を舞った俺の体が地面に叩きつけられる頃、俺の意識は遥か彼方へ。


 意識が戻ってくると、頬を膨らませたフユメの顔が視界いっぱいに広がった。


「いかにも安全そうな街でも死んじゃうんですね!」


「まお~!」


「何度も言ってる気がするが、死にたくて死んでるわけじゃないんだぞ」


 とはいえ、死ぬのには慣れてしまった。

 昼寝から目覚めたように俺は上体を起こし、フユメに質問する。


「女の子は?」


「シェノさんが追っています」


 フユメも俺の死に慣れてしまったのか、返答が早い。

 そして、シェノも俺の死に慣れてしまったのか、行動が早い。

 ついでに言えば、メイティも俺の死に慣れてしまったのか、メイティは静かに尻尾を揺らしているだけだった。


 とりえず立ち上がり、俺はフユメとメイティ、使い魔とともにシェノを探す。

 世界を破壊せんとする魔王の魔核が、この平和な街に迷い込んだのだ。

 何か事件が起こる前に女の子を確保しなければ。そう思っていたのだが、すでに事件は起きていたらしい。


「こ、これは……ももも、も、モデルガンだから!」


「嘘をつけ!」


「武装した少女を発見!」


「待てー!」


 人々の往来の中から聞こえてきた叫び声。

 と同時に、銃を片手にハネた髪を揺らす少女と、数人の警官たちが、俺たちの側を駆け抜けていった。


「今、警察に追われてたの、シェノだよな?」


「シェノさんですね」


「警察に見つかるなんて、あいつらしくないな」


「第24世界は『ステラー』よりも文明が発展した世界ですからね。さすがにシェノさんのスキルも通用しなかったんだと思います」


「なるほどな」


 冷静な分析である。

 いや、冷静に分析している場合ではないだろう。


「で、あれだけ騒げば、女の子も逃げたな」


「逃げましたね。ほら、次元の裂け目の光が見えます」


「ラグルエルからの連絡は?」


「来ましたよ」


 ならば問題ない。

 この街にもう用はないのだから、さっさと転移魔法陣を発動するまでだ。


 フユメは転移魔法陣を地面に広げ、俺たちはその上へ。

 そして俺は、警官に追われるシェノに呼びかける。 


「おい! シェノ! 転移するぞ!」


「はいはいはい!」


 ショックモードに設定されたままの拳銃の引き金を引き、シェノは警官たちを気絶させた。

 続けてシェノは転移魔法陣の上に滑り込み、転移魔法陣からは光が放たれる。


 これで平穏な街とはお別れだ。


 数秒後、新たな景色が俺たちの前に広がった。

 黒煙を吐き出す火山と、天を貫く岩山、平地に生い茂る草木。

 まさしく大自然の景色ではあるが、普通の大自然ではない。


「うわ、またとんでもないところに来たな」


「恐竜です! 間近で見るのははじめてです!」


 草木をなぎ倒し、ゆっくりと大地を踏みしめる恐竜たちが、大自然の中を跋扈していたのである。

 間違えてタイムスリップ魔法を発動してしまったのかと思うような景色だ。

 もはや第24世界は何でもありである。


 予想だにしなかった景色を前に、俺とシェノ、メイティ、使い魔は呆然とするが、フユメは目を輝かせていた。


「もっと近くで見たいです!」


「なあフユメ、なんでちょっと楽しそうにしてんだよ」


「だって、恐竜ですよ! 恐竜!」


「そうか、フユメって意外とそういうのが好きだった――」


 少女というよりは少年のような笑みを浮かべるフユメを眺め、ほんわかとする時間はわずかであった。

 何の前触れもなく、俺の視界は真っ暗になってしまったのである。

 ほどなくして、体に何かが食い込む感覚を覚え、そのまま俺の意識は噛み砕かれた。

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