最終章5話 なあに、世界が危機にあろうと心配はしとらん

 何やら目の前で、祖父と孫の感動の再会が繰り広げられているらしい。


「あの……どういうことなんですか?」


「1ミリも理解できる箇所がないんだが」


 こんなことがあり得るのだろうか。

 こんな奇跡が起こり得るのだろうか。

 俺とフユメは遠い彼方を見つめるような表情をするだけだ。


 そんな俺の顔を、フセペは凝視していた。


「お前さん、どこかで……おお! そうじゃ! お前さんはあのときの!」


 過去を思い出し手を叩いたフセペ。

 さらなる困惑に突き落とされてしまった俺。


「覚えとらんか? 『プリムス』に転移したとき、一緒に白い部屋で目覚めたじゃろ」


 言われて記憶が蘇る。

 転移した俺が『プリムス』で最初に出会ったのは、フユメでもラグルエルでもゴリラでもなく、1人の老人であった。

 まさか、とは思う。


「え? いや、でも、あのとき一緒だったのは老人だったような記憶が」


「ラグルエルじゃったかの。ワシはそんな名前の女神に救われてな、この『スペース』の若者に転生させてもらったんじゃ」


「ええと……期待通り、異世界転生を果たしたってことですか?」


「まさしく」


 もう信じるしかないだろう。


 異世界転移があるなら、異世界転生だってあるはずだ。

 この程度の奇跡だって起こるはずだ。

 つまり、転移した俺がはじめて出会った老人こそが、フセペであったということだ。


 深く考えても仕方がない。俺は目の前で起きていることをありのままに受け入れよう。

 アイシアは、祖父と再会できた喜びを胸にしながらも、王女らしい表情を浮かべる。


「おじい様が『スペース』に転生したのは、やはり魔王が関係しますの?」


 深くうなずくフセペ。


「あれは数ヶ月前のことじゃ。様子のおかしいカムラと訳の分からぬ狂った男に誘拐されての、コンストニオとかいう男に『プリムス』に転移させられたのじゃ。まったく、カムラが魔王に人格を支配されていることに気づけぬとは、ワシも焼きが回ったかの」


 世界の枠を超えた存在について、フセペはよどみなく語った。

 これに対し、アイシアはおかしそうにする。


「その口ぶりだと、おじい様は世界の危機を知っていることになりますわ」


「そうじゃよ、ワシは世界が危機に瀕していることを知っている。何せ、女神様が教えてくれたからの」


 元サウスキア国王は、全てを知っていたのだ。

 ここ『スペース』という世界の若者に転生し、世界の危機を知りながら、のんきにトラック運転手を務めていたのだ。

 なんという余裕、アイシアの祖父らしいことである。


「なあに、世界が危機にあろうと心配はしとらん。今頃、アイシアとベニートがサウスキアを救い、世界を救っている頃じゃろ。でなければ、アイシアがワシの前に現れることもなかったじゃろうしな」


 そうして、底なしの明るい笑顔が、俺たちに向けられた。


「お前さんたち、伝承にあった救世主というヤツじゃろ。アイシアが認めた者たちじゃ。ワシはお前さんたちを信じとるよ。世界を救うのは、お前さんたちのような若い世代の仕事じゃ」


 若者の姿には到底似合わぬ、年寄りの勘というやつなのだろうか。

 あるいは単に孫を溺愛しているだけなのだろうか。

 言葉の通り、フセペは俺たちのことを信頼してくれている。


「さすがアイシアのおじいさんだ」


「お任せください。私たちが必ず、世界を救ってみせます」


 これほどまでの信頼、裏切るわけにはいかない。

 フセペの期待を裏切らぬためにも、絶対に魔王を倒してみせよう。

 もともと魔王に負ける気などないのだ。難しい話ではない。


「ところで、俺は転移魔法が使えます。フセペさんをサウスキアに送ることはできますけど」


 せっかくの奇跡ゆえの、俺の提案だ。

 きっと、フセペがサウスキアに戻れば、大勢の人たちが喜ぶことだろう。

 突如として『スペース』に転生させられたフセペも、故郷に戻れるならば喜ぶだろう。


 そう思っていたのだが、メイティはつぶやくように口にした。


「……おじいちゃん、サウスキアに帰るつもり、ない……」


「ちっこいの、よく分かったの」


「おじい様、それはどういうことですの?」


 まさかの答えに首をかしげたアイシア。

 後ろ頭をかいたフセペは、今度は若者らしい淡い笑みを浮かべて口を開いた。


「こっちに転生してからというもの、どうにもこの世界を気に入ってしまってな。今はトラック運転手をしているが、これが思いの外楽しいのじゃ」


「トラック運転手生活を楽しむ元王様……」


「まあ、キツい仕事ではあるが、王ではなく一庶民として、二度目の人生を異世界で生きる道も悪くない。ワシはここに残る」


「そうですの……こうなったら、おじい様をいくら説得しても無駄ですわね」


 困ったような顔をしたアイシアは、しかしフセペに似て切り替えが早い。

 アイシアは立ち上がり、背筋を伸ばし、堂々と言い放った。


「サウスキアは、このわたくしが守り通しますわ」


「うむ、信じとるよ」


 孫の頭を撫でるフセペ。

 祖父に頭を撫でられたアイシアは、まるで子供のように表情をほころばせていた。

 あんなアイシアは、今までに見たことがない。


「……アイシア、嬉しそう……」


「おじいさんと再会できたんだ。当然だろ」


 サービスエリアのフードコートで繰り広げられる、元国王と王女の再会。

 はたから見れば親子の会話にしか見えぬそれは、アイシアとフセペにとっては大切な時間。

 2人の邪魔をすることなど、俺たちにはできない。


 けれども、俺たちにはやることがある。

 フユメは凛とした瞳で、俺たちに言った。


「みなさん、マスターから新たな魔王の魔核の居場所について、報告がありました。次の魔核が、異世界に散った魔王の最後の魔核だそうです」


「よし、さっさと仕事を終わらせて、さっさと世界を救おう」


 フセペがトラック運転手の道を歩むように、俺は救世主の道を歩む。

 救世主として魔王を倒すため、俺は気合を入れた。


 ところがここで、シェノと手をつないだニミーが俺を呼び止める。


「まって~!」


「どうしたニミー?」


「そふとくりーむ、たべたーい!」


「あ、俺も」


 どれほど強大な魔王が俺たちを待っていようと、ソフトクリームの誘惑に勝てるはずはなかったのだ。

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