第6章21話 よし! すぐに治してやる!

 タイムスリップ魔法と転移魔法の同時使用は成功した。

 俺の視界に広がったのは、懐かしいヴィクトルの艦橋である。


「まお~!」


 最初に俺を出迎えてくれたのは使い魔だ。

 そして、羽を振る使い魔の背後には、血溜まりに浮かぶフユメの姿が。


 悲惨な光景を前に、俺の胸が締め付けられる。

 果たして間に合ったのだろうか。

 床に倒れたフユメに寄り添い、俺は彼女の脈を確認する。


「フユメ! 良かった、まだ息はあるみたいだな」


 とはいえ、まさに虫の息だ。

 いつフユメが死んでしまってもおかしくはないだろう。


「待ってろよ。今すぐに助けてやるから」


 もたもたしている暇などない。

 俺はすぐさま、ラグルエルからもらった1枚の紙を取り出した。

 その紙をフユメの傷口に当てる。


「これに魔力を込めれば良いんだな」


 徐々に赤く染まっていく紙に、俺は手をかざした。

 魔力を込める場面さえ想像すれば、魔力は勝手に紙に込められていく。

 そうして魔力が込められた紙からは、幾何学的な模様をした、緑色の淡い光が放たれた。


 それはまさしく治癒魔法の光。

 光に包まれたフユメの傷口は、時間を遡るかのごとく閉じていく。


「よし、傷が治ってきた。これで――」


 突如として腹に感じた激しい痛み。

 まるでレーザーに撃たれたかのような感覚に、俺は血を吐き出す。


 自分の腹を見てみれば、そこには穴があき、大量の鮮血が流れ出ていた。

 俺は直感する。これは、フユメの傷を肩代わりしているのだと。


「おいおい、マジかよ……こりゃたしかに、『プリムス』人以外が使うと危険だな……」


 代償、対価、等価交換といったところか。


 だが知らん。俺は痛みに耐え、朦朧とする意識の中で、紙に魔力を込め続けた。

 努力は実ったらしい。フユメは目を覚まし、俺の顔を見つめている。


「ソ、ソラトさん?」


「どうだ……治療される側の気分は……」


「ソラトさん!」


 はっきりとした声で叫ぶフユメ。


 対して俺は、もう限界だった。

 意識は遥か彼方に飛び、俺の体は床に倒れ込む。


 タイムトラベラー、ここに死す。


 死んだはずのタイムトラベラーは復活した。


 目を覚ました俺は体を起こし、自分の体に傷がないことを確かめる。

 蘇るのは慣れたものだ。


「もう、ソラトさんはいつも無茶ばかりですね」


 呆れと優しさが織り交ざった声が、俺の鼓膜を震わせた。

 振り返れば、そこにはフユメがいる。いつも通り、朗らかに笑ったフユメが。


「フ、フユメ!」


 もしかしたら、もう二度とフユメの笑顔を見られないかもしれないと思っていた。

 そんな不安を押し殺し、ただ必死にフユメを救うことだけを考えていた。


 結果、フユメの笑顔を再び見ることができた。

 だからこそ、凄まじい緊張感から解放された俺は、思わずフユメを強く抱きしめる。


「あわわ! な、なんですかいきなり!?」


「良かったぁぁ! フユメが生きてるぞぉぉ!」


「うう……苦しいです……」


 ギブアップと言わんばかりのフユメ。

 先ほどまで死にかけていた人を苦しめるわけにもいかない。

 俺はフユメから体を離し、しかし口からはフユメへの心配が溢れ出た。


「大丈夫か? もう痛いところとかないか? 違和感があったら言えよ。もし何かあったら、また俺がすぐに――」


「問題ありません。ソラトさんが治療してくれたんですから」


「本当か? 本当に大丈夫なのか?」


「あえて言うなら、さっきソラトさんに抱きしめられて、ちょっと胸の辺りが痛いです」


 そう言って、フユメは少しだけ顔を赤くした。

 これは大変だ。


「よし! すぐに治してやる!」


「額面通りに受け取らないでください! なんか恥ずかしいです!」


 さらに顔を赤くしたフユメの叫び。

 多少は冷静さを取り戻した俺は、なんとも言えぬ申し訳なさの中で押し黙る。


 わずかな沈黙が過ぎると、フユメは笑みを浮かべて言うのだった。


「ソラトさん、ありがとうございます」


 彼女に感謝されるのは、これがはじめてではない。


 けれでも、なぜだろうか。今のフユメは、少しだけ子供のようだった。

 いつもは大人びた、それでいて活発な少女が見せる、幼い面影。

 その表情は、まるで子供の頃から探していた人を見つけ出したかのよう。


 フユメは小さな声でつぶやく。


「神様は、すぐ隣にいたんですね」


「うん? どういう意味だ?」


「なんでもないです」


 満面の笑みを浮かべ、フユメは話をはぐらかした。

 こういうところは、やっぱりラグルエルに似ている。


 俺の側では、使い魔が羽をぱたつかせていた。


「まお~」


「よくフユメを守ってくれたな。偉いぞ」


「まお~!」


 魔王の一部だとは信じられぬ使い魔を褒めると、使い魔は嬉しそうに鳴いた。

 彼がフユメの側を離れずにいたことは、きっとフユメにとっても心強かったことだろう。


 さて、最大の危機は去った。

 フユメは真面目な表情に戻り、戦場に意識を集中させる。


「ところでソラトさん! ヴィクトルを止めないと!」


「止める?」


「そうです! ヴィクトルがボルトアに体当たりするのを止めないと!」


「ああ! 完全に忘れてた!」


 死にかけるフユメ、タイムスリップ、死にかける幼いフユメ、ラグルエルとの会話、タイムスリップ。

 随分と盛りだくさんではあったが、戦いは何も終わっていないのだ。


 ボルトアを救うためにも、俺は艦橋でヴィクトルのAIに話しかける。


「ヴィクトルのAI、体当たりを中止しろ!」


 その言葉は、ヴィクトルのAIに届いたらしい。

 しかしヴィクトルの返答は冷たかった。


《不可能です。それにはハオス提督の承認が必要です》


「は!?」


 AIの言う通り、不可能だ。あのハオスが、体当たりの中止を口にするわけがない。


「どうしますか?」


「そうだな……」


 考えられる方法は限られている。

 というか、俺にはひとつの方法しか思い浮かばなかった。


「おいヴィクトル、お前のメインコンピューターを壊せば、体当たりは中止されるか?」


《お答えできません》


「答えたも同然だ。お前のメインコンピューターはどこだ?」


《お答えできません》


「ああそう」


 いくらAIとはいえ、自分の破壊方法については答えてくれないようだ。

 残念ながら、地図にもヴィクトルの中枢の在り処は書かれていない。

 ならば俺たち自身で考えるしかないだろう。


 フユメは短時間で導き出した推測を口にする。


「戦闘指揮所に行きましょう。そこなら、ヴィクトルの艦長と話ができるかもしれません」


「よし、そうしよう」


 今は急ぐべきときだ。俺たちは戦闘指揮所に向かうため、艦橋を飛び出した。

 幸い、帝國軍兵士からもらった地図には目的の場所が書かれている。

 地図によると、艦橋から戦闘指揮所までは約3キロほど離れているが、艦内列車に乗ればすぐに到着できるようだ。

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