第6章20話 あなたは……ソラトさんの強さを……知らない……!

 ラグルエルが一部次元への接触を禁止されていた3年間、フユメはラグルエルの仕事――世界の管理の一部を手伝った。


 この間、フユメは自分の故郷である地球のことを学ぶ。

 地球の光景は記憶に残っていたようで、調査のために地球に赴いた際は、心が懐かしさでいっぱいになった。


 それでも家族のことは思い出せない。そして、神様の顔も。

 どこかで神様に会えないかと期待し、世界を探しても、神様との再会は果たせなかった。

 神様に会いたい気持ちは強まるが、神様の姿は一向につかめない。そんな状況でも、フユメは諦めず、神様のことを想い続ける。


 さて、3年が経過しラグルエルの罰則期間が終わると、魔法修行が再開された。

 そしてついに、フユメは蘇生魔法を修得した。


 治癒・蘇生魔法を修得し、世界の管理も板につき、さらに数年が経った頃。

 フユメはついに救世主の魔法修行補佐を任せられる。


「これから救世主に選ばれた子を迎えに行くから、フユメちゃんは執務室で待ってて」


「はい、マスター」


「マスターじゃなくて、ラグお姉ちゃんよ」


 そう言って救世主を迎えに行くラグルエル。


 彼女に言われた通り、フユメは執務室で救世主の到着を待った。

 執務室では何やら物音がしていたが、どうせラグルエルが変な生物を転移させたのだろうと、フユメは気にしない。


 数分して、ラグルエルが執務室に戻ってくる。救世主を連れて。

 はじめて見る救世主は、フユメが思っていたよりも普通の青年であった。

 第一印象は、良い人ではなさそう。


「マスター、そちらの方が、『ムーヴ』の救世主様ですか?」


「え、ええ。救世主のクラサカ=ソラト君よ」


 ラグルエルに紹介されたソラトは、まだ困惑した様子だった。

 これからフユメは、このソラトという救世主の補佐になるのだ。

 初対面で悪いイメージを抱かれるわけにはいかない。フユメは丁寧に挨拶した。


「私の名前はフユメです。救世主に選ばれたソラトさんの、魔法修行の補佐をすることになりました。よろしくお願いします」


 この瞬間から、フユメとソラトの魔法修行の旅がはじまった。


 その後の出来事は、どれもこれもフユメの想定外のことばかり。

 銀河連合とエクストリバー帝國の戦争に巻き込まれ、その裏に魔王の陰謀が渦巻いていたなど、そう簡単に想定できることではない。


 とはいえ、悪いことばかりでもなかった。

 シェノやニミー、メイティ、アイシアは、フユメにとってははじめての、同世代の友達だ。

 ソラトとの魔法修行の旅も、苦労ばかりではあったが、それ以上に楽しい思い出がたくさんある。


 面倒くさがりでテキトーなソラトとの旅を、フユメは心の底から楽しんでいたのだ。

 これからも、この楽しい時間が続けば良いと、フユメは思っていた。



    *



 走馬灯のように駆け巡る過去の思い出。

 ハオスに撃たれたフユメは、腹から流れ出る血の温かみの中で、朦朧とした意識をなんとか保っていた。


 ソラトはハオスのツタに吹き飛ばされ、青白い光の中に消えていってしまう。


「おや? 救世主め、逃げたか……」


 姿を消したソラトをあざ笑うハオス。

 羽をぱたつかせた使い魔は、心配そうにフユメのもとに降り立った。


「まお~! まお~!」


 使い魔の必死の叫びに、フユメは笑みを返す。

 彼女は、こんなところで死ぬ気はないのだ。

 すぐ目の前に天国への階段が見えようと、彼女はこの場に留まる気なのだ。


 そんなフユメをも、ハオスはあざ笑う。


「お前も哀れなものだな。腹から血を流し死にかけているというに、救世主に逃げられてしまうとは」


 罵詈雑言によって、ハオスは怒りと憎しみを発散しているのだろう。

 彼の嘲笑は止まらない。


「まったく、感情と善意に支配され、贋作でしかないこの世界を、命をかけてまで守ろうとするとはな。あの男は理解できん」


 窓の外、戦場を眺め、ハオスは拳を握った。


「あのような愚かで弱い男は嫌いだ。やはり、魔王様こそが最強の存在。感情や善意を捨て、悪をも超越し、ただ一心に破壊と解放に突き進む魔王様こそ、敬愛すべき存在であろう」


 両腕を広げたハオスは、魔王を礼賛し悦に入った。

 今の彼は、まるでソラトとの戦いに勝利したかのようだ。


 何を言っているのだと、フユメは思う。

 戦いはまだ終わっていない。ハオスはソラトに勝ってなどいない。


「あなたは……ソラトさんの強さを……知らない……!」


 気づけばフユメは、残された力を振り絞り、そう口にしていた。


「まだ息があったか」


 フユメを見下すハオス。

 それでもフユメは意に介さず、生死の狭間ではっきりと言葉を続けた。


「ソラトさんは……あなたの目から見れば……たしかに弱いです……愚かです……」


「その程度のことはお前にも分かるのだな。見直したぞ」


「でも……ソラトさんは自分の弱さを知っています……! 自分の愚かさも知っています……! そして……その全てを受け入れています……!」


 ソラトはただの面倒くさがりでテキトーな男ではない。

 彼は自分を知り、だからこそ、自ら面倒くさがりでテキトーな道を選択し歩んでいる。

 ずっとソラトの隣にいたフユメだからこそ、それが分かるのだ。


「何があろうと……ソラトさんは決して諦めません……! 諦めず……自分の道を突き進みます……!」


 誰にもソラトの歩みを邪魔できない。

 もしソラトの歩みを邪魔できるのであれば、フユメはもっと楽な魔法修行ができた、とすら思っている。


「だから……魔王に勝ち目はありませんよ……ソラトさんの愚かさを……見くびらないでください……!」


 あれだけめちゃくちゃな人が、魔王に負けるはずがない。

 何度も死ぬような目にあい、何度も死に、それでも戦い続けたソラトが、魔王に負けるはずがない。

 そう、フユメは信じている。


 この数ヶ月間、ともに過ごしてきたソラトのことを、フユメは信じているのだ。


「くだらぬことを」


 汚物でも見るかのような顔をして、ハオスはフユメの言葉を払った。

 もうハオスの意識の中から、ソラトのことは消えてしまっているらしい。

 ハオスは使い魔に手を差し出し、尊大な口調で言う。


「さあ、魔王様の使い魔、俺とともに――」


「まお~!」


「なに!? どうして魔王様の使い魔が、この俺に反抗を!?」


「まお~!」


 使い魔はフユメの側から離れず、ハオスの指を噛んだ。


「チッ」


 怒りに顔を歪めたハオスは、逃げるように艦橋を去っていく。


 残されたフユメは、遠のく意識をなんとか保ち、助けを待った。

 これは以前にもあったこと。


「神様……」


 探し続けていた命の恩人。

 どれだけ探そうと影すら掴めなかった彼を、フユメは待ち続ける。


 体の感覚はなくなり、寒さの中に沈むフユメ。


 そのとき、艦橋に青白い光が輝いた。

 光の中から現れたのは、フユメが探し続けていた神様・・だ。

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