第6章17話 フユメちゃんは大事な人なのね
全ての話が今に繋がると、ラグルエルの表情が柔らかくなる。
「これから起きることを知るのって、不思議な気分だわ。まあ、『プリムス』では珍しいことではないんだけど」
衝撃の一言である。
さすがは第一世界『プリムス』だ。時空の歪みなど、世間話の一種なのだろう。
ただ、俺の口から語られた未来を、ラグルエルは気に入ったらしい。
いたいけなフユメの寝顔を眺め、ラグルエルはニッコリと笑っていた。
「このかわいい女の子が、私の弟子であり妹になって、そしてこの力の抜けた男の子が、私が育てる救世主になるなんてね。しかも、あのコンストニオが魔王に人格を支配されるなんて。フフ~ン、未来が楽しみだわ」
どう楽しみなのかは、あえて聞かない。
それよりも、俺には気がかりなことがある。
「あの……」
「どうしたの?」
「いきなりフユメを助けてもらっちゃって、しかもフユメを預けることになっちゃって、迷惑ではないんですか?」
申し訳なさに沈んだ俺の言葉に、ラグルエルは素直な返答をした。
「迷惑よ。『プリムス』人以外の人の命を救うのは法律違反だし、一人暮らしを謳歌していた私が、いきなりお姉さん兼お母さんなんてできるのか不安だし」
直球の返答に、俺の心が痛い。
「でもね、よく考えてみて。クラサカ君が知ってる未来の私は、なんとかしてたんでしょ? じゃあ大丈夫よ」
「そんなテキトーな」
心の痛みを返してほしい。
「それに、強い魔王の出現と、コンストニオが魔王に人格を支配される話は、私たちの未来を救う重要な話だわ。それを教えてくれただけでも十分よ」
こういうところだけは現実主義的な考えなのが、また分かりにくい。
「だいたい、クラサカ君は将来、自分とは無関係な世界を救うため、自分の人生を私に捧げて救世主になってくれる。迷惑料はそれだけでお釣りがくるわ」
料金は未来で支払済みということか。
なんとも現金なことである。
どうせなら俺も、少し現金なことを言ってみるか。
「お釣りがくるなら、もうひとつだけお願いしても良いですか?」
「フフ~ン、贅沢者ね。お願いを叶えてあげるかは、その内容によるわ」
予防線を張られてしまったが、問題ない。
そもそも、なぜ俺は過去にタイムスリップしてしまったのか。冷静になった頭で考えれば、その理由が分かった。
フユメがハオスに撃たれたのだ。そして俺は、過去に戻りフユメを助けたいと願ったのだ。結果、タイムスリップ魔法を無意識に発動させてしまったのだ。
ところが、俺がタイムスリップしたのは、神代岳の噴火で死にかけた幼いフユメのもとだったのである。
幼いフユメの命は救った。ならば、今度は未来のフユメを助けなければならない。
「実は今、未来のフユメが死にかけているんです。でも、俺には彼女を救う手段がなくて……できればラグルエルさんに――」
「クラサカ君にとって、フユメちゃんは大事な人なのね」
話を遮り、ラグルエルは微笑む。
「もう一度確認するわ。フユメちゃんは立派な治癒・蘇生魔法使いになるのよね?」
「そうです」
「で、クラサカ君はフユメちゃんを大事に思ってる」
「……はい」
あらためて確認されると、なんだか気恥ずかしいものである。
それでも、俺はフユメを助けたい。フユメを助けたいという気持ちに、嘘偽りはない。
俺の思いが届いたか、ラグルエルは続けた。
「だとすると、私がやらなくても、クラサカ君がフユメちゃんを救う手立てはあるわ」
「本当ですか!?」
「嘘なんてつかないわよ。ええと……たしかこの辺に……」
おもむろに立ち上がり、またも棚を漁りはじめるラグルエル。
途中、スナイパーライフルが棚の外に倒れたが、おそらく気にしてはいけない。
棚の中に目的のものがないと知ると、彼女は床に散らばった紙の山を探った。
「あった! これこれ」
1枚の紙を手に取ったラグルエルは、その紙を俺に手渡す。
「これに、この人を救いたい、っていう強い思いと魔力を込めれば、死にかけている人を助けることができるわ」
「あ、ありがとうございます!」
「でも気をつけて。『プリムス』人以外がこれを使うと、ちょっと危険なのよ」
「ちょっとぐらいの危険、フユメのためならなんでもないです!」
「いや、本当はかなり危険……そうよね、クラサカ君ならフユメちゃんを救えるはずよ」
一瞬だけ心配になるようなセリフが聞こえた気がするが、知らん。
何のために俺はここにきたのか? フユメを救うためだ。
危険という単語の意味がどれほどのものなのかなど、俺には関係ない。
これでフユメを救うための準備は整った。
「フユメのこと、頼みます」
「任せてちょうだい! クラサカ君の知ってる、優秀で優しい治癒・蘇生魔法使いに育ててみせるわ!」
未来と何らも変わらぬラグルエルに、俺は勇気付けられる。
幼いフユメの穏やかな寝顔に、俺の決意は強まる。
さあ、早いところ未来に戻って、死にかけのフユメを助けよう。
「フフ~ン、初恋の思い出はない、ね」
「うん? どうかしましたか?」
「なんでもないわ」
おかしそうにするラグルエルを背に、俺は想像した。
未来の景色、『ステラー』のボルトア上空に浮かぶ、ヴィクトルの艦橋。
五感には転移とタイムスリップの記憶を蘇らせる。
体は徐々に青白い光に包まれていった。
「じゃあ、また十数年後」
「ええ。ばいばい」
幼いフユメに寄り添い手を振るラグルエルを最後に、俺は過去から旅立ったのだ。
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