第6章16話 お姉さん怒らないから

 光が消えると、そこは『プリムス』にあるラグルエルの執務室であった。

 執務室では、突然の訪問者である俺たちに驚き、アイス片手に固まったラグルエルの姿が。


「ど、どこのどなたさんかしら?」


 いきなりの謎の訪問者である。彼女が驚くのも当然だろう。

 だが、俺が抱きかかえる小さなフユメは、今にも息絶えようとしているのだ。

 詳しい説明をしている時間などない。


「フユメを、この子を助けてください!」


「え!? い、いきなり言われても困る――」


「頼みます!」


「わ、分かったわ。ちょっと待ってなさい」


 強引すぎる俺の言葉に折れたからか、それともフユメに気づいたからか、ラグルエルは立ち上がってくれた。

 彼女はフユメを抱き上げ、ソファの上に寝かせる。

 そしてデスクから取り出したメガネをかけ、苦しそうにするフユメを眺めた。


「あらあら、これは大変ね。ちょっと面倒なことになるかもしれないけど……まあ良いわ」


 医者ではないラグルエルは、一体何を見抜いたのだろう。


 少しだけ表情を厳しくした彼女は、今度は棚を漁りはじめた。

 これでもないあれでもないと、大量の紙をばら撒いた末に、1枚の紙を手にするラグルエル。

 その紙をフユメの体に被せ、ラグルエルは端末を操作しはじめた。


 何が行われているのか、俺には分からない。

 俺はただ、何もできずにフユメを見守ることしかできない。


 そんな俺に、ラグルエルは言うのだった。


「ところで、あなたも少し休んだ方が良いわよ。肋骨は折れてるし、魔力も底をついてるわ」


「でも、フユメが助かるまでは……」


「悪いけど、もうあなたにできることはないわ。どこの誰かは知らないけど、あなたはあなたの体を大事にしなさい。骨折は治しておいてあげるから」


 まったくその通りだろう。

 二度のタイムスリップ、二度の転移。俺の魔力はとっくに消え失せている。


「じゃあ……お言葉に甘えて……」


 休もう、と思った直後であった。

 想像していたよりも、俺は疲れていたのだろう。意識は虚ろになり、全身からは力が抜け、まぶたは自然と閉じていく。

 フユメが無事であるように、と願いながら、俺は眠りについてしまったのだ。



    *



 再びまぶたが開く。


「寝ちゃってたか」


 俺はソファに横たわっていた体を起こした。

 体は軽く、胴体の痛みも消え、気分も悪くない。これは怪我と魔力が回復した証である。


 さて、俺の疲れは癒されたようだ。

 それでも安心などできない。


「フユメは!?」


「シッー! フユメちゃん、起きちゃうわよ」


 衝動的な叫びに、ラグルエルの優しい言葉が返される。


 辺りを見渡してみれば、対面のソファで穏やかに寝息を立てるフユメと、そんな彼女を看病するラグルエルの姿が。

 落ち着いた様子のフユメに胸をなでおろしながら、俺はラグルエルに聞く。


「彼女は無事なんですか?」


「この私が治療したのよ。無事に決まってるじゃない」


 大した自信だ。

 その答えが、俺の心をさらに落ち着かせる。


「とは言っても、危なかったわね。特別な治療を施さなくちゃ、フユメちゃんは助からなかったわ。あなたたちの住む世界には存在しない、特別な治療じゃないと」


 誇らしげな表情は打って変わり、ラグルエルは片頬を上げてそう言った。

 今の彼女は、明らかに俺を怪しんでいる。

 当然だ。膨大な魔力を持った男が、転移魔法を使って『スペース』から転移してきたのだ。しかも、瀕死の少女を連れて。


 怪しいを通り越し、もはや怪奇現象の類いである俺。

 ラグルエルは人差し指を立てた。


「さて、私の質問に答えてもらうわ。質問への答え以外は聞かないわよ」


 鋭い口調に行動を縛り付けられ、俺はうなずくだけ。

 素直な反応に喜んだか、ラグルエルは少し笑って最初の質問を口にする。


「あなたの初恋はいつかしら?」


「は? いや、その、人生の中で、これが恋か! と思ったことは一度も――」


「ごめんなさい。冗談のつもりだったんだけど、なんだか悪いことを聞いちゃったみたいだわ」


 悲しい顔をして謝罪するラグルエル。

 やめてくれ。追い打ちをかけないでくれ。

 というか、いきなり冗談を言わないでくれ。


「ここからは真面目な質問。あなたの名前は?」


 唐突に真剣な顔をしたラグルエルの、ごく普通の質問。

 小さくため息をつきながら、俺は答えた。


「倉坂空人です」


「クラサカ君ね。じゃあ、クラサカ君は『スペース』の出身かしら?」


「はい」


「この質問に答えられたということは、クラサカ君は世界の仕組みを知っているということで決まりね。次の質問よ。クラサカ君はどこで、その膨大な魔力を身につけたのかしら?」


「それは――」


 早くも核心に迫るような質問だ。

 怪しい相手には、ラグルエルも容赦しないらしい。


 しかし、俺は質問にどう答えれば良いのだろうか。真実を話したところで、信じてくれるのだろうか。


「何か訳ありそうな表情だわ。お姉さん怒らないから、ぶっちゃけちゃって良いのよ」


 心を見透かしたようなラグルエルの言葉。

 お姉さんオーラを全開にしながら迫る彼女に、俺はすぐさまギブアップである。


「実は――」


 半ばやけくそだ。相手はラグルエルである。めちゃくちゃな相手には、めちゃくちゃな話をぶつけるしかない。


 そう思い、俺は全てを話した。はじめて『プリムス』に転移し救世主となった日から、今日に至るまでの全てを。

 隠し事はなしだ。フユメのことも、魔法修行のことも、そして魔王のことも、膨大な魔力に関係する話は、全て口にした。


 結果、思った以上にラグルエルが話に食いついてしまった。


「もっと詳しい話を教えてちょうだい!」


 その言葉がはじまりだったかもしれない。

 気づけば俺は、シェノやニミー、銀河連合と帝國の戦争、アイシアの家族、魔王の狙いとその取り巻きについてなど、あらゆる出来事を語っていた。

 まるで自分の身に起きた出来事を、物語としてラグルエルに聞かせているかのように。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る