第6章15話 必ず助ける! 任せておけ!

 ニュース映像などでは分からない地獄が、今の俺が立つ場所だ。


――もう一度、タイムスリップしよう。


 脳みそなど動かしていない。直情的に、俺はそう決意した。


 なぜ俺が3年前の地球にやってきたのか。その答えは、タイムスリップ魔法で間違いないだろう。

 タイムスリップなら一度経験している。一度経験した事象なら、俺はそれを魔法として使える。

 まともに魔法も使えぬほど俺の魔力は減っているようだが、そんなことはどうでもいい。


 とにもかくにも、俺は五感を奮い起こし、想像した。

 まだ神代岳が噴火する前の町を想像し、目をつむった。

 結果、俺は青白い光に包まれ、気づけばどこかの町に立っている。


「場所が違う?」


 周囲を見渡し、俺はそうつぶやく。

 残念ながらタイムスリップ魔法は場所を指定できないらしい。


 だが、ここから見える神代岳は、先ほどと同じ角度だ。幸い、俺は同じ町の違う場所にやってきたということである。


 避難する人々とは逆の方向に走り、俺は過去のフユメを探した。

 どこも同じような景色だが、覚えのある民家がいくつか見えている。

 迷うことはなさそうだ。


「この辺りだったよな」


 徐行する消防車とすれ違い、俺は確信した。

 過去のフユメが住む家はこの近くだ。目的地までは近い。


 それでも安心ばかりはしていられない。

 そう、神代岳の噴火は俺の都合になど合わせてくれないのだ。

 近くに過去のフユメの家があると確信したと同時、神代岳の山頂が破裂した。


「急がないと!」


 魔力の減少は体力の減少と同義。今の俺は全速力で走ることができない。

 少しでも早く、わずかでも早くと心は焦り、ふらつく体は不安定に。


「山が崩れたぞ!」


「逃げろ! 逃げるんだ! 早く!」


「間に合わないよ!」


 避難する人々の、二度目の悲痛な叫び。


 彼らを救えない自分の無力さを呪いながら、俺は過去のフユメのもとへ走る。

 途中で転ぼうと知ったことではない。痛みも置き去りにし、俺は走る。


「頼む! 頼む頼む頼む!」


 迫る土砂を横目に、祈るしかない。


 祈り、がむしゃらに走った結果、ついに過去のフユメの家が見えてきた。

 家の前では、フユメの両親が呆然と立ち尽くし、数分前の俺が魔法を使おうと足掻あがいている。


 現在の俺も、両腕を突き出し想像した。

 今度こそは氷魔法を作り出し、せめてフユメを救い出す。

 果たして必死の願いは届くのか。


 どこからともなく出現した氷の壁は、わずかにフユメの家の背後に。

 それもすぐに土砂に呑まれ、俺は俺を包み込んだ氷の壁ごと土砂に埋もれてしまう。


 再びの轟音、再びの振動。


 打って変わって静寂が訪れたとき、俺は土魔法を使い土砂から脱出した。

 外の景色は、やはり地獄だ。

 地獄の中で輝いた青白い光は、俺が先ほどタイムスリップ魔法を使った際の光だろう。


「また……ダメだったか……」


 魂が抜けていくような感覚だ。これほどの絶望は、さすがにはじめてだ。


「もうタイムスリップする魔力も残ってない……クソ!」


 救えなかった。

 小さなフユメ1人すら、俺は救えなかった。

 土砂の上で膝をつき、俺は悔しさの中に沈んでいく。


 一方で、俺は諦めの悪い男だ。


「いや、待てよ」


 よく考えてみれば、これは過去の出来事である。

 過去は変えられない。つまり、未来は変わらない。

 未来の世界で、俺はフユメと出会った。


――まだフユメは生きてる!?


 そんな答えが頭に浮かんだ途端、俺の体は自然と動き出す。

 フユメの家があったはずの場所を、俺は土魔法を使って掘り起こす。


 土砂を数メートル掘った頃だ。潰れた民家が俺の目に映った。

 民家は土砂に呑まれ潰れているが、原型は残っている。理由は簡単だ。俺の発動した氷の壁が、土砂の勢いを多少なりとも減らしたのだ。

 潰れた民家の残骸を取り除くと、わずかな隙間に横たわる人影が。


「うう……」


 外傷は見えなくとも、苦しげにうめき声を漏らす小さな女の子。

 俺は彼女のもとに駆け寄る。


「フユメ? フユメ!」


 わずかな隙間に横たわった幼いフユメの隣に座り、俺は必死で声をかけた。

 まだフユメを助けられるかもしれない。

 希望はまだ残っている。 


「大丈夫か!?」


「うう……」


 どれだけ声をかけようと、フユメはうめき声を漏らすだけだ。

 急いで彼女を治療しなければと、俺は直感する。


 だからといって、彼女を治療する術を俺は知らない。


「なんとかならないのか? 考えろ考えろ!」


 病院に転移する、というのは常識的な考えだ。

 それでフユメは確実に助かるのか、と問われれば、俺には分からない。


 では、どうすればフユメを確実に救えるのか。

 頭に思い浮かんだのは、ある女神の顔。


――ラグルエルなら、もしかすれば!


 治癒魔法が存在する世界ならば、フユメは確実に助かるはずである。

 すぐにでも『プリムス』に転移するため、俺は目をつむった。


「俺の魔力、時間を超えなくて良いから、せめて世界を超えてくれ!」


「うう……いたいよ……パパ……ママ……」


「大丈夫だフユメ」


「たすけて……かみさま……」


「ああ、必ず助ける! 任せておけ!」


 小さなフユメの体を抱き上げ、俺は叫んだ。


「転移魔法!」


 その瞬間、俺の視界はまばゆい光に包まれる。

 残された全ての魔力を使って、俺は『プリムス』に転移したのだ。

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