第6章18話 ラグおねえちゃんと、いっしょに?

 目を覚ました幼いフユメは、知らない世界と知らない女性に戸惑っていた。


「ここは、どこ……?」


「おはよう、フユメちゃん」


「おねえちゃん、だれですか?」


「私はラグルエル=オルタファ=メイエムフォン=イーゼン。ラグお姉ちゃんって呼んでね」


 ブロンドの長い髪に、白いワンピース姿の女性。まるで絵本の中に登場する女神様。

 神秘的な存在を前にして、フユメは言葉を失ってしまう。

 ラグルエルと名乗った女神は、フユメの頭を撫でながら言った。


「フユメちゃんは、少しだけ記憶が消えちゃってるみたいなのよ。フユメちゃん、自分のお名前は分かる?」


 分からないことばかりの中で、フユメはラグルエルの質問に答える。


「コイガクボ=フユメ」


 自分の名前を口にしたフユメは首をかしげる。

 記憶が消えちゃったと言われたが、彼女は自分のことを全て覚えていたのだ。

 名前も年齢も、好きな食べ物やキャラクターも、全部が思い出せる。


 だからこそフユメは首をかしげたのだが、ラグルエルの次の質問で、彼女は自信をなくしてしまった。


「どこから来たの?」


「……わからない」


 思い出そうとしても、何も思い浮かばない。

 曖昧でおぼろげな世界の姿は思い出せても、自分がどこから来たのかは思い出せない。

 それどころか、フユメは両親のことすらも思い出せずにいた。むしろ、両親がいたのかどうかすらも、今のフユメには分からないのだ。


「わたし、おなまえしかわからない。なんにもおぼえてない……」


 すっかり消えてしまった記憶に落ち込んでしまったフユメ。


「かみさま……」


 おぼろげな記憶の中で、フユメはそうつぶやいた。

 なぜ自分がそんなことをつぶやいたのか、フユメには分からない。

 ただなんとなく、その『かみさま』が大事な人であるように、フユメには思えた。


 ラグルエルはフユメのつぶやきに笑みを浮かべながら、明るく言う。


「困ったわね。フフ~ン、さあ! そんな風に困っちゃったときは、このラグお姉ちゃんに任せなさい!」


 えっへんと胸を張るラグルエル。

 その妙な自信に圧倒され、フユメの目に浮かんだ涙は引っ込んでしまった。

 ラグルエルはフユメの肩に手を置き、顔を近づける。


「実はね、フユメちゃんには特別な力があるの!」


「とくべつ?」


「そう、特別な力。フユメちゃんはね、人のお怪我を治したり、死んじゃった人を蘇らせたりできるのよ!」


 夢のような力だ。


 フユメに残された少ない記憶の中に、魔法使いを題材にした絵本があった。

 その絵本では、可愛らしい魔法使いが人々の悩みを聞き、人々を幸せにしていた。もちろん、人々の傷を癒すことだってあった。


 そんな絵本に登場する魔法使いと同じような力が、フユメも使えるというのである。

 幼いフユメの心にワクワクが溢れていった。


「ほんとうですか?」


「本当よ! これから私が、その力の使い方を教えてあげるわ!」


 優しく笑ったラグルエルの言葉に、フユメの表情がパッと明るくなる。

 同時に、フユメは不安を抱いた。


「でも……わたし、おうちがどこかわからない……」


「大丈夫大丈夫! 何の問題もないわ! これからフユメちゃんは、このラグお姉ちゃんと一緒に暮らすんだから!」


「ラグおねえちゃんと、いっしょに?」


「嫌かしら?」


「い、いやじゃないです!」


 記憶を失ったフユメにとって、目の前にいるラグルエルこそが唯一の頼れる人だ。

 優しそうな女神様と一緒に暮らすなんて、まるでおとぎ話である。


 無邪気な喜びを隠せぬフユメに、ラグルエルは手を差し出した。


「それじゃ、これからよろしくね」


「うん! よろしくおねがいします!」


 満面の笑みを浮かべたフユメは、小さな手でラグルエルの手を握る。

 これが、フユメとラグルエルの家族・・としての出会いであった。



    *



 2人が出会ってから、『プリムス』時間で数年。

 ラグルエルの子育てはあまりにもテキトーであったが、フユメは無事にすくすく成長した。

 お利口さんのフユメだからこそ、ラグルエルの子育てもうまくいったのだろう。


 この頃になると、マスター・ラグルエルの教えにより、フユメは治癒魔法を自在に使えるようになっていた。

 さらに治癒魔法を極めるため、今日もフユメは修行に勤しむ。


 大きな怪我を負った謎の動物に手を当て、治癒魔法を使うフユメ。

 謎の動物の怪我は緑の光に包まれ、徐々に傷口は閉じていった。

 数秒後、謎の動物は元気に白い部屋を飛び跳ねる。 


「うまいうまい。フフ~ン、やっぱりフユメちゃんは天才ね」


 わざとらしいまでの笑顔を浮かべたラグルエルの褒め言葉は、芝居がかっている。

 フユメは思わずため息をついてしまった。


「どんなにほめたって、今日の夕食当番は交代しませんよ」


「あら、バレちゃってたわ」


「バレバレです」


 これは今日にはじまったことではない。

 何かにつけて、ラグルエルは仕事や家事をサボろうとするのだ。


 ゆえに、フユメは10歳前後にして仕事や家事を完璧に覚えてしまう。

 苦労の末のスキルだ。もはやどちらがお姉さんでありお母さんであるのか、分かったものではない。


「どうしてラグお姉ちゃんは、そんなにやる気がないんですか?」


「やる気があったって疲れるだけだからよ。それに、今のうちにやる気がない人には慣れておいた方が良いわ」


「どういう意味ですか?」


「さあね」


 意味深な発言を直後にはぐらかすのはやめてほしいと、フユメは切に願う。

 再びため息をついたフユメは、治癒魔法修行を再開させた。

 再開しようとしたのだが


「いたぞ! あそこだ! まったく、あの女は……」


 修行の場に響いたのは、今にも血を吐き出しそうなコンストニオの怒りの声であった。

 彼に続いて、かっちりとした格好の女がやってくる。


「ラグルエル=オルタファ=メイエムフォン=イーゼン! お前の弟子について、聞かねばならないことがある!」


 女はラグルエルの前に立ち、瞳を鋭くする。

 これはまたトラブルだと、フユメは頭を抱えてしまった。


 ただ、今回のトラブルはフユメに大きく関係するものであった。


「あなたはコイガクボ=フユメを、世界の狭間のロスト・チルドと説明していたな。そして、弟子を育てるための合法的な手段によって、彼女を『プリムス』に転移させたと」


「ええ、その通りよ」


「先ほど、過去のデータを確認していたコンストニオが、コイガクボ=フユメに関するデータの改ざんに気づいた。転移時の状況について、あなたは嘘をついたようだな」


「あらあら」


「率直に聞く。コイガクボ=フユメは、どうやって『プリムス』に転移した?」


 まさかの展開に、フユメは言葉を失ってしまう。

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