第6章2話 魔族四天王最後の生き残りです!

 光が収まり『ムーヴ』へと転移したグラットン。

 ラグルエルの案内に従い、グラットンは大海原上空を飛んでいた。

 副操縦席に座ったラグルエルは、フロントガラスの向こう側を見渡している。


「この辺りに孤島があるはずなんだけど……」


 薄い雲の下に広がる、深く暗い青色。

 どこまでも続く同じ景色から、ラグルエルの膝の上に座っていたニミーは何かを見つけたようだ。


「みてみて! くものむこうに、ちいさな『しま』があるよ!」


「ホントだ。ねえラグルエル、あれが目的地の島?」


 ハル姉妹の視線の先には、穏やかな波の中に佇む陸地が。

 山ひとつ分の大きさ程度のその島は、まさしく絶海の孤島。

 何かが隠されていますよ、といった、いかにもな雰囲気が島から伝わってくる。


「ええ! あれが目的地よ! ニミーちゃん、偉い偉い」


「えへへ~」


 頭を撫でられほんわかとした表情のニミー。

 シェノは操縦桿を傾け、グラットンの針路を孤島に向けた。


 コターツに入っていた俺は島の詳しい様子が気になり、操縦席の後ろに立ち外を眺める。

 こうして眺めると、孤島は樹木すら存在しない不毛な土地だ。隠し物をするにはちょうど良い場所だろう。


 ところで、俺が最も気になったのは孤島ではない。

 大海原にうごめく、細く巨大な黒い影。そちらの方に俺の意識は持っていかれた。


「なあ、海の中にデカい影が見えた気がするんだが」


「まお~」


 使い魔も俺と同感らしく、小さな羽をぱたつかせ警戒モードだ。

 フロントガラスの向こう側、大海原に浮かぶ影は、クジラなど比にならないサイズ。


 嫌な予感がする。


 そしてその嫌な予感は、残念ながら的中する。


 影は海面を割り、鱗に水しぶきをまとった、細く巨大な生物が空に昇ったのだ。

 間違いなくそれは俺たちの敵。


「出たぞ! 魔物だ!」


「すごいすご~い! おおきなヘビさんだ~!」


「あれはリヴァイアサンです! 魔族四天王最後の生き残りです!」


「マジかよ!?」


 魔族四天王とのエンカウント率が高すぎではないだろうか。

 もはや俺が魔族四天王を呼び寄せているかのようである。


 グラットンは、空に昇るリヴァイアサンから隠れるように水しぶきの中へ。

 水滴が張り付くフロントガラスの向こう側を見つめ、シェノは口を尖らせた。


「ちょっと、あんなのがいるなんて聞いてないけど?」


「俺だって聞いてないぞ!」


 口を尖らせたいのはこっちだ。

 俺たちは探し物をしにきたのであって、魔物討伐をしにきたのではない。

 なんとか戦いを避ける方法はないか、と俺が考えはじめたときである。


「海を見てください!」


 フユメが指さした先、大海原に、数え切れないほどのまばゆい光が。

 まるで星空が海を支配したかのようなその光景は、幻想的というよりは荘厳。


 直後、光の中から帆船が現れる。

 数え切れないほどの光が消えた頃、海は星空ではなく、数え切れないほどの帆船に支配されていた。


「おお~! おふねがいっぱ~い!」


 ミードンを頭に乗せ目を輝かせたニミー。

 俺は帆船に掲げられた旗に注目する。


「あの紋章、騎士団の紋章だ」


「きっと、騎士団が四天王撃退のために現れたんだと思います」


「船乗り騎士団か。どうせマリーもいるんだろうな」


「運が良いわね。さて、この隙に島に着陸しちゃいましょう」


 このラグルエルの言葉にシェノは賛成したようだ。

 リヴァイアサンの相手は騎士団に任せ、俺たちを乗せたグラットンは孤島に向かった。


 魔法の光が飛び交う戦場を背景に、グラットンは孤島に着陸、エンジンを止める。

 俺たちはニミーも含めた全員で島の地面を踏みしめた。

 島を眺めると、そこには凛とした1人の女性に率いられる、白銀の鎧に身を包んだ者たちが。


「やっぱりマリーもいたんだな」


 マリーとのエンカウント率も高いものだ。

 彼女は俺の存在に気づくなり、歓喜した様子で俺の前にひざまずき、声を張り上げた。


「救世主様! 救世主様ならば、リヴァイアサン討伐の応援に駆けつけてくださると信じておりました! 空を飛ぶ神器を利用し、リヴァイアサンを討伐なさる救世主様――想像しただけで胸が高鳴ります!」


 相変わらず大げさな人である。

 あんまり大げさなものだから、俺は島にやってきた本当の理由が口にしにくい。


 ただ、俺は救世主だ。きっとマリーも分かってくれるはず。


「そのことなんだが、俺たちはこの島で探し物をしなくちゃならない。リヴァイアサンの討伐はその後になるけど、大丈夫か?」


「神に仕えし我ら騎士団が、神の使いである救世主様の邪魔などできません! 救世主様が探し物をしている間は、我ら騎士団がリヴァイアサンを食い止めましょう!」


 彼女の言う神が目の前にいることは黙っておこう。


「どうも。どうせならリヴァイアサンを討伐してくれても良いからな」


 海上と陸上から同時に、数千人規模の騎士団がリヴァイアサンを狙うのだ。

 そう簡単に騎士団が壊滅することもないだろう。

 救世主の権威によって騎士団の士気も上がっているし、彼女たちはしばらく放っておいても大丈夫なはず。


 マリーとの会話が終わると、ラグルエルが俺の耳元に顔を寄せた。


「立派な救世主様扱いね。夢が叶ったじゃない」


「救世主扱いされるのは疲れますけどね」


「フフ~ン、神様扱いよりは楽だわ」


 おかしそうにするラグルエル。

 しかし彼女はすぐに俺の耳元を離れ、右手を突き出し言い放つ。


「さあ、こっちよ」


 古代兵器探しの再開だ。


 リヴァイアサンと騎士団の戦いは苛烈を極め、騎士団の放つ魔法が俺たちの髪をなびかせ、リヴァイアサンの放つ水魔法が俺たちを濡らす。

 それでも俺たちは足を止めず、ラグルエルの後を追った。


 山を少し登ると、大口を開けた洞窟が俺たちの前に現れる。


「見えてきたわね。あの洞窟の奥で、私たちが探している古代兵器が待っているわ」


 そう言うラグルエルだが、古代兵器までの道のりは遠い。


「おっと、魔物たちも待ってたぞ」


 オークやミノタウロスたちが、牙をのぞかせ洞窟の入り口にたむろしていたのだ。

 古代兵器のもとまでたどり着くためには、魔物たちを排除しなければならないのだ。


「ソラトさん、あまり時間をかけずに――」


「分かってる」


 ただ早急に魔物たちを排除するだけ。難しいことではない。

 俺はコロコロ生物魔法を発動、周囲に擬態し透明人間として洞窟前に向かう。


 洞窟前に向かう間、俺は考えた。

 魔族四天王に続き魔物の登場となると、もしや魔王はこの孤島に何かが隠されていることを察知していたのかもしれない。

 となれば、魔物たちはすでに洞窟内にもいるかもしれない。


 洞窟の入り口だけでなく、洞窟の中の魔物も始末するためには――


「魔物は消毒だ~!!」


 無事に洞窟前に到着した俺は、両腕を突き出し炎魔法を発動した。

 五感の記憶と想像力、魔力によって生み出された炎は洞窟前の魔物たちを焼き、さらに洞窟内へ。

 さながら生物のごとく洞窟に流れ込んだ炎は、洞窟内の魔物をも焦がしていることだろう。


「意外と荒っぽいのね、クラサカ君って」


「ソラトさんは面倒くさがり屋さんですから」


 背後からそんな会話が聞こえてくるが、知ったことか。

 数分間、炎魔法を使い洞窟内を燃やし尽くす。


「そろそろ焼きあがった頃じゃない?」


「まお~」


 暇そうに腕を組むシェノと、退屈そうにあくびする使い魔がそう言った。

 少なくとも、洞窟の入り口に立っていた魔物は炭と化している。

 きっと洞窟内の魔物も同じ状態のはず。


「だろうな。土窯料理も終わったことだし、行くぞ」


 大地を揺らし轟音を鳴らすリヴァイアサンと騎士団の戦いを背に、俺たちは洞窟内に足を踏み入れた。

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