第6章 蘇生魔法使いと魔法修行

第6章1話 魔王の考え方は許せません

 数百も存在するとされる異世界。

 その全てを作り出し、その全てを管理するのが、第一世界『プリムス』だ。


 科学や魔法といった現象を超越し、多次元すらも自由に操り、神の領域にまで踏み込もうとする『プリムス』の人々。

 始祖人類に等しい彼らを死に誘ったのは、魔王に人格を支配されたコンストニオであった。


 ラグルエルが俺たちに見せた、燃え盛る『プリムス』の映像。それには続きがある。

 俺とフユメは映像に釘付けだ。


《神を気取る驕傲きょうごうな者たちよ、お主らの創りし世界は、間もなく終焉するであろう》


 どこぞのバルコニーで両腕を広げ、人々を見下し、演説するコンストニオ――魔王。

 あの姿は、魔王に人格を支配されたカムラと同じだ。

 死人のような顔をした男が、平然と世界の終わりを宣言する、不気味な姿だ。


《我は知っている。過去、この第一世界が多次元から漏れ出す莫大なエネルギーに押しつぶされ、世界を維持することすら困難に陥ったことを。その解決策として、莫大なエネルギーを異世界の創造に注ぎ込み、この第一世界の維持に成功したことを》


 それは俺の知らない情報。

 それは『プリムス』の住人であるフユメとラグルエルの常識。


《だが、いつからか、お主らは自らを神であると錯誤し、神の真似事をはじめた。世界の創造という、本来は神にしか与えられぬ特権に、お主らは群がったのだ。結果として、数千もの贋作がんさくが生まれ、乱立した》


 魔王の目つきは冷酷さを増している。

 憎しみの込もった口調には、だんだんと嘲笑が混じりはじめた。


《どの世界も、まるで鏡にでも写したかのように似通ったものばかり。ひとつの世界が滅ぼうと、代わりはいくらでもいる。ゆえにお主らは、世界の崩壊すらも放置した》


 果たしてそれが事実なのか、俺には分からない。

 数百もの世界が存在するのだ。いくつかの世界が崩壊しているのは事実だろう。


 しかし、管理者が何もしていないわけではない。魔王は救世主である俺の存在を忘れたのだろうか。

 そもそも、世界を崩壊させているのは誰だという話だ。

 疑問に満ちた俺の頭に、魔王の演説は構わず入り込み続ける。


《管理者を名乗るのであれば、世界の隅々を管理し、世界に生まれし生命たちを平等に扱い、幸福へと導くべきなのではないか? それこそが管理者たる者の姿ではないか? 今のお主らは、とても管理者を、神を気取れるような者たちではない》


 ここではじめて、魔王の表情が嘲笑に染まった。

 相手への糾弾と同時に、彼は相手への軽蔑を隠そうとしていないのだ。


 軽蔑する相手の命は道端に生える雑草と変わりない。

 雑草を刈り取ることに躊躇する者はいない。


《ならば我は、お主ら管理者を1人残らず惨殺し、贋作である世界を破壊し、偽物の神から与えられた肉体という屈辱から、偽物の神による支配から、全生命を等しく解放しよう》


 理不尽極まりない宣言だ。


 偽物の神の支配から解放してください、などと俺が望んだ記憶はない。

 ましてや肉体からの解放など、一瞬たりとも願った記憶はない。

 何度も肉体から解放され帰還している俺からすれば、魔王の言葉に賛同できる箇所などない。


 そんな俺の思いも知らず、魔王は得意げな表情をしている。

 これに怒りを覚えたのは俺だけではないようだ。


《コンストニ――いや、魔王! お前はふざけているのか!? いくら理由を着飾ったところで、お前の目指す先は虐殺の嵐だ! お前1人の思想に、大勢の生命を引きずり込むな!》


 魔王に詰め寄った『プリムス』の住人である初老の男。

 何から何まで彼の言う通りなのだが、残念ながら彼にはなかった。


 冷たい目をした魔王は左手に紫のオーラをまとわせ、初老の男の首を掴む。

 直後、初老の男の首が砕け散り、無残な死体が地面に転がった。


《神も脆いな。だからこそ、滅さねばなるまい》


 後味の悪い光景を最後に映像は途切れる。

 黙って映像を見ていた俺も我慢の限界。俺は現在の感情をそのまま口にした。


「魔王のヤツ、ただの厨二病ならまだ許せたんだがな。世界を嘲笑して悦に入るニヒリズム気取りのヤツが一番嫌いだ」


 自分だけの真実を世界の事実にすり替え、世界を嘲笑し、何も解決しようとはしない。

 ただただ世界を嗤い、破壊こそが救いだと信じる。

 こんなのは脳みその停止でしかない。


「あらあら、クラサカ君がそこまで嫌悪感を示すの、はじめて見たわ」


 さすがに俺の不満と怒りと呆れは隠せていなかったらしい。

 そう言って笑みを浮かべるのはラグルエル。対してフユメはうなずいた。


「ソラトさんの気持ち、私にも分かります。『ステラー』での生活、『ステラー』で出会ってきた人たちのことを思うと、魔王の考え方は許せません」


 まったくだ。

 魔王の言う贋作・・に住む人々は、それぞれがそれぞれの人生を歩んでいる。

 それを誰とも知れぬ偉そうなヤツが、解放してやるなどという大義名分で奪って良いわけがない。


 俺とフユメの意見は完全に一致した。

 これを優しく見守っていたのはラグルエルだ。


「フフ~ン、どうやらフユメちゃんも、だいぶ人間の価値観・・・・・・に染まってきたわね。良いことだわ」


「え? どういうことですか?」


「元々フユメちゃんは『スペース』の住人、クラサカ君と同じ世界の出身なのよ。私の可愛い妹であると同時に、本来は異世界側の人間なの。だから、クラサカ君と同じ人間の価値観に染まるのは良いことだなって、お姉ちゃん心に思うのよ」


 まさに女神の表情を浮かべたラグルエル。

 彼女の珍しいセリフに、フユメは少しだけ顔を赤らめた。


「マスター、そんなに私のことを心配してくれて……」


「当然だわ! だって私は、フユメちゃんのお姉ちゃんであり、母親でもあるのよ! だから、私のことは昔みたいにラグお姉ちゃんと呼びなさい!」


「ありがとうございます! 私、マスターのことが大好きです!」


「大好きでもラグお姉ちゃんとは呼んでくれないのね!」


 嬉しさとツッコミをぶつけ合いながらも、思いっきり抱き合う2人。

 いつもは真面目なフユメも、たまにはラグルエルに甘えたいのだろう。


 うむ、なんだか心温まる光景だ。


 俺たちの背後では、ニミーがシェノの頭にミードンを乗せている。

 シェノはこれといった反抗もせず、彼女の頭にはミードンが。

 そんなシェノが俺たちに言う。


「フユとラグルエルの2人、仲良しこよしなんてしてる場合?」


「そう言うシェノだって、ニミーとなかなかの仲良しこよしな気がするが」


「なかよし? ニミー、おねえちゃんとなかよし~!」


「う、うるさい!」


 必死に俺の言葉を否定するシェノだが、もう遅い。

 満面の笑みを浮かべたニミーは、シェノの肩にまでぬいぐるみを乗せていた。

 ぬいぐるみに包まれたシェノも満更ではなさそうな様子。


 とはいえ、シェノの言葉は正しい。


「シェノちゃんの言う通りにね」


 深くうなずき、ラグルエルは真面目な顔をする。


「まず喫緊の課題は、『プリムス』から魔王を追い出すことよ。このまま魔王に『プリムス』を支配されちゃったら、全異世界が危機に陥るわ」


「魔王を追い出すって言っても、どうやって?」


「方法はもう決めてるの。クラサカ君たちにも手伝ってもらいたいんだけど、良いかしら?」


「面倒じゃなけりゃ」


「面倒だったら手伝ってくれないのね……」


 なぜか残念そうな顔をするラグルエルだが、当然ではないか。

 常に俺は、面倒事を嫌って生きてきたのだから。


 気を取り直したラグルエルは、続いてシェノに言う。


「今回はグラットンが必要だわ。シェノちゃんにも手伝ってもらうわよ」


「別に良いけど、報酬次第だからね」


「みんな、素直に手伝ってはくれないのね……」


 またも残念そうな顔をするラグルエル。

 今度は気を取り直すのに時間がかかっているのか、なかなか話が進まない。

 そこでフユメが話を切り出した。


「あの、マスター、変な質問をしても良いですか?」


「何かしら」


「小さい頃に死にかけていた私を『プリムス』に連れていってくれて、私の命を助けてくれた神様は、今どこにいるんですか?」


 謎に包まれていた存在への言及。

 ラグルエルはわずかに言葉を詰まらせ、慎重な声音で返した。


「どうしてそれを、私に聞くのかしら」


「マスターは、神様から私の世話をお願いされたはずです。それなら、神様の正体も知っているはず」


「どうして今、それを聞くのかしら」


「もちろん、『プリムス』が危機に陥っているからです。もしかしたら神様が、私たちに協力してくれるかもしれないと思うんです」


 困ったときの神頼み、というわけではなさそうだ。

 1人の少女を救った神様とやらが、『プリムス』を救わぬはずがない。そうフユメは考えたのだろう。

 しかも、これは神様の正体を知るチャンスでもあるのだ。


 あとはラグルエルの答えを待つだけ。


「フフ~ン、やっぱりフユメちゃんは目ざといわね。訳あって詳しいことは言えないけど、フユメちゃんの言う神様は私たちに協力してくれているから、大丈夫よ」


 想像以上に踏み込んだラグルエルの答えに、フユメは目を丸くした。

 神様はすでに俺たちに協力してくれているというのだ。

 もしかすれば、フユメが神様と再会できるときは近いのかもしれない。


「ほら、早速だけど『ムーヴ』に行きましょう」


 そう言って、幾何学模様が描かれた紙をグラットンに貼り付けるラグルエル。

 俺の頭にはクエスチョンマークが浮かぶ。


「うん? なんで『ムーヴ』に?」


「実は、『ムーヴ』には『プリムス』の住人を殺せる古代兵器があるのよ」


「ええ!?」


 またもや初耳の情報だ。

 神にも近い『プリムス』の住人を殺害できる古代兵器とは、随分と物騒でロマン溢れる話である。

 面倒事の匂いがしないわけでもないが、俺の好奇心は高まるばかり。


 転移の準備が終わったのか、ラグルエルは操縦室に仁王立ち。

 彼女は拳を天に掲げ宣言した。


「それじゃあ、出発よ!」


「しゅっぱ~つ!」


「まお~」


 なんだか旅行にでも出かけるかのようなテンションだ。

 女神様と天使様、使い魔はのんきで羨ましい。


 旅行気分の宣言と同時、幾何学模様が描かれた紙からまばゆい光が拡散する。

 拡散したまばゆい光はグラットンそのものを包み込み、俺たちを『ムーヴ』へと連れ出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る