第5章23話 どうしていつも、いきなり登場するんですか?

 宮殿を抜け、人気ひとけのない林の中へ。


 雨は止み、体が濡れる心配はあまりない。

 空を見上げても、そこに帝國軍艦隊の姿はなく、雲の切れ間に青空とヤーウッドがのぞくだけだ。

 行きと帰りとでは、こんなにも緊張感が違うものか。


 しばらく林を進むと、静かに翼を休めるグラットンが見えてきた。


 新たな傷はひとつもないグラットン。そのハッチを開け、船内に乗り込む俺たち。

 船内で最初に帰りの挨拶を口にしたのはフユメだ。 


「ただいま」


「あ! おかえりなさ~い!」


 すぐにこだまするニミーの声。

 操縦室に上がると、そこにはコターツに収まりミードンと遊ぶ小さな天使がいた。

 無邪気な笑みに俺たちの心はほぐされる。


 フユメは姿勢を低くさせ、ニミーに視線を合わせた。


「ずっと1人で、大丈夫だった?」


「うん! ミードンとナツちゃんとあそんでたから、だいじょうぶ~! ほら、ニミーたちがまもってあげたから、グラットンもだいじょうぶだよ!」


「わあ! ニミーちゃんはすごいね! ありがとう」


「えへへ~」


 お母さんのようなフユメに褒められて、ニミーはとても嬉しそうだ。

 姉のシェノは、ニミーの面倒を全てフユメに任せ、グラットンの確認へ。


 俺はそそくさとコターツの中に潜り込む。

 体内まで揉みほぐすような温かみ、やはりコターツは最高だ。


 そうしてコターツの中でくつろいでいると、俺の肩をジッと見たニミーが首をかしげた。


「ねえねえソラトおにいちゃん、その『とりさん』は、なあに?」


「え?」


 何のことやら分からぬ疑問を投げかけられてしまった。

 ニミーと同じく首をかしげた俺は、とりあえずニミーの視線の先、自分の肩を確認する。


 すると、そこには確かに俺たちの知らない生物が。

 闇を切り抜いたかのような真っ黒な体に、コウモリにも似た羽をパタつかせる小さな生物は、俺と目を合わせた途端、甲高い声で鳴いた。


「まお~」


「うお!? なんだこいつ、いつの間に!?」


 この、『小さな鳥』というよりは『小さなドラゴン』はどこから現れたのだろう。

 なぜ俺の肩の上で羽をパタつかせているのだろう。


 ちょっとかわいらしい見た目のせいか、フユメは目を輝かせているが、俺は困惑中だ。

 シェノやニミーも小さなドラゴンの正体が分からない様子。


 だが、小さなドラゴンの正体はすぐに判明した。


「あら、魔王の使い魔の欠片じゃない。珍しいわね」


「魔王の使い魔? このちっちゃいドラゴンが?」


「そうよ。このくらいちっちゃな使い魔なら、悪さはしないわ」


「な、なら良いけど……」


「まお~」


 再び甲高い鳴き声が操縦室に響き渡る。

 同時に俺は飛び上がった。


「って、ラグルエルさん!?」


 白のワンピースに黒のジャケットを羽織った、ブロンドの長髪を揺らす女神の登場。

 彼女は当たり前のようにコターツに入り、そして微笑んだ。


「久しぶりね」


 そうは言われても、こっちは返す言葉が見つからない。

 一切の前触れもなく現れたラグルエルに、俺の鼓動は加速したままだ。

 目を丸くしたフユメは、ラグルエルに抗議する。


「マスター、どうしていつも、いきなり登場するんですか?」


「サプライズがあった方が楽しいじゃない」


「楽しんでいるのはマスターだけです」


 冷淡な言葉が突き刺さり、うなだれてしまったラグルエル。

 小さなドラゴンは俺の肩に乗っかり眠たそうな表情。

 状況がいまいち分からない。


「あの、使い魔の説明をしてくれません?」


「そうね、分かったわ」


 気を取り直したラグルエルは、笑顔を取り戻し滔々とうとうと語りだす。


「さっき『ステラー』の魔王を追い払ったみたいだけど――」


「あれ? なんでマスター、まだ報告していないことを知っているんですか?」


「独自の情報網があるのよ。それで、魔王を追い払ったとき、クラサカ君は魔王の魔法攻撃を受けた?」


「はい、受けました」


 紫の光は、確かに俺の脇腹をえぐった。

 あの猛烈な痛みは、思い出すだけでも顔が歪んでしまう。

 できることなら思い出したくなかった攻撃だ。


「その攻撃が魔法修行になって、クラサカ君は魔王の魔法の一部を覚えちゃったのよ」


「ええ!? ま、まさか、俺の人格が魔王の魔核に支配されるとか、ないですよね!?」


 さすがに魔王の魔法を覚えるのは恐怖だ。


 もし魔王の魔法に魔核が混ざり込んでいれば、俺は魔王に人格を支配されてしまうのだ。

 俺は厨二病を発症し、世界を破壊へと導こうとしてしまうのだ。

 あまりに恐ろしい話である。


 とはいえ、ラグルエルは笑ったまま人差し指を立てた。


「安心して。さっきも言った通り、クラサカ君の覚えた魔法は魔王の使い魔の欠片。これなら、むしろクラサカ君が使い魔を支配する側だわ。魔王の精神を覗くこともできるだろうし、良いことの方が多いわよ」


 果たしてそれが良いこと・・・・なのか、俺には分からない。

 しばらく俺が沈黙していると、ラグルエルは小さなドラゴンに手を伸ばした。


「それに、このちっちゃなドラゴンが最終決戦の役に立つかもしれないわ」


「まお~」


 ラグルエルの指先に頭を撫でられ、満足げに鳴く小さなドラゴン。


 難しく考えたところで意味はないだろう。

 この小さなドラゴンが役に立つかどうかは別として、悪さを働くようには見えない。

 何より、結構かわいい。ペットにするにはちょうど良さそうである。


「とりあえず、いつも通りでいれば良いってことか」


 問題が起きればそのときに対処する。

 今はそれだけで十分だ。


 小さなドラゴンに関する疑問は、一応は晴れた。

 では次の疑問。なぜラグルエルがここにいるのかである。


「マスター、これから最後の四天王を倒しに行くんですか?」


 会話が途切れたのを確認し質問を放り込むフユメ。

 この質問に対するラグルエルの答えは、俺たちの予想と少し外れていた。


「半分正解ね」


「残りの半分は?」


「これを見てちょうだい」


 そう言ってラグルエルがおもむろに取り出したのは、薄く折りたたまれたモニター。

 紙のようなそれを開くと、いくつかの映像が浮かび上がる。

 浮かび上がった映像は、あまり明るいものではない。


「なんですか? これ」


「まるで戦場だね」


 燃え盛る炎にのまれる建物、破壊された乗り物が転がる街道、至る箇所で爆発が起きる街並み。

 あえて映されていないのだろうが、おそらく多くの遺体も転がっているはず。

 シェノの言う通り、これは戦場だ。


 ただ、街並みを見る限り、映像にある街が『ムーヴ』でないのは確実。

 機械と情報に埋もれた幾何学的な街並みなど、中世ヨーロッパレベルのものではない。


 一方で『ステラー』のような、文明が雑然とした様子もない。

 どこまでも洗練された、文明的ながら自然のうねりに従う、人知を超えたとも形容できるその街並み。

 これはどこなのか。


「そんな……一体何が……」


 ただ1人、表情を強張らせたのはフユメである。

 俺は映像の正体をラグルエルに聞くよりも早く、フユメに疑問を投げかけた。


「おいフユメ、どういうことだ?」


「この映像、今の『プリムス』の映像です!」


「は?」


 それはあまりに想定外の答え。

 数百数千の世界を作り出した第一世界『プリムス』に何が起きたというのか。

 開いた口がふさがらない俺に、ラグルエルは説明する。


「さっきね、コンストニオが反乱を起こしたのよ。『プリムス』の行政官は半数以上が殺されちゃって、今の『プリムス』は機能麻痺の状態だわ」


「はあ!?」


 理解できないことばかりだ。

 コンストニオに良い印象を持ったことはない。

 それでもどうして、彼がそんなことを?


「どうしてコンストニオが、って顔だわね。答えは簡単よ。コンストニオの人格は、魔王に支配されちゃったの」


 途端に合点がいった。

 あの魔王、どうやら本気で世界を破壊しにかかっているらしい。


「また面倒な……」


 図らずも正直すぎる感想が、俺の口から漏れ出してしまった。

 魔王との戦いの複雑化は、一体どこまでいってしまうのだろうか。

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