第5章22話 ああ、母親そっくりだ
「昔、ベニートがまだ小さく、アイシアが妻のお腹の中にいた頃だ。我輩はこれから生まれてくるアイシアの将来について、妻に聞いたのだよ。アイシアはどのように育ってほしいかと」
過去の記憶に小さく笑うカムラ。
「妻はすぐに答えた。ベニートもアイシアも、私たち両親と同じ道を歩む必要はないと。王族としての運命からは逃れられない。だからこそ、自分たちの決めた道を進んでほしいと。私の願いは、たったそれだけだと」
「その言葉って……」
「先ほどのアイシアは、まさに亡き妻の姿そのものであった。アイシア、ますます母に似て、随分と説教臭くなったものだ」
ふとアイシアの姿を眺めたカムラは目を細める。
カムラの妻――アイシアの母とアイシアの姿が重なり、それがカムラの記憶を刺激した。
つまりはそういうことだろう。
思い出話などしなくとも、立派な娘の姿が、父を救ったのだ。
なんだ、良い話ではないか。
と思っていた矢先、カムラの前にメイティを連れたアイシアがやってくる。
「聞こえていましたわ、お父様。わたくし、そんなに説教くさいですの?」
口を尖らせたアイシアに、カムラはバツが悪そうな表情を浮かべた。
続けて国王らしく胸を張り、娘を見下ろすように言う。
「ああ、母親そっくりだ。妻に怒られていた過去を思い出すぐらいにな」
「そんなにお母様に怒られていたんですの?」
「怒られた。あなたはもっと国王らしくできないのかと、何度も怒られたさ」
「まあ! お母様もわたくしと同じ思いだったのですね!」
「調子に乗るな」
心なしか機嫌を悪くしたカムラに、アイシアはニタリと笑った。
この親子は、どうにも仲が良いのか悪いのか分からない。
しばしの睨み合いの後、アイシアはぽつりと言葉を漏らす。
「しかし、わたくしは自分の道を進むと決めたのに、実のところ自分の道を進むこと自体が、母上の望んだ道を行くことになるとは、ひどい矛盾ですわ」
そんなこと言いながらも、アイシアの表情は明るかった。
彼女の隣に立つメイティは、嬉しそうに尻尾を振っている。
対してカムラは真面目な表情。
何かあったのだろうかと思っていると、彼は国王の顔をして口を開いた。
「自分の道を進むということは、そういった矛盾をどう受け入れていくかという問いの連続だ。ときに立ち止まり、ときに戻り、そして前へと進む。アイシア、お前はそういう道を進むと決めたのであろう」
妻に言われた通り、国王らしく振る舞ったカムラ。
けれどもアイシアは、カムラを国王ではなく父親として扱う。
「どちらが説教くさいのか、もう分かりませんわね」
そう言うアイシアに、もはや闇のようなものは見えない。
今のアイシアは、美しく優雅に、強く前へと進み続ける王女であった。
彼女の歩みはまた一歩、先へと進んだのだろう。
さて、カムラはメイティの前に立ち、目線を合わせる。
「君が勇者のメイティ=ミードニアだな」
ぺこりとうなずくメイティ。
カムラは表情を緩めた。
「我輩は君とアイシアの関係を知らない。だが、君と接するアイシアは、我輩の知らぬアイシアの姿であった。これからも是非、アイシアと一緒にいてはくれぬか?」
「……うん……わたし、アイシアの友達、だから……」
これがメイティの新たな居場所。
俺とフユメの愛弟子は、俺たちのもとから巣立ち、新たな居場所を見つけたのだ。
寂しさはあるが、その何倍も俺は嬉しい。
是非ともメイティには、アイシアの友達として、楽しく過ごしてほしいものである。
会話が途切れると、アイシアとメイティはエルデリアとともに銀河連合の高官たちのもとへ、カムラはベニートのもとへ行ってしまう。
残された俺は、大広間の中、平穏な空気にため息をついた。
直後に俺に話しかけたのはフユメである。
「みんな無事で、本当に良かったですね」
優しい笑みと安堵の表情を浮かべ、フユメは後ろ手を組んだ。
彼女の言葉には全面的に同意なのだが、俺には心配なことがある。
ここには俺たち以外に誰もいないのだから、包み隠さず言ってしまおう。
「おいおい、本当に良かったとは限らないぞ」
「え? どういうことですか?」
「アイシアとカムラ陛下、ベニート王子の確執は残ってる。あの親子が、この先も仲良くいられるとは限らないだろ。下手すりゃ、あのときに死んでくれれば、とすら思うかもしれない」
「もう、こういうときだけ悲観的になるんですね。いつもの楽観的なソラトさんはどこに行ったんですか?」
半ば呆れた様子で首をかたむけたフユメ。
同時にシェノの言葉が俺たちの鼓膜を震わせた。
「別に大丈夫でしょ」
びっくりするほどの無責任さが漂うセリフ。
続く言葉は、無責任どころではない。
「邪魔になったヤツは消せばそれで良いんだから」
「シェノさん方式はシェノさんだからできるんですよ!」
「でも、アイシアならできそうじゃない? というか、やりそうじゃない?」
「否定できないのが困ります!」
勢いよくツッコミを入れるフユメだが、フユメのツッコミもどうかと思う。
この2人、アイシアをどんな風に見ているのやら。
冷酷な王女、手段を選ばない王女、覇道を突き進む王女――どれも間違ってはいないか。
にしても、悲惨な未来を考えたって仕方がない。
「ま、分からない未来のことを心配するよりも、今を見て楽観的にやろう」
「分からない未来のことを悲観的に心配したのはソラトさんですけどね」
言われてみればそうであった。
結局、この場で最も明るく楽観的なのは、フユメであったのだ。
「アイシアさんにはメイティちゃんがいます。アイシアさんは自分の道を歩んでいます。カムラ陛下は、それを認めています。だから、きっとアイシアさんたちは、これからも仲良くケンカばかりの親子でいられますよ」
再びフユメの優しい笑みが大広間を飾る。
うむ、やはりフユメの言葉に全面的に同意だ。
きっとあの親子なら、なんとかなるさ。
それよりも、俺たちは俺たちの道を進んでいこう。
「帰るぞ、俺たちの家へ」
ニミーとグラットンは林の中に置いてけぼり。
早いところ、彼女らを迎えに行かなければ。
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